時のターコイズ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「さて仗助…お前ならこの状況、どう切り抜ける!?」
外は雨。家の中は蒸気と雨漏りで逃げ場なし。そこらじゅうを水気で攻め立てられて、あかるかったいつもの家屋の雰囲気はどこにもない。
湿気のせいか、焦りのせいか、それともどちらもなのか。アンジェロのスタンドの影響により多量の汗を流す承太郎に対し、仗助は案外冷静沈着だった。
数日前のあの時と比べても格段に。
「切り抜ける…?『切り抜ける』ってのは、ちょいと違いますね…」
湯気や蒸気が顔の穴という穴に迫る中、仗助は自慢のスタンドのスピードと腕力で、愛すべきこの我が家の壁をブチ抜いた。
その先は、仗助と承太郎が二人そろっていたことによりビッチャビチャになっていた壁や床や天井とは違い、まだまっさらに乾いた部屋だった。
承太郎を手招きし、仗助のスタンドによって壁は隙間なく見事に修復されてゆく。
感心するように押し黙る承太郎をよそに、仗助はとりあえず蒸気は防ぎましたね…と言いながら振り返ろうとして…
否、振り返ったところで、自分の目に映ったものを全力で疑うこととなった。
ここは確か、数日前からずっと。
あの幼馴染が、目の前で祖父同然の男を失いかけて、喪失感を露わにしていた幼馴染が、
小さいころからずっと一緒で、自分で傷を治せない定助を泣きながら手当てしてくれていた幼馴染が、運動が苦手で、人が傷つくのをを怖がって、それでも明るく笑ってくれる幼馴染が、
窓のそばでずっと外を眺めていた幼馴染が。
きれいに吹かれた窓ガラスのふちに頭をあずけて、手首から大量の血を噴出して、ぐったりと動かなくなっている。
*
体の中に何かがいるのを感じる。
それはたしか、月の暮れになればいつも呻き叫び出して、体に訴えかけてくるところ。
その中はすごく狭いけど、人がみんな始まるところで、大切なところ。
そこがひどく重たくて、苦しくて、水でも入ったかのように冷たい。
「まさかなあーっ。おめーみたいなちょうどいいのがこの家にいるなんてなぁ…
もし神様でもいるってんなら、オレのこの行いは案外許されてんじゃあねぇかよって思っちまうぜーッ!ウププ!」
体の中に響いてくる声はどうやら、腹の底からこみあげてくる笑いが止まらないようで、ウププ、ウププププ、と外見にピッタリの薄ら寒い声を上げている。
葵はどうか、もうどうか、無理とはわかっているけどどうか喋らないでくれと心の底から願っていた。
失念していた。忘れていた。そうだった。雨の中、屋根に穴をあけたり、やかんや風呂を必要以上に沸かしたりして、この片桐安十郎とかいう名前に安の字が入っているくせに実際の人格には全くかすりもしないこの男は、仗助や承太郎さんをこれでもかと追い立てるんだった。
葵は、あまりの自分の心の弱さに涙が出そうだった。いや、正直言って涙なら既にあふれている。
アンジェロのスタンドが葵の体に侵入を試みたのは、葵の口の中に、こればっかりは全く偶然水滴が落ちてきた時だった。葵は原作のあのタイミングに遭遇したことに気付き、とっさに水滴を吐き出した。どうやらギリギリ飲み込まなかったおかげか間に合ったようで、吐き出されたアクアネックレスは舌打ちをして壁のなかへ吸い込んでいった。
もう椅子に座ってなどいられなくなったことを理解し、結露する可能性のある窓から離れ、あたりを見渡せば、それはもうビッチャビチャのグチャグチャであった。
どうやらアンジェロは葵を操り人形にしたいらしく、葵のいる部屋の床はだんだんと水の膜が張ってきていた。天井からしたたり落ちる水滴も心なしか、水滴というには量が多い。自分の座っていた椅子の上に葵は避難したが、もう床に足を付けようものならすっころばされて口から侵入されるであろう。
まさに絶体絶命。
しかし、次の行動によって葵はさらに死に近づくこととなった。
葵の右手首を水が切り裂いた。
「水…の、カッター!?」
そんなもの原作で使っていたかと口に出そうになるのを飲み込み、葵の体は揺らぎ、著しく水の増えた床に見事に倒れこんでしまった。
「ウプププッ、ウプププ…白い肌には赤い血が似合うよなあーっ、お前仗助の幼馴染なんだってな、ウププ!」
「何、だったらなによ…」
パワーはないにしても、水で人体を貫いて殺すのがアンジェロのやり方である。それにスタンドは、「できる」と思い込むことが大切な精神エネルギーが作りだす力パワーある現像ビジョン。仗助に一度捕まったことから学び、なにか別の手段を考えてもおかしくはなかった。
葵は、この気持ち悪い、吐き気を催すものを喜ばせぬように、強気にふるまった。右手首から溢れだしていく己が血液のせいで、気分は悪くなる一方だし、頭も痛くなってきた。
もういっそ、殺すならさっさと殺してほしい。私が死ねば、良平おじいちゃんは息を吹き返すかもしれない。そんなことを葵が考え始めると、アクアネックレスは下品な笑みをさらにゆがめて、とんでもないことを口にした。
「気丈なところもあるのか、ヘェーっ、いいよなぁ、嫌いじゃあないぜ…
殺すなら殺せって、そういう強気でいられる女をよーっ、キャンキャン泣きわめかせるのにはよーっ、」
ここから入るのが、いちばんいいんだよなあ。
「あ、あおい…葵ィッ!」
「待てッ仗助!慌てるんじゃねぇ!」
すぐさま駆けだしそうな定助の前に手を出して必死の形相を呈する承太郎を、仗助はこの時ばかりはこころの底から恨んだのを覚えている。
目の前で、幼馴染が死にかけているというのに。自分の力ならすぐにだって治せるのに、なぜ止めるのか。
「なんでですか承太郎さんッ!葵が、今度は葵が!」
「ああ、わかってるぜ。だがよく観ろ。血液っていうのは粘度があって滑りやすい。ここから突っ走ってすっころびでもしたらどうなる」
「それは…」
思いを真摯にぶつければ、先ほど壁をぶっとばした時とは逆転して冷静な承太郎が、状況を判断して述べた。いわば、葵は俺たちをおびき出すためのエサだ。というその言葉に、仗助はさらに腸が煮えくり返るのを感じた。
葵の手首からとめどなく噴き出す血液は、へたり込んで壁から動けない葵の周囲にまき散らされている。おそらく体を乗っ取ったアンジェロがそうさせたのだろう。あそこにつっこんでいけば見事にスっ転んで、血液の中に潜伏しているかもしれないアクア・ネックレスに取りつかれるだろう。
そうでなくとも、この部屋も雨漏りが広がり始めている。部屋が蒸気や湿度で満たされるのも、時間の問題であろう。
そんな…と歯をかみしめる仗助に、葵の声でアンジェロが口を開いた。
「ねぇ、仗助ェ、こっちきて治してよ、死んじゃうよぉ…」
「て…めぇ…!!」
仗助の怒りはフルに達しそうになっている。そんな仗助を見て、葵の声でアンジェロがからからと笑い出した。
「かわいそーになあー、オメーがおとなしく殺されてれば、この子はこんな風になならなかったのによーッ!
オメーのせいだな東方仗助!オメーが悪いんだぜ!ウププ、ウププププ!」
アンジェロ貴様…と呻いたのは承太郎だ。仗助はもはや言葉を発することもできずに、血がにじむほど拳をにぎりしめている。息は荒く、獣のように、その顔は怒りで染まりあがっている。
葵の容態もまずいが、こちらもまずい。承太郎は仗助のクレイジーな部分をどうにか落ち着けなければ、と仗助に声をかけた。
「仗助、落ち着け…お袋さんの腹から捕まえたって時にようにはできねーのか」
「あの時は…あの時は、母さんの胃の中に行くのが見えましたけど…今はどこにいるのかわかんねーんですよ…
それに今、俺、頭に大分キてますから…うまく治せるかわかんねー…!」
苦々しく仗助が苦言する。
仗助がプッツンしたときにスタンド能力を行使すると、元通りに戻ると確定できない。承太郎もそのことはよく知っている。
しかしこの状態では、スタープラチナ・ザ・ワールドも意味がない。
仗助の力以外には思いつかい。それほど、追い詰められている。
葵の手首から血が止まらない。あの笑顔がもう見られない。じぶんを手当てしてくれない。
そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。
まるで、あの熱にうなされているかのような息苦しさが、仗助の頭を支配して冷静にさせてくれない!いっそ、いっそ、子供の様に泣き出してしまいたい!
「じょうすけ」
「…ここにいるよ。…じょうすけなら…できるから…」
できる。
葵がさすったそこを、スタンドによって踏み込んで加速した勢いのまま、壁も窓もそのまま突き破った。
……