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時のターコイズ

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「カンかビン詰めの飲料水か食糧以外は…」

 

 

小気味よい音とともに、承太郎の手によってペットボトルが開封される。

コップに内容量の半分ほどを注ぐと、テーブルに肘をつき、着席している仗助の手元に置いた。

仗助は何も言わない。

 

「やばいから口にするな」

 

もう半分を別のコップへと注ぎ、承太郎はそれをあおった。

怒気か、覇気か、別の気持ちか。

普段整えられているはずの見事なポンパドールは、ワックスで固められた毛束が浮き、どんどん崩れていく。

 

「アンジェロをブッ倒すまではな」

 

…その言葉を承太郎が発した途端、ダムが決壊したかのような気配が仗助から溢れかえる。髪が浮き上がり、仗助の表情はとてつもなく激しい怒りを露わにした。

承太郎も感づき、静かに仗助を見やる。口を引き絞ったままの仗助は何も言わず、おもむろに髪を整え始めた。

 

「別にきれちゃあいませんよ」

 

さも「おれは普通です、怒っていません」というような声色で、冷静ですよと仗助は言った。その割には全く笑っていないし、眉間にしわが寄っているし、何かを抑えるように顔や首がヒクヒクと蠢いている。チコッと頭に血が上っただけ。そういう仗助の背後は、仗助のスタンドによって破壊され、砕かれ、不可思議に直された、食器棚、時計、花瓶…そんな、家具だったもののオブジェが散乱していた。

 

 

 

 

結果として、東方良平は生きている。

 

仗助のスタンドによって傷が回復された後、一向に目覚めない良平。

死んだ者はどんなスタンドでも治せないし戻らない。危機を察知して乗り込んできた承太郎にそう言われ、良平を揺すり起そうとして持ち上げた警官服の襟を、仗助はゆっくりと下した。

 

東方良平。35年間、出世はせずとも、毎日この町を守ってきた男。

仗助の祖父。殺しのニュースを聞いたとき、町を守る男の目になった、この町の優しい警察官。承太郎は、アンジェロの殺しは趣味だからだと言った。見つかっていない町の人間も少なくはないと。これからも殺すだろうと。まずは仗助と朋子を殺してからだろうがと…

 

「おれがこの町とおふくろを守りますよ…」

 

この人の代わりに。どんなことが起ころうと。

そう決意した仗助の目は、確かに、良平の面影があった。

 

 

「…おじいちゃん?」

 

重い空気をかき消すように、葵のはっとしたような声が上がる。つられて男二人が振り返ると、葵が起きない良平の手を握っていた。正確には、手首を。

何かを確かめるように、先ほどの焦りとは打って変わった表情で葵は良平の胸部に耳を当て、片手を首筋にあてがう。

 

「おい、葵…」

「黙って」

 

何か言葉をかけようとした仗助を遮る。目を閉じ、葵はじっと動かない。固唾をのんで仗助と承太郎はそれを見守る。約一分後、葵は静かに呟いた。

 

「……脈がある…」

「なにッ!?」

「すっごく弱いけど、手首が脈打ってる!」

 

救急車を呼んで!と葵が叫ぶのと、仗助が受話器を取るのは、どちらが早かっただろうか。

騒ぎを聞きつけた朋子とともに、良平は病院へと緊急搬送を余儀なくされたのである。

 

良平は確かに生きていたが、一刻を争う状態であった。身体の傷はないにしても、脳へのダメージか、精神的なダメージが、原因不明の昏睡状態が向こう数か月は続くであろう、というのが、医師の診断結果であった。

朋子は良平に付き添い、東方家よりも病院に近い親せきの家へ。

そして仗助と承太郎はアンジェロを迎え撃つ運びとなった。

 

そして。

 

「…葵はどうした」

 

承太郎の問いかけに、仗助は親指で答えた。

その先には、窓のそばの椅子に腰かけ、外を見つめる葵がいた。こちらからは表情が読めない。

 

「あの場にいて、じいちゃんを助けたのはアイツです。狙われてもおかしくねーんで、居てもらってます…」

「そうか…おい、葵」

 

承太郎の問いかけに葵は反応しない。意識が窓の外へ行ってしまっているようだった。あいにくだが、承太郎には年ごろの娘の扱い方がわからない。ましてや、目の前で家族同然の人が死にかけた後の心境など。同じぐらいのころの承太郎は、一般的な16歳とは離れた胆力を持っていたうえ、あの過酷な旅を終えている。かける言葉が見つからなかった。

承太郎は、一つ椅子をもってきて、葵の向かい側に腰かけた。ここからなら、葵の表情が伺えるためだった。

「なにか気になるものでもあるのか」と承太郎が問いかける。ここまで近くに来て、やっと葵は気づいたようで、ビックリしたように承太郎を見た。

 

「…すまないが、君にはしばらくの間、一人で行動させるわけにはいかない

仗助からスタンドが見えるという話は聞いている…やつのスタンドは見えたか?」

「やつ…あの水に混じるやつだったら、はい。見えています。目玉がいっぱいついていました」

「なるほど。しかし、君は仗助やおれのように、特別なにか能力があるわけでないらしいな。ビジョン…この、おれの後ろにいろようなものは出せないのか?」

 

承太郎は背後にスタープラチナを出現させる。葵はそれを目で追い、そうです、と答え、視線を下げてうなだれた。

 

「良平さんの時。賢明な判断だったな…おれや仗助だったら気づかないまま、あのまま搬送できずに本当に亡くなっていたかもしれなかった……

救えたのは君のおかげだ」

「……ありがとうございます……」

 

葵の声に覇気はない。スタープラチナを伏せると、承太郎はため息をつき、椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

雨が降り出している。

葵はずっとあることを考えていた。

 

良平を助けたことで、昏睡状態の彼は、いつ目覚めるかわからないという。たしか原作では、彼はあの時亡くなるはずだった。それを葵が助けた。

でも、その代わりに、もう目覚めないんじゃあないか。死ぬ代わりに、ずっとあのまま眠ったままなんじゃあないか。そしていつか朋子さんや仗助が老衰したあとも、ずっと……。

そんなのは、死ぬより、ずっと辛いんじゃないか……

そんなことを、考えていた。

 

葵には、あの時のとっさの行動以外になにも思いつけなかった。血を吐いて気を失ったおじいちゃんを見た時、ほんとうに心臓が止まるかと思った。肝が冷えて、頭から血が抜けるような感じがした。あんなのを経験してしまって、自分はもう人と関わるのが辛く悲しいことにしか思えなくなりそうで。

親しくなればなるほど、失った時の悲しみがひとしおになる。

脈をとったときは本当にうれしくかったが、承太郎に褒められたときに、心がずっと重くなった。

ほめられたくて動いたんじゃないのに。承太郎さんだって、それはきっとわかってくれるのに。

なんだか体に黒くて大きなおもりがついたようで、体をかき抱いた葵の意識を現実に引っ張り戻したのは、頬に落ちてきたしずくだった。

 

「何?あまも・・・・り…」

 

じゃない。一滴の雫が口の中に落ちた瞬間から、葵の記憶はブラックアウトした。

 

 
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