時のターコイズ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「朋子さーん!スコップ、こっちの棚に入ってましたー!」
「あら、悪いわね。まったくムカつくったらありゃしないんだから…」
東方家に葵が泊まった次の朝のことである。
この家の目前に犬のフンがそのまま放置されていたのを見つけ、怒りを隠せない朋子に頼まれ、葵はスコップを探していた。朋子は車庫の棚を、こちらは玄関近くの棚を。見つかったのは葵の探していた棚の中で、葵は駆け寄り手渡しに向かっていた。
丁度牛乳屋と玄関前ですれ違い、おはようございます、と会釈を交わす。
牛乳が玄関前の階段に置かれ、牛乳屋が自転車へと戻っていく。スコップを渡し終え、玄関に戻ろうと振り返ると_
「牛乳屋さんッ!そこ気を付けてよッ!」
朋子の叫びは一瞬遅かったようで、牛乳屋のスニーカーは、犬のフンをチョコッとだけ踏みつけてしまっていた。
「…やっちゃった?」
「ええ…そのようです」
「わぁ…」
犬のフンと見知らぬ飼い主に怒りを露わにし、大分過激な報復を唱える朋子にたじろいだのか、そこに置いておきます、と告げると、牛乳屋は自転車へと踵を返してしまった。葵の家は牛乳を取っていないのでわからなかったが、どうやら今朝だけの臨時であるらしい。にこやかに言う彼に、細かいこと言うようだけれど…と朋子が続けた。
牛乳のフタがやぶけているらしい。配給した本人も気づかなかったくらいの小さな亀裂であるが、顔を近づけてみてようやく判明する。葵もつられてよく見てみれば、本当に少しだけ、小さくめくれあがっているようだった。
謝罪をする牛乳屋から新しいものを受け取り、葵と朋子は自転車を見送った。
*
朝食を終え、朋子が出かけて行っても、仗助は学校へ行こうとしなかった。
それもそのはず、先ほど母親の腹から引っ張り出したアンジェロのスタンド、アクア・ネックレスを承太郎へ引き渡す必要があったからである。
「あれ?仗助、学校行かないの?遅れちゃうよ?」
「え?あー…おれ、承太郎さん待ってんだよ。」
「なんで?」
なんでって、と仗助は口ごもる。
仗助は、たった今ビンの中に入っているスタンドと遭遇したことを、昨晩葵に隠したばかりである。
葵を朋子のように脅威にさらすことはしたくないし、先日の承太郎は、どうにも葵を疑っているかのようだったから、なるべく合わせたくもなかった。
しどろもどろに、仗助は「別にたいしたことじゃあねーよ。お前こそ学校行けよ」
と言った。
葵の目がキューッと細くなる。
う、と仗助は息詰まる。
葵は知っている。「たいしたことない」とか、「どうってことない」とか、そういう様に仗助が言うときは、たいてい何か隠し事をしている。仗助が心配をかけまいと軽いけがや痣を隠していた時はずっとそうだった。
そういうことに感づく度に、葵は仗助をじろりと見つめるようにしているのだ。
顔を逸らす仗助に葵は告げる。
「たいしたことないなら私もいたっていいよね?」
「いや…その…」
「何か、隠してるんだよね?」
葵の攻める視線に耐え切れなくなりそうなころ、玄関のドアがガチャリと開いた。
ただいま、と帰還を告げる声を発したのは、仗助の祖父・東方良平であった。
「おや?葵ちゃんじゃあないか。久しぶりだな、元気にしとったか?」
「おじいちゃん!」
葵がさっと立ち上がり、玄関まで赴いていく。
「ひさしぶり、夜勤だったのー?おつかれさまー!」
仗助は救われた、というようにホッと息をついた。
「動くな」
ガチリ。
仗助の眉間のすぐそばに、良平が拳銃を突き当てていた。
持って帰っていいのかよ、なんて焦る仗助に、やかましいと良平が叱る。学校はどうしたと聞く良平に、人を待っているから、なんておののく仗助を見て、良平はいたずらっぽく笑った。
仗助に突き当てていたのはモデルガンであり、ひっかけてビビらせるのが目的だったらしい。すでに老齢であろうに若々しいいたずらをする良平に、なんだこのおやじ…と仗助はあきれた。
未だにヒヒヒと笑ったままの良平から背を向け、仗助はテレビ側へと、ソファーに座った体を向きなおす。
丁度そこには、ローカルニュースの話が舞い込んできたところだった。
「___目や耳の内部が破壊して死亡するという変死事件が本日未明で7人にのぼることがわかりました__」
「七人も…だと…?」
アナウンサーの告げる情報に驚く仗助。先ほどまで笑っていた良平も、ニュースを聞き、顔から笑みが消えている。
「この話は聞いている」
良平は自分の見解を述べる。
この事件には犯罪ののにおいがすると。この町には、なにかやばいものが潜んでいると。30年以上この町を守ってきた男は、すでに何かを感じ取っていたらしい。
アンジェロがやったであろうニュースによってもたらされた、静かな空気が流れる中、窓の外から車の駆動音がした。仗助はそれが承太郎の車だと気づき、窓へ近づいて行った。
窓を開け、片手で挨拶を済ませる仗助に、ビンをもって車に乗れと促す承太郎。
「人気のないところへ持っていこう…」
住宅街で事に及んでは、別の一般人に危害が加わる恐れがある。まだ土地開発の進んでいない山の方か、丘の方か。アンジェロの射程距離を測ることにもつながるだろう。
言うとおりにビンを取ろうと振り返ると、
「おじいちゃんッ!それ、ブランデーじゃあない!」
「え___」
葵のタックルが、ビンを持っていた良平に炸裂するところだった。
葵にふっとばされた良平は起き上がる事をせず、苦しそうにうめいている。どうやら、アクアネックレス入りのブランデーを少量飲み込んでしまったらしい。耳と口から血を噴出し、数度のけいれんの後、ぐったりと動かなくなった。
タックルの勢いで自分も倒れこんだ葵が、良平を見て悲鳴を上げた。
「おじいちゃんッ!?いやだ、おじいちゃんどうしたの!?」
すぐさまそばに膝をつき、葵は良平を揺する。普段の彼女なら倒れた人を揺するようなことは絶対にしないが、重度のパニックになっているのか、一心不乱に良平に声をかけ続けていた。
「ああっどうしよ、仗助!おじいちゃん…おじいちゃんが!ねぇ…」
涙を浮かべ、青ざめた顔で突っ立ったままの仗助を見上げる葵。
一方、仗助はある一点を見つめたまま動かないでいた。
「……仗助……?」
ジュルジュルと水の動く音がする。床を這い、いやらしい笑いが部屋に響いている。指を差し、こちらをあざけわらっている。
心臓を打つ音が嫌に早い気がする。背中に冷たいものが流れていく気がする。
葵の声が聞こえる気がする。なんて言っているのかわからないが、おびえた声がする。
目の前に。見えやすいところに。わざわざソイツは移動してくる。
「ああ~~~ッいいよな~~ッ、女の悲鳴だぜ、上玉の悲鳴だぜ…」
こらえきれないとばかりに笑いだすソイツは、仗助に視点を合わせて、バッチリ言い張った。
「東方仗助!おめーが悪いんだぜェ~~~~
このオレから目を離した おめーのせいなんだぜ こうなったのは!」
ミチミチと血管が切れる音がする。鼓動がさっきよりもずっと早まって、血の流れる音がする。
いい気になっていたと。そんな奴が絶望の淵に足を突っ込むのは、
「ああ~~~~~ッ気分が晴れるぜェェェェェ~~~~ッ」
まるで恍惚とでもいえる顔を浮かべるアクア・ネックレスを、次の瞬間にはバラバラになるほどラッシュを叩き込んでいた。