時のターコイズ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
外側から見てる分にはよかったの。悲しくなっても、「現実のお話じゃあない」ッて思えたから。
でも、小さい頃から一緒にいて、過ごして来たら、知ってる人たちが傷つくのが怖くてたまらないの。現実味がありすぎる。だから、どんな人に言われようと、私が傷つこうと、できるだけあがいてみたいの。
「そういうワケでおまえんち泊まるわ」
「どーいうワケだコラ!!!!!!ちょぉっお袋!なんで勝手にオッケーしちゃうんだよ!」
「何よ、近所付き合いの延長線上みたいなものじゃない。小学生くらいのときはお互いの家に泊まりっこしてたでしょ?それとかわんないわよ」
それともアンタ不都合でもあるの?と、仗助の母、朋子はからかうように笑った。
仗助は思う。不都合以前に、モラルとか思春期とか、付き合ってない男女が同じ家にとか、いろいろあるだろうと。葵のことは嫌いじゃないし、家族の様に接するが、さすがに高校生にもなってはちょっとマズいでしょうがと、その他いろいろ思う。
そんなことを思って頭を抱える仗助の百面相をいざ知らず、朋子は葵を連れて階段を登ってゆく。気づいたときには、仗助の部屋の隣にある空き部屋の扉が閉まる音がして、お袋にはかてねぇ、と力なくうなだれた。
「朋子さん、お世話になるんだからって兄さんが持たせてくれました」
「あら、いい色の林檎!」
台所に立つ二人からきゃっきゃと黄色い花が咲く。葵ちゃんがいるから今日のご飯は張り切らなくっちゃね、と朋子。そんなにたべられませんよ~、お手伝いします!と葵。
若い女二人の空気に入れない仗助は、おとなしくリビングでテレビゲームにいそしんでいた。
カチカチとボタンを押しつつ、壁を挟んで聞こえてくる声をぼんやりと聞き流す。
数年前、大体中学校に入る前くらいまでは、この壁越しの声をよく聞いていた気がする。中学に上がると、思春期からか、別の理由か、葵は東方家に訪れることが少なくなった。
そういえば、いつだったっけかなァ。なんて、思い返してみる。
仗助がはじめて葵と出会ったのは、あの50日間の苦しみから奇跡的に復活した頃。経過観察のために、未だ入院期間が続いていたころだった。
もう立ち歩けるほどスッカリ元気になった仗助が、許可を得て院内を散歩していた時のこと。小児科の診察所から丁度出てきた葵と、久しぶりに病室の風景以外を眺め、新鮮な気持ちでキョロキョロしながら歩いていた仗助はぶつかってしまったのだった。
お互いにしりもちをつき、葵の親類と思われる青年がこちらへ駆け寄ってくる。
大丈夫か、ケガしてないか。葵にあたりまえの問答をして、青年はこちらを見やった。仗助は焦り立ち上がり、葵にごめんと謝った。へいきよ、と葵は言った。青年は仗助のことも心配してくれて、ケガがないかと確認すると、ポンポンと頭を撫でて、謝れてえらいな、と言った。それが、二人のファーストコンタクト。
仗助より二回りは体が小さかった葵の姿が今でも容易に思い出せる。後日、仗助の通う幼稚園に葵が転入してきたり、葵の父親が東方家に挨拶にきたこともあり、二人は幼馴染として仲良く育っていった。
たしかそんなはずだったかな、と、仗助は回想を打ち切った。
*
張り切っていた朋子と、手伝った葵の作る夕食に舌鼓を打ち、早めに風呂を済ませ、課題に取り掛かる。どうせ久々なのだから、と押し掛けた葵によって、その教室は仗助の自室になった。「だから思春期の男女がなあ」と一度は断った仗助だが、「そんな意識できるような女じゃあないでしょ私は」という常套句により、しぶしぶといった形で扉を開けた。お互いにサボったり授業中に寝るタイプではないので、習ったところをなぞればスムーズに事は進む。互いに質問することもあったが、一時間かそこらで課題は終わってしまった。
数分先に終えた葵が部屋の中を見回した。ブランドもののコートとか、革靴、スニーカー、いつもの改造制服とか。
「意外とキッチリきれいにしてるんだね」
「以外は余計だっつの……おシ、終わった!もうやることやったんだから自分の部屋行けよな、おれ明日の準備したらそのうち寝るしよ」
「んー?まぁ、そうだけど…ねぇ仗助」
あくびがてらに仗助が反応する。
「今日、私が別れた後なにもなかった?」
「……ああ、なんもなかったぜ」
さも当然のように彼は返答した。なぜそんなことを聞く?という表情つきで。
「そうかぁ、じゃあいいや。」
いやーだってさ、と葵が続ける。葵が今まで見てきた仗助はずいぶん優しいことで、人助けとかそういうのを進んでやる。ケガすることだってあるし、危機一髪の時がなかったといえばウソになる。葵はそういう仗助を手当てしたことが幾度となくあるし、そのたびに、あまり無茶しないでね、怖いよ。と言ってきた。
それに、葵は仗助がどうなるかを知っている。この町の今後を知っている。だからこそ、恐れている。顔や口に出す気は一切ないが、自分がいないところで、不確定な部分が出てくるかもしれない。
「知らないとこでケガしたって手当してあげないんだからなーッ?」
「へーきだって。葵はおれのこと心配しすぎだって……もっと信用しろよな」
「誰のせいだ心配してると思ってるんだ~~こいつ!!」
「ゲッいてぇ!足!毛を!毛を抜こうとすんじゃねぇ!!!」
ぎゃあぎゃあと夜は更けていった。