時のターコイズ
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琴葉葵には、誰にも話せない秘密がある。なぜ秘密にするのか、理由は二つ。
一つは、家族以外に打ち明けてもぜったいに信じてもらえない、と思っているから。
最もう一つは、打ち明けたことで私が人と付き合っていくことができなくなるだろうから。
葵は物心ついたばかりの四歳のある日に、高熱を出して倒れこんでいた。その日はジョセフ・ジョースター率いる一行がDIOと対峙したその日であった。葵の保護者は病院に連れてゆくこともせず、ただ家のなかで熱がひくのを待っていた。
葵は高熱にうなされるさなか、ある夏の歴史を見た。それは自分の住む町の歴史。砕けぬ意思、黄金の心のきらめき。
目を閉じ眠っているはずなのに、あまりにもまぶしくて、そして力強く心を揺さぶられた。人は死んでいたし、涙もたくさん流れた。苦しくてたまらないこの闇の中からのぞいた光だった。光をのぞくとき、葵は後ろから語り掛けられるのを聞いた。自分と同じ声だが、背丈も体格も違った。でもあまりにも自分と似ていたので、その人は未来の自分なのだと思った。
その人は自分が「琴葉葵」だと言った。
その人は、「その光は本来なら、私が触れてはいけない光。介入してはいけない物語。何の因果か、私はそこで生きてしまっている。」と言った。
その人は、「私はそこに存在していいものではない。歓迎されるべきではない。生まれてくるべきではない。」と言った。
葵は自分が否定されている気がしたが、当たり前のように納得もした。先祖返りで伸びるこの髪と色づく目がそれを証明していたからだった。
その人は、「もうこの物語は、本筋から外されてしまった。外したのは私だ」と言った。
「だからもう、好きにしたらいいんだ。とっても恥ずかしいことだけど、変えてしまっていい。人が死なないように、涙を流さないようにしたらいい。自分を繕って、みんなが笑顔になれるようにしたらいい。もうこれは本来の話じゃあないんだから……」
その言葉が、葵には心で理解できた。
目が覚めた時、葵の熱は下がっていた。保護者の男は頭を撫でて、「よかったね」と語り掛けた。
熱は下がったのに胸が苦しくて、大声で泣きたい気分だった。足を動かして家から出た。道の真ん中で、葵はこらえられずに泣き出した。人の目があったが、そんなことを気にしていられるほどに心が安定していなかった。なんだか辛くて悲しくて泣き叫んだ。だれも葵に話しかけなかった。その時の葵にとって、それは奇跡だった。
ひとしきり泣きわめき、目を開ければ、四歳の葵よりすこし大きいくらいの生き物が、目の前に浮遊していた。一瞬驚きはしたものの、敵意もなにもないと分かったから、葵はその子を好きになれた。誰も話しかけてこないのはこの子のおかげなのだと葵は悟った。
「あのね、お願いがあるの。」
葵はそのこの頬に触れて、額を合わせた。
葵のお願いに、その子は何も言わなかった。
葵は、自分が「琴葉葵である」と自覚したことを保護者に伝えた。それはとても勇気のいることだったが、保護者ふたりはあっさりと受け入れてくれた。受け入れたうえで葵に言った。
「いいかい、葵。それを例えば、幼稚園のお友達やそのお母さん。知らない人、町長なんかに言えば、君の居場所はなくなる。これは君が読んでいたいつかの小説とは違うんだ。ぜったいに隠し通さなくてはいけない。そして、全てが終わったら、僕らはこの軸から消えなくちゃあならない。」
だれにも打ち明けてはいけない。保身のためにも、町のためにも。葵とその男はゆびきりげんまんをした。
『保護者のみなさま、本日はまことにおめでとうございます……』
ぶどうヶ丘高校入学式は、そんなことばと拍手で締められた。
グググーッと正し続けて疲れた肩を伸ばし、緊張の糸が切れて、盛大にため息が漏れる。1年B組の教室は、早速新入生の浮かれた空気でいっぱいだった。琴葉葵も例にもれず。
「ねえっねえっ、琴葉さん、葵ちゃんって呼んでもいいッ?」
「いいよ~。よろしくね、これから」
葵の周りには早速女子のグループができ始め、それを遠巻きに眺める男子たちもまた仲間をつくってゆく。
高校生活が華々しく幕を開けた。
「康一ーっ。一緒に帰ろうぜ」
校門に立っていた康一に話しかけたのは、今朝会ったばかりの仗助と葵。二人が並ぶ姿を見て、彼は口から「オオッ」と声が漏れた。
「どうした?なんかあったか?」
「ううん。僕がいてもいいの?二人とも、すごく仲良さそうだから、そういう関係なのかなって思ったんだけど…」
美男美女。16歳にしては身長も肩幅も顔つきも大人らしい仗助。海外の血もまじっているから鼻も高く、瞳は深い紫系。前述の通りみるからに美少女の葵と並ぶと、まさにベストカップル……不良と美少女というギャップが好きな人にはたまらない組み合わせでもあろう。
「そういう関係って、わたしと仗助が?」
「付き合ってるかっつーこと…?」
ウン、と康一は素直に首を縦に振る。二人は顔を見合わせた後、葵が焦ったように顔の前で大きく手を振った。仗助は微妙そうな顔をして頬をかく。
「そんなわけないよ~ッ!私なんてコイツと釣り合わないよ。というか、私みたいな女を選ぶような人は信用ならんね」
「ってよ、こいつ昔っからなんかあるとスグこー言うのよ。あんまり自分のこと下げんなよなあーっ?ま、おれだってお前はねーよ。家族みてーなもんだしよ」
「本当のこと言ってなにが悪いのさー」
「…やっぱり二人ともスゴク仲いいんだね」
からかい合うように笑う二人に、うらやましいかも、と康一はちょっと笑った。
三人で並んで下校をする。他愛もない話に花を咲かせるうち、康一が承太郎の話を詳しく聞いてみたい、という話題になった。自分の町のことだし、と。
「へー、わたしが別れた後、そんな話してたんだ」
「おう。そうだ、おまえいつの間に学校行っちまってたんだよ?」
「ン?だって、ジョースター不動産とか、隠し子とか…けっこう込み入って危なそうだったし。部外者が聞いてたらわるいかなって」
「それもそうだ…ごめんね仗助君」
「へーきだぜ康一。葵もわりぃな、せっかくカメのまで付き合ってくれてたのによ」
かまいやしないさ、と笑う葵。その気軽さとやさしさが詰まった表情に、幼馴染を面倒ごとに巻き込みそうだった仗助は安堵した。
スーパーによってから帰る、と葵は道を逸れていった。また明日と手を振り、康一と仗助はまたそろって歩き出していった。
二人から離れ、角を一回曲がった葵は駆けだしていた。
スーパーにいくなんてのは真っ赤な嘘で、葵は一刻も早く家に帰りたかった。スカートが翻るのなんて気にならない。はやくこの胸の内を吐き出したい一心で、仗助たちが通る道より入れ込んだ道を走った。
やっとたどり着いたドアのカギは開いている。
なだれ込むように葵は靴を乱雑に脱ぎ、廊下を走った。キッチンへ走った。
体重をかけてドアを開ければ、先生が腕を広げて待っていた。
「先生!先生ッ先生……!」
抱き着いて先生の胸にすがった。涙があふれてきた。まるで、道の真ん中で泣いたあの時みたいだった。
「始まっちゃった、始まっちゃったの!覚悟してたよッ、四歳のときから!あの日からずっとわかってたけど、ついに来てしまった!仗助君のおじいさんが、重清くんがしんじゃうかもしれないって……はじまっちゃったよぉお……ッ!」
「うん、うん。まずはおかえりだ。仗助くんや康一くんと同じクラスになったみたいだね…よかったね、高校生活一年目、楽しくなりそうだね」
焦って急いだ独白とは裏腹に、「先生」と呼ばれた男…水奈瀬コウそのひとは葵を抱きしめて顔を上げさせた。嗚咽のもれる背中を撫でてやり、しずくを拭った。
「葵、落ち着きなさい。まだ本当にしんじゃうって決まってない。順序を追いなさい……まず誰が危ないんだ?」
葵と目線を合わせ、肩を抱く。はなをすすり上げたままの葵は「仗助くんのおじいちゃん」と弱弱しく答えた。
「タイミングは?」
「わかんない…今日の帰り道でアクア・ネックレスに仗助くんは会うの。それからアンジェロに目を付けられて……正確な日にちはわからないんだけど、近いうちにかならず」
「そっか。じゃぁしばらく近くで見ていられる環境にいないとな。」
葵の肩を放し、水奈瀬はどこかに電話をかけ始める。短い挨拶と世間話を相手と交わし、相槌を打つと、「それじゃ」と言って電話を切った。受話器をカチリと戻し、葵に告げる。
「全部が終わるまで東方さんちにおせわになってきな。」
たまに帰ってくるでも自由でいいから…と。
ちょっと思考が追い付かなかったので、葵の目はまんまるだった。