幽霊イコールどうしようもないもの
「…おやおやぁ、えおえお寝てる?」
確かにもう少し時間かかるけども。と二人しかいない列車内で独りごちる。
日の光がえおえおの顔に直撃しているのを確認して、えおえおの着ていたパーカーのフードを日の光から隠すように被せる。
もぞもぞと、えおえおの体が怠そうに動く。起こして飲み物でも飲ませようかと、バッグから水を取り出そうとしたとき、異変が起きた。
「……【Quand doit-on mattreun terme aux choses】」
「へ」
ボソボソと、聞き慣れない言語と聞き取れるかどうかもわからない声量で、男のような女のような声が聞こえる。
「【Decider par soi meme, encore faut-il qu'on ose】」
「【…分で…………には……がい…】」
いや、男のようなとか女のようなとかではない。どちらも聞こえる。今強く聞こえるのは……、女?
「【Mais la plupart du temps
Cela nous est dicte soudainement】」
「【…大半はいき……り選択を強い…げら…】」
「あっ」
聞こえた。
この声は、隣から聞こえる、いつも低音で皆を落ち着かせるようなこの声は。
「【Cela etant dit Quand tout prend fin ainsi】」
「【終わりが来ると全力尽くしたから】」
えおえおの声と知らぬ誰かの声が混ざる。でも不思議と聞き分けられて、でもとてもか細い。
まるで、今にも死にそう、な。
「【En s'etant donne pleinement】」
「【それほど失望もなく】」
揺れる車内に関わらず、俯いて顔の見えないえおえおの目の前へ座る。
自分が被せたフードを外し、真っ直ぐ目を見つめようとした、が。
「【Sans gros mecontentement】」
「【終わる】」
瞼が据わっていて、瞳に光は灯っておらず、濁った何かがえおえおの視界を埋めつくして、何も見えないようにしているみたいだった。
言い方を変えてしまえば、傀儡のようにそこにえおえおの意識はなかった。
ぷつり
「ちょ、しっかりしろよ、えおえお」
くらくらと糸の切れた人形のように揺れるえおえおをなんとか起こそうとする。
「ッもうすぐ着くだろ!起きろ!!」
パーカー越しからもわかる寒気がする程の体の冷たさ。恐怖に耐えながら、必死に揺り起こす。
焦りつつある気持ち。本当にまずい。
起きろ。起きてくれ。
「おい!!」
頭ががくがくと揺れる位揺さぶっているのに、起きる気配が全くしない。
据わった瞼が徐々に閉じられていく。
目的の到着駅のアナウンスが妙に静かな車内に響く。その時。
「…………んぁ」
「!え、えおえおぉぉ!!」
「んだよ」
「んだよじゃねぇぇぇ」
全身に一気に熱が巡る。ついでに目尻にもじんわりと熱が。あ、これは涙か。一瞬の出来事だったのに何故かとても長く感じて、恐怖を沈めるためにも体温を確かめるためにも、えおえおの肩を握り続ける。
はたき落とされるのは目に見えてるが。
「…触んな」
「だが断る」
「はぁ…、あ、着くって」
珍しく(迷惑がってはいるが)はたき落とさないえおえおにちょっとタジタジになりつつも、心配で肩に手を置いたまま、電車の扉が開くのを待っていた。
「………今の」
「ガチで、死ぬかと思った」