催眠効果のある香を外へ逃がすために窓を開け、権兵衛をベッドへと移動させる。

まじまじと顔を眺めるが、何処にでもいる普通の女だ。
特徴的な美人でもなく、グラマラスな体でもない。なのに笑えばそこに花が咲いたみたいに暖かい笑顔に、俺は惹かれた。

やられたな。

素直に認める自分にも、ベラミーが惚れるわけも、全部権兵衛のせいだと言いたかった。
事実はそうだ。
権兵衛の前では素直でいられるような気がした。
ベラミーもあの笑顔にやられたんだろう。
でも否定するのはあまりにも権兵衛に全てを背負わせ過ぎだと思ったからだ。

こう思わせる女はこの世にはいない。
幸いにもベラミーと権兵衛は恋仲じゃない。それはベラミーの言葉で容易に察しがつく。

力ずくで奪うか？

いや、あの笑顔を失うような真似はしたくない。ならどうする。


「フフフフフッ！あんな処女みてぇな反応するくらいだ、すぐに俺にも靡くさ」


何処から湧く自信か、わからない。でもそれしか方法がない今はそう信じてやっていくしかないのだ。


「今は少しでも眠っておけ。夜にはあいつらも帰ってくる。目を覚ませば楽しい食事の時間だ」


俺はいつものようにフォノグラフの前で本を読む。
時々堪えきれずに権兵衛の顔を眺めに席を立てばはっと我にかえり来た道を帰る。

全く、俺らしくもなくソワソワとして情けない。


「……」


ようやく観念し本を本棚に戻しベッドへ腰掛ける。
権兵衛はよほど自分に自信がないのかその体に似合わないほど大きい男物の服をその身に纏っていた。
最初はまさか。とも思ったがそんなはずはねえとその考えをバッサリと切り捨て、服を切り捨てベビー5を呼んだ。


「……」

「言いたいことは素直に口から出せ」

「……若様、この人未成年なんじゃ」

「フッフッフッ！そう見えても仕方ねえな」

「すみません、持ってくる服を間違えてしまいました」


至極申し訳なさそうに謝るのも無理はない。何せすべての服が権兵衛には大きすぎるのだ。
俺も配慮が足りなかったと笑って許し、もう一度服を持ってくるよう頼み部屋から出せば、こみあげる笑いを我慢することなく吐き出す。

未成年、か。

確かにそう見えるが権兵衛は間違いなく20歳過ぎ、22歳の女だ。
すでにモネに権兵衛の素性は調べさせてある。
本人が知っているとは思えないが、出身がワノ国というのがこの幼さを際立たせているのだろう。

……権兵衛の過去は奥が深い。

ただ、意味もなく頬を撫でる。
カイドウは俺の大事な取引相手で最も恐れる男。でも一人の女に執着するようには到底見えなかった。
恐らく気まぐれに犯してできた子だろう。

権兵衛は一生知らなくていい事実だとモネには悪いが調べてもらった情報はすべて捨てた。
下手に目に触れても説明に困る。

再度服を届けに来たベビー5を見送ったあと、性懲りもなくソワソワした気持ちを隠しながら本を片手に定位置に戻る。


「……ダメだ、内容が頭に入ってこねえ」


ただ無意味に捲られるページに嫌気が指し、再び本棚に戻される本。そうして戻った場所は先の定位置ではなく権兵衛の寝るベッド。

俺も焼きが回ったか、こんな平々凡々の娘にこれほどまでに熱を上げるなんてな。
微睡みの中、自嘲気味に笑って権兵衛を抱え夜まで眠る。

こんなに安らかな気持ちは久しぶりだ。