優しい彼の裏側
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
入社式当日。
いくら会社専用のバスだとしても、今日は流石に満員になるだろうと、昨日確認しておいた一本早めの8時半のバスに私は乗る。
車内は予想通りとても静かだった。むしろ、私しか乗っていない状況になんとも不思議な感覚に陥る。
「……バスが発車します。お早くお座りください」
運転手さんの声に慌てて前の席へ座る。
「新人さんですか?」
運転手さんが声をかけてくれるなんて思わず、呑気に外を見ていた私は小さい悲鳴と共に肩を震わせる。
「え、っとはい!……今日からこちらの会社で働かせていただく名無しの権兵衛と申します」
「そうかい!なんとも……かいらしいなぁ」
おじいちゃんが孫を見るような優しい笑顔でそんな事を言われると、こっちもつられて笑顔になる。
ここへ来るまでは、勝手な想像で、東京の人たちは冷たいと決めつけていた。
でもいざ会話をして見ると気さくな人や、世話焼きな人。……怖い人ももちろんいるけど知ってみると人の性質はどこにいても変わらないんだって知る。
それから運転手さんとは、たくさんお話をしてたくさん笑った。
もちろん、運転に支障がでてもらっては困るので始終、というわけではないけどとても楽しい時間だった。
「じゃあまた帰り、かな?」
「……会えるといいですね」
まだおじさんと話していたい、そう思うのに、時間は刻、一刻と近づいていく。
私は、名残惜しいと思いながらも会社へと足を向けた。
「……意外とよく笑うのね」
後ろから、好青年のような声色で声をかけてくれたのは、引っ越し初日の挨拶回りで密かに心の闇をちらつかせたおついちさん。
まさか、誰もいないと思ったのに。なんて些細な恐怖や、急に声をかけられたことの驚きより、今もその心の闇をちらつかせているという恐怖に肩を震わせる。
直視するのが怖くて振り向けずにいる私に、おついちさんはさらに追い討ちをかける。
「僕ってさ、そんなに怖いかな?」
「そっそんなことありません!」
背中に嫌な汗が流れだす程の恐怖を感じているにも関わらず、咄嗟に振り向き否定の言葉を言った私はひどく後悔する。
何故なら、表情とは裏腹に目が笑ってなかったからだ。
「……本当に?」
一歩、また一歩と近づきながら小首をかしげ私に問う。その姿に、あざとらしさよりも恐怖が上回り瞬間的に頷く。
そうしてやっと威圧的な空気が変わる。
「そう、ならいいんだけど。ほら早くしないと遅れちゃうよ!新人ちゃん!」
あまりの変わり身の早さに呆気にとられ、その場に立ち尽くす。
あんなに無邪気に笑い、さらにはおいでおいでと手をふる姿に、さっきの出来事は夢じゃないのか。と疑う。しかしすべては現実。
これから同じ会社で、もしかしたらおついちさんが上司かもと思うと、消えた緊張が一気に舞い戻ってくる。
社内案内が終わり、束の間の休息。
おついちさんが上司。という嫌な予感は見事に外れ、それだけで緊張が解けてもいいはずなのに。
元々緊張しいなせいか、仕事の終わりを告げるチャイムがなるまで一度も気が抜けなかった。
「お疲れ様。……初日でこんだけの仕事とこなすなんて。時には息抜きもしなきゃダメだよ。それに!困ったときはいつでも聞いてね!」
私の指導係についてくれた弟者さんは、私の頭を撫でながらニカッという効果音がつきそうな程、いい笑顔でそう言ってくれた。
でも、弟者さんが担当するのは私だけではない。
それが目に見えてわかっていると、中々声をかけづらく、弟者さんもそれがわかっているのか定期的に私の元へ訪れてくれ、何とか今日のノルマは終わった。
逆に言えば、弟者さんの気遣いがなければ私は初日そうそう残業確定だったのだ。
気づけば俯いていた私を、弟者さんは無理矢理前を向かた。
そして指を私の方へと伸ばし、無理矢理笑わせる。
「……名無しのさんには変わらずいてほしいね」
どこか寂しそうなその目が、いったい誰を指しているのか。何となくだけどわかった気がした。
「弟者くん。ちょーっといい?」
「おついちさん!じゃあ帰り!気を付けてね!」
ワンコのように元気に手をふり消えていく弟者先輩を見送り、誰もいなくなったオフィスに戻る。
「っはぁーー」
今なら少しでも力を抜けば、一気に脱力できる自信がある。
「……ダメだ、引っ越し初日といい、今日の朝といい。なにやってんだろう、自分」
さっきのおついちさんは普通だった。
なら、私の勝手な思い違いだ。先入観もって彼を見てしまっているからそう思うだけなんだ。
半ば、言い聞かせるように念じる。
「誰だっけ……えーっと、弟者担当の名無しのさん、だっけ。まだ仕事?」
急にかけられた声に驚き、足を思いっきりぶつけた私を、後ろの誰かが笑っている。
自分の情けない姿に、怒りと落ち込みが交わるよく分からない感情のまま振り向くと、弟者先輩のお兄さん、兄者さんが少し前屈みで笑っていた。
口許を押さえ、耐えようとしてくれているものの、全然耐えられてなく。
むしろ堂々と笑って。とさえ思うほど兄者さんはツボにはまっていた。
「……?!あ、お、お邪魔してすみません!急いで帰ります!」
今だに笑う兄者さんの手に、たくさんの鍵がついた輪っかが引っかけられていると気づいた瞬間、私は呆けている場合ではないのだと気づいた。
あの鍵を見るにきっと兄者さんは、戸締まりをして回っている最中なのだろう。
急いで鞄をもってお辞儀をする。
「おうおう、気を付けて帰れよ」
「はい!失礼します!」
「……あいつか。おっつんのハートを掴んだやつ」
何を思って自嘲気味に笑ったのか。
走ってオフィスを出た私には、その真意はわからない。
いくら会社専用のバスだとしても、今日は流石に満員になるだろうと、昨日確認しておいた一本早めの8時半のバスに私は乗る。
車内は予想通りとても静かだった。むしろ、私しか乗っていない状況になんとも不思議な感覚に陥る。
「……バスが発車します。お早くお座りください」
運転手さんの声に慌てて前の席へ座る。
「新人さんですか?」
運転手さんが声をかけてくれるなんて思わず、呑気に外を見ていた私は小さい悲鳴と共に肩を震わせる。
「え、っとはい!……今日からこちらの会社で働かせていただく名無しの権兵衛と申します」
「そうかい!なんとも……かいらしいなぁ」
おじいちゃんが孫を見るような優しい笑顔でそんな事を言われると、こっちもつられて笑顔になる。
ここへ来るまでは、勝手な想像で、東京の人たちは冷たいと決めつけていた。
でもいざ会話をして見ると気さくな人や、世話焼きな人。……怖い人ももちろんいるけど知ってみると人の性質はどこにいても変わらないんだって知る。
それから運転手さんとは、たくさんお話をしてたくさん笑った。
もちろん、運転に支障がでてもらっては困るので始終、というわけではないけどとても楽しい時間だった。
「じゃあまた帰り、かな?」
「……会えるといいですね」
まだおじさんと話していたい、そう思うのに、時間は刻、一刻と近づいていく。
私は、名残惜しいと思いながらも会社へと足を向けた。
「……意外とよく笑うのね」
後ろから、好青年のような声色で声をかけてくれたのは、引っ越し初日の挨拶回りで密かに心の闇をちらつかせたおついちさん。
まさか、誰もいないと思ったのに。なんて些細な恐怖や、急に声をかけられたことの驚きより、今もその心の闇をちらつかせているという恐怖に肩を震わせる。
直視するのが怖くて振り向けずにいる私に、おついちさんはさらに追い討ちをかける。
「僕ってさ、そんなに怖いかな?」
「そっそんなことありません!」
背中に嫌な汗が流れだす程の恐怖を感じているにも関わらず、咄嗟に振り向き否定の言葉を言った私はひどく後悔する。
何故なら、表情とは裏腹に目が笑ってなかったからだ。
「……本当に?」
一歩、また一歩と近づきながら小首をかしげ私に問う。その姿に、あざとらしさよりも恐怖が上回り瞬間的に頷く。
そうしてやっと威圧的な空気が変わる。
「そう、ならいいんだけど。ほら早くしないと遅れちゃうよ!新人ちゃん!」
あまりの変わり身の早さに呆気にとられ、その場に立ち尽くす。
あんなに無邪気に笑い、さらにはおいでおいでと手をふる姿に、さっきの出来事は夢じゃないのか。と疑う。しかしすべては現実。
これから同じ会社で、もしかしたらおついちさんが上司かもと思うと、消えた緊張が一気に舞い戻ってくる。
社内案内が終わり、束の間の休息。
おついちさんが上司。という嫌な予感は見事に外れ、それだけで緊張が解けてもいいはずなのに。
元々緊張しいなせいか、仕事の終わりを告げるチャイムがなるまで一度も気が抜けなかった。
「お疲れ様。……初日でこんだけの仕事とこなすなんて。時には息抜きもしなきゃダメだよ。それに!困ったときはいつでも聞いてね!」
私の指導係についてくれた弟者さんは、私の頭を撫でながらニカッという効果音がつきそうな程、いい笑顔でそう言ってくれた。
でも、弟者さんが担当するのは私だけではない。
それが目に見えてわかっていると、中々声をかけづらく、弟者さんもそれがわかっているのか定期的に私の元へ訪れてくれ、何とか今日のノルマは終わった。
逆に言えば、弟者さんの気遣いがなければ私は初日そうそう残業確定だったのだ。
気づけば俯いていた私を、弟者さんは無理矢理前を向かた。
そして指を私の方へと伸ばし、無理矢理笑わせる。
「……名無しのさんには変わらずいてほしいね」
どこか寂しそうなその目が、いったい誰を指しているのか。何となくだけどわかった気がした。
「弟者くん。ちょーっといい?」
「おついちさん!じゃあ帰り!気を付けてね!」
ワンコのように元気に手をふり消えていく弟者先輩を見送り、誰もいなくなったオフィスに戻る。
「っはぁーー」
今なら少しでも力を抜けば、一気に脱力できる自信がある。
「……ダメだ、引っ越し初日といい、今日の朝といい。なにやってんだろう、自分」
さっきのおついちさんは普通だった。
なら、私の勝手な思い違いだ。先入観もって彼を見てしまっているからそう思うだけなんだ。
半ば、言い聞かせるように念じる。
「誰だっけ……えーっと、弟者担当の名無しのさん、だっけ。まだ仕事?」
急にかけられた声に驚き、足を思いっきりぶつけた私を、後ろの誰かが笑っている。
自分の情けない姿に、怒りと落ち込みが交わるよく分からない感情のまま振り向くと、弟者先輩のお兄さん、兄者さんが少し前屈みで笑っていた。
口許を押さえ、耐えようとしてくれているものの、全然耐えられてなく。
むしろ堂々と笑って。とさえ思うほど兄者さんはツボにはまっていた。
「……?!あ、お、お邪魔してすみません!急いで帰ります!」
今だに笑う兄者さんの手に、たくさんの鍵がついた輪っかが引っかけられていると気づいた瞬間、私は呆けている場合ではないのだと気づいた。
あの鍵を見るにきっと兄者さんは、戸締まりをして回っている最中なのだろう。
急いで鞄をもってお辞儀をする。
「おうおう、気を付けて帰れよ」
「はい!失礼します!」
「……あいつか。おっつんのハートを掴んだやつ」
何を思って自嘲気味に笑ったのか。
走ってオフィスを出た私には、その真意はわからない。