奇妙な夜
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
仕事が終わり、夕飯の買い物をしながら昨日のおついちさんの言葉を思い出す。
いやいや、流石に本気ではないだろう。ってことをおついちさんは必ずする。
何よりの証拠に、おついちさんは既にトリートメントを買っていたのだ。
前々から偉く私の髪を褒めていたとはいえ……うん、これ以上は言うまい。
「ただいもー」
返事がないということは、まだ帰ってきてないか、動画の編集中か、撮影中。または、ライブ中かな?
ソッと廊下を抜けようと一歩踏み出した瞬間。
「おかえ」
「うわぁぁああああ!!???」
「何その怖いもの見た!って反応!傷つくわ!」
なら声掛けろ!。とは怖くて突っ込めなかったけど、詰まった息を整えながら弱々しくおついちさんを殴る。
「……んーで?何処に行こうとしてたわけ?」
張り付けたような笑みに、変に舌足らずな態とらしいしゃべり方。これは怒っている。
別に、やましいことはしてないのに。
「返事がないから編集中かと思って部屋に行こうとしてただけ!」
「……そう。なら、ごめんね」
わかっているのか、いないのか。
よく分からないけど許してはもらえたみたいで一安心。
仲直りしたところで買ってきたものを冷蔵庫に詰めていく。
「……今日はサイコロステーキ?」
「うん!いつもは高くて中々手がでないんだけど……、ほら、割引シール!」
鼻高々とお肉パックを掲げる私を、おついちさんは至極いとおしそうに見つめる。
正直、おついちさんにそんな目で見つめられると身体がゾワゾワするから苦手だ。
「……あ!そうだ!おついちさん、ご飯にする?お風呂先?」
照れ隠しに言った言葉に、思わず血の気が引く。
俗に言う墓穴を掘ったのだ。
「お風呂はご飯の後にしようか。……楽しみは後に取っとかないとね!」
ただ髪を洗ってもらうだけなのに、その笑顔が酷く妖しいものへと変わったように見えた。
今日のご飯担当は私。ということでおついちさんはご飯まで作業するから出来たら呼んでね!と言って部屋に籠っていった。
一人の時間が出来たら、考えることはただ一つ。お風呂のことだ。
「この間に入るのも手、だけど……」
怖い。バレたときを想像すれば怖くて体まで震えそうだ。
「大人しくご飯を作りましょう」
頭をブンブンと振り、自業自得だ。そう腹を括りフライパンにサイコロステーキを落とす。
ジュー、ジューと腹の虫を元気にさせる音と匂いに、レアのまま一つだけつまみ食い。
「……あ、カイワレ、切ってない」
ご飯も炊け、もうすぐお肉も焼けると言うのに付け合わせのサラダを作り忘れていたのに気づいたころ、おついちさんが腹減ったー。と部屋から出てきた。
「……うん。もうできるんだけどサラダ作り忘れてたからもう少しだけ待って!」
全力で謝りまな板に向かう。
そんな私に、頭を撫でてくれるのは甘やかしのサイン。
思わず火照る顔を隠すのにうつ向くけど、すぐに軽く怒られ手元をしっかりと見るのに切り替える。
「じゃあ食べようか」
私がサラダを作っている間に他の準備をしたくれたみたいで後はサラダを持っていくだけになっていた。
「いただきます」
「いただきます!」
ところで、私たちの間にあまり会話はない。
特に話題がない。ということもないからその理由はわからないけど、自然と居心地がいいのはおついちさんとだからかな。
「……おかわり、いい?」
「もー、いちいち聞かなくてもいいのに」
頼られることに、些細な会話に、にやける顔を隠すこともせずおついちさんの茶碗を受け取り炊飯器へとおかわりをつぎに行く。
「……権兵衛笑いすぎ」
「だって、普段は私がダメダメだからっておついちさん何でもしてくれちゃうでしょ?だからって言ったらおかしいけど、小さいことでも頼られるのが嬉しくて」
それに、これって夫婦みたい。
私の言葉に飲んでいた麦茶を喉に詰まらせるおついちさん。
そんなおついちさんに笑う私を見て、一緒に笑ってはいるが目がどこか真剣だった。
「権兵衛ってさ、まだ25だよね」
「そうだね」
「もう考えちゃってるわけ?……結婚、とか」
「……考えなくもないかな」
至って興味なさそうな返事に、勝手に相手はおついちさんだって決めてたから少しショック。
「……おおーい、そんなに食べれないよー」
「……うわっ」
別次元に飛んでいた意識をおついちさんの言葉で戻すと、どこぞの漫画盛りのようなご飯の量に可愛くない声が出る。
一度ついだご飯は釜には戻せないし、私はもうお腹一杯だしで、困っておついちさんを見るもおついちさんも困り笑顔でこちらを見ていた。
「……食べるしかないね」
「ごめんなさい」
そばに来て、茶碗を受け取ってくれるおついちさんに頭を下げ謝る私の頭を、当たり前のように撫でてくれる。
「さて、おついちさん頑張っちゃうぞ!」
「無理はしないでね」
ご飯と比例しておかずもどんどん減っていく姿はとても清々しい、はずなのに。私がつぎ過ぎた事実が、酷く申し訳ない。
「せっかくのおいしーご飯がまずくなっちゃうでしょ。こういう時は嬉しそうに僕のこと見てて」
おついちさんはわざとらしく、ん~~、おいし~~!!と笑ってくれるのが唯一の救いだ。
「ふー、食った食った」
「ごめんね」
「いいのいいの。僕が変な反応したせいだってわかってるから」
食べたものを片付け、お風呂の準備ができるまで暫くソファーでくつろぐ私の頭を横で撫でながら優しく笑うおついちさんに、心のどこかでもう、言ってしまえと思い始めている自分がいた。
怖くないわけじゃない。
ただ何となくおついちさんなら、結婚するしないどうこうを考え始めるんじゃなく、受け止めてくれる気がしたから、思い切って口を開いた。
「……別に今すぐ結婚したいわけじゃないの。でもするなら、おついちさんとがいいなって、漠然と考えてただけ……なの」
「分かってるよ。だからそんなに泣きそうな顔しないで?」
撫でてくれる手が、とても安心するから思わずすり寄る。
「権兵衛は、猫みたいに自由でいいんだよ?俺なんかに縛られなくても」
「そう言って、離してくれる気なんかないでしょ?」
「そりゃ、みすみす離す気はないさ。でも、男ができれば別だよ」
「おついちさんに出会う前なら分からなかったけど、出会った今はそんなこと起きないよ」
「即答の上に断言か。権兵衛のそういう真っ直ぐなところ好きよ」
撫でていた手を腰に移動させ、微かに震わす腕で抱きしめるおついちさんを、安心できるように強く抱きしめる。
「愛してるよ」
ピーーー
「呼んだら来てね」
「……うん」
おついちさんが先に行ってる間に、着替えや心の準備をするのに中々治まらない動悸。
「うーー死にそうだ!!」
「はいはい、そんな可愛いこと言わないでさっさとおいで。煮えちゃう」
おついちさんに呼ばれ、脱衣所までは何とか平然を装いながら行けた。だけど、脱衣所に入ってしまえばもう、逃げられない。
その事実が心臓の動きをまた激しくさせる。
「おーい」
「もう少しだけッ」
「……え、煮えちゃうって」
思いのほか時間がかかっている私に、催促のコール。それを何回も待って。の一言で待たせていると、とても悲しそうな声に変わっていくので、耐えきれなくなり思い止まっていたパンツに一気に手をかける。
あとは、ドアを開けるだけ。
「うわぁぁぁああああ!!」
「だからその反応はないって!おついちさん傷ついちゃうから!」
私が明けるよりも先に、しびれを切らしたおついちさんが扉を開ける。思わず、隠しきれるわけないのに手で全身を覆う。
そんな私の姿に、何?さっきから誘ってんの?と至極真面目な目で言うから、速攻で否定するのにおついちさんの歩みは止まらない。
笑顔もなしにゆっくりと、一瞬も目を逸らさずにこっちへ来るものだから、恐怖心が芽生えたのは当たり前。
「ちょっと、なんで逃げるの。身体キンキンになっちゃうでしょ」
「じゃ、じゃあ止まって!そっちに行くから!」
「本当?」
今のおついちさんはなんだか怖くて、目に涙の幕が張ってくる。
それに気が付いたのか分からないが漸く笑ってくれるおついちさん。
あまりにも待たせたので流石のおついちさんも怒ったのだ。そう結論付けたのに、泣く私の頭を撫でながら言ったおついちさんの一言で、全てが無になった。
「あんまり煽るとどうなっても知らないよ?」
おついちさんに手を引かれ、いつの間にか用意されていたお風呂椅子に座らされる。
「じゃあまずは、髪の毛を解かします」
「……はい」
最初は何となしに目を向けなかった真正面に、ふと目を向けて慌てて逸らす。
私の座る位置には家の設計上、嫌でも鏡が目の前にくる事を完全に忘れていた。
一度意識すると、自然と自分の顔が赤面していくのが見たくなくて、視線を逸らそうとさらに奥へと向けて、ドツボにはまる。
さらに奥、私の背中の後ろにはおついちさんがいるのは当たり前なのに、楽し気に私の髪をブラッシングしていることに今さら驚く。
慌てて視線を泳がせているこちらの様子を確認するタイミングと重なり鏡越しに目が合う。それがたまらなく恥ずかしくて顔を伏せた。それを知ってか知らずか容赦なく頭をあげるおついちさんを、鏡越しから軽く睨む。
「なぁに?そんな可愛い顔してもやめないよ」
「……」
「はい、シャワーかけるから上向いて?」
「……ん」
少しぬるめのお湯で、ゆっくりと髪濡らしていく。
顔にかからないようにそっとシャワーを動かしているのが、背中越し、頭を軽く押さえている手越しに伝わってくる。
「どう、うまいでしょ」
「うん、気持ちいい」
「……そっか。次は軽くコンディショナーつけるね」
さっきの謎の間に対する疑問とか、なんで先にリンス?なんて疑問も、さらには始終感じていた緊張さえ、おついちさんに任せておけば問題はないって謎の信頼感が溢れてかき消される。それはおついちさんにも伝わったらしく、軽く笑われるけど気にしない。
……うん。気にしないのが正解なのだ、この場合。
「最後にトリートメント、なんだけどこれは洗い流さないタイプでドライヤーかける時でいいから。身体洗おうね」
「うん。出てくれる気はないね」
「当たり前でしょ。そもそもね、髪の毛も気になってたんだけど、体の無数の細かい傷の方が僕気になってたんだから」
そういうおついちさんの目はとても真剣で、自分に対して無頓着すぎだと怒られているような気がした。
「良い肌してるのに乾燥肌だからって何もしないのはすんごくもったいない!」
漸く全身を洗い終わった私たちは、おついちさんが上記のような台詞を叫ぶように言うまではのんびりと湯船に浸かっていた。
びっくりした私は激しく肩を揺らすのに対して、おついちさんはなぜか拳を握っていた。
「……っだ、だってそういうのって高いじゃん。血だってこれだけの傷だから出ないし」
「あのねえ!お金がかかるかからない、血が出る出ないじゃないの!僕は!権兵衛のこの柔肌と!綺麗な濡れ羽色の髪を!守りたいだけなの!」
あまりの力説と散りばめられた無数の褒め言葉に、固まる私をじっと見つめる瞳はいつもどこかほの暗い。
「なによ」
「私はおついちさんの光を、守りたい」
「……」
私たちを、重くも軽くもなく、また居心地が悪い良いもない、よく分からない空気が包み込む。
「……反応に困ることしない」
「ごめんなさい」
笑って謝る私の頭を一撫でして、おついちさんはお風呂から上がっていく後ろ姿を、暫く見届けたあと思い切り湯船に浸かる。
「あんな顔、反則だよ」
いやいや、流石に本気ではないだろう。ってことをおついちさんは必ずする。
何よりの証拠に、おついちさんは既にトリートメントを買っていたのだ。
前々から偉く私の髪を褒めていたとはいえ……うん、これ以上は言うまい。
「ただいもー」
返事がないということは、まだ帰ってきてないか、動画の編集中か、撮影中。または、ライブ中かな?
ソッと廊下を抜けようと一歩踏み出した瞬間。
「おかえ」
「うわぁぁああああ!!???」
「何その怖いもの見た!って反応!傷つくわ!」
なら声掛けろ!。とは怖くて突っ込めなかったけど、詰まった息を整えながら弱々しくおついちさんを殴る。
「……んーで?何処に行こうとしてたわけ?」
張り付けたような笑みに、変に舌足らずな態とらしいしゃべり方。これは怒っている。
別に、やましいことはしてないのに。
「返事がないから編集中かと思って部屋に行こうとしてただけ!」
「……そう。なら、ごめんね」
わかっているのか、いないのか。
よく分からないけど許してはもらえたみたいで一安心。
仲直りしたところで買ってきたものを冷蔵庫に詰めていく。
「……今日はサイコロステーキ?」
「うん!いつもは高くて中々手がでないんだけど……、ほら、割引シール!」
鼻高々とお肉パックを掲げる私を、おついちさんは至極いとおしそうに見つめる。
正直、おついちさんにそんな目で見つめられると身体がゾワゾワするから苦手だ。
「……あ!そうだ!おついちさん、ご飯にする?お風呂先?」
照れ隠しに言った言葉に、思わず血の気が引く。
俗に言う墓穴を掘ったのだ。
「お風呂はご飯の後にしようか。……楽しみは後に取っとかないとね!」
ただ髪を洗ってもらうだけなのに、その笑顔が酷く妖しいものへと変わったように見えた。
今日のご飯担当は私。ということでおついちさんはご飯まで作業するから出来たら呼んでね!と言って部屋に籠っていった。
一人の時間が出来たら、考えることはただ一つ。お風呂のことだ。
「この間に入るのも手、だけど……」
怖い。バレたときを想像すれば怖くて体まで震えそうだ。
「大人しくご飯を作りましょう」
頭をブンブンと振り、自業自得だ。そう腹を括りフライパンにサイコロステーキを落とす。
ジュー、ジューと腹の虫を元気にさせる音と匂いに、レアのまま一つだけつまみ食い。
「……あ、カイワレ、切ってない」
ご飯も炊け、もうすぐお肉も焼けると言うのに付け合わせのサラダを作り忘れていたのに気づいたころ、おついちさんが腹減ったー。と部屋から出てきた。
「……うん。もうできるんだけどサラダ作り忘れてたからもう少しだけ待って!」
全力で謝りまな板に向かう。
そんな私に、頭を撫でてくれるのは甘やかしのサイン。
思わず火照る顔を隠すのにうつ向くけど、すぐに軽く怒られ手元をしっかりと見るのに切り替える。
「じゃあ食べようか」
私がサラダを作っている間に他の準備をしたくれたみたいで後はサラダを持っていくだけになっていた。
「いただきます」
「いただきます!」
ところで、私たちの間にあまり会話はない。
特に話題がない。ということもないからその理由はわからないけど、自然と居心地がいいのはおついちさんとだからかな。
「……おかわり、いい?」
「もー、いちいち聞かなくてもいいのに」
頼られることに、些細な会話に、にやける顔を隠すこともせずおついちさんの茶碗を受け取り炊飯器へとおかわりをつぎに行く。
「……権兵衛笑いすぎ」
「だって、普段は私がダメダメだからっておついちさん何でもしてくれちゃうでしょ?だからって言ったらおかしいけど、小さいことでも頼られるのが嬉しくて」
それに、これって夫婦みたい。
私の言葉に飲んでいた麦茶を喉に詰まらせるおついちさん。
そんなおついちさんに笑う私を見て、一緒に笑ってはいるが目がどこか真剣だった。
「権兵衛ってさ、まだ25だよね」
「そうだね」
「もう考えちゃってるわけ?……結婚、とか」
「……考えなくもないかな」
至って興味なさそうな返事に、勝手に相手はおついちさんだって決めてたから少しショック。
「……おおーい、そんなに食べれないよー」
「……うわっ」
別次元に飛んでいた意識をおついちさんの言葉で戻すと、どこぞの漫画盛りのようなご飯の量に可愛くない声が出る。
一度ついだご飯は釜には戻せないし、私はもうお腹一杯だしで、困っておついちさんを見るもおついちさんも困り笑顔でこちらを見ていた。
「……食べるしかないね」
「ごめんなさい」
そばに来て、茶碗を受け取ってくれるおついちさんに頭を下げ謝る私の頭を、当たり前のように撫でてくれる。
「さて、おついちさん頑張っちゃうぞ!」
「無理はしないでね」
ご飯と比例しておかずもどんどん減っていく姿はとても清々しい、はずなのに。私がつぎ過ぎた事実が、酷く申し訳ない。
「せっかくのおいしーご飯がまずくなっちゃうでしょ。こういう時は嬉しそうに僕のこと見てて」
おついちさんはわざとらしく、ん~~、おいし~~!!と笑ってくれるのが唯一の救いだ。
「ふー、食った食った」
「ごめんね」
「いいのいいの。僕が変な反応したせいだってわかってるから」
食べたものを片付け、お風呂の準備ができるまで暫くソファーでくつろぐ私の頭を横で撫でながら優しく笑うおついちさんに、心のどこかでもう、言ってしまえと思い始めている自分がいた。
怖くないわけじゃない。
ただ何となくおついちさんなら、結婚するしないどうこうを考え始めるんじゃなく、受け止めてくれる気がしたから、思い切って口を開いた。
「……別に今すぐ結婚したいわけじゃないの。でもするなら、おついちさんとがいいなって、漠然と考えてただけ……なの」
「分かってるよ。だからそんなに泣きそうな顔しないで?」
撫でてくれる手が、とても安心するから思わずすり寄る。
「権兵衛は、猫みたいに自由でいいんだよ?俺なんかに縛られなくても」
「そう言って、離してくれる気なんかないでしょ?」
「そりゃ、みすみす離す気はないさ。でも、男ができれば別だよ」
「おついちさんに出会う前なら分からなかったけど、出会った今はそんなこと起きないよ」
「即答の上に断言か。権兵衛のそういう真っ直ぐなところ好きよ」
撫でていた手を腰に移動させ、微かに震わす腕で抱きしめるおついちさんを、安心できるように強く抱きしめる。
「愛してるよ」
ピーーー
「呼んだら来てね」
「……うん」
おついちさんが先に行ってる間に、着替えや心の準備をするのに中々治まらない動悸。
「うーー死にそうだ!!」
「はいはい、そんな可愛いこと言わないでさっさとおいで。煮えちゃう」
おついちさんに呼ばれ、脱衣所までは何とか平然を装いながら行けた。だけど、脱衣所に入ってしまえばもう、逃げられない。
その事実が心臓の動きをまた激しくさせる。
「おーい」
「もう少しだけッ」
「……え、煮えちゃうって」
思いのほか時間がかかっている私に、催促のコール。それを何回も待って。の一言で待たせていると、とても悲しそうな声に変わっていくので、耐えきれなくなり思い止まっていたパンツに一気に手をかける。
あとは、ドアを開けるだけ。
「うわぁぁぁああああ!!」
「だからその反応はないって!おついちさん傷ついちゃうから!」
私が明けるよりも先に、しびれを切らしたおついちさんが扉を開ける。思わず、隠しきれるわけないのに手で全身を覆う。
そんな私の姿に、何?さっきから誘ってんの?と至極真面目な目で言うから、速攻で否定するのにおついちさんの歩みは止まらない。
笑顔もなしにゆっくりと、一瞬も目を逸らさずにこっちへ来るものだから、恐怖心が芽生えたのは当たり前。
「ちょっと、なんで逃げるの。身体キンキンになっちゃうでしょ」
「じゃ、じゃあ止まって!そっちに行くから!」
「本当?」
今のおついちさんはなんだか怖くて、目に涙の幕が張ってくる。
それに気が付いたのか分からないが漸く笑ってくれるおついちさん。
あまりにも待たせたので流石のおついちさんも怒ったのだ。そう結論付けたのに、泣く私の頭を撫でながら言ったおついちさんの一言で、全てが無になった。
「あんまり煽るとどうなっても知らないよ?」
おついちさんに手を引かれ、いつの間にか用意されていたお風呂椅子に座らされる。
「じゃあまずは、髪の毛を解かします」
「……はい」
最初は何となしに目を向けなかった真正面に、ふと目を向けて慌てて逸らす。
私の座る位置には家の設計上、嫌でも鏡が目の前にくる事を完全に忘れていた。
一度意識すると、自然と自分の顔が赤面していくのが見たくなくて、視線を逸らそうとさらに奥へと向けて、ドツボにはまる。
さらに奥、私の背中の後ろにはおついちさんがいるのは当たり前なのに、楽し気に私の髪をブラッシングしていることに今さら驚く。
慌てて視線を泳がせているこちらの様子を確認するタイミングと重なり鏡越しに目が合う。それがたまらなく恥ずかしくて顔を伏せた。それを知ってか知らずか容赦なく頭をあげるおついちさんを、鏡越しから軽く睨む。
「なぁに?そんな可愛い顔してもやめないよ」
「……」
「はい、シャワーかけるから上向いて?」
「……ん」
少しぬるめのお湯で、ゆっくりと髪濡らしていく。
顔にかからないようにそっとシャワーを動かしているのが、背中越し、頭を軽く押さえている手越しに伝わってくる。
「どう、うまいでしょ」
「うん、気持ちいい」
「……そっか。次は軽くコンディショナーつけるね」
さっきの謎の間に対する疑問とか、なんで先にリンス?なんて疑問も、さらには始終感じていた緊張さえ、おついちさんに任せておけば問題はないって謎の信頼感が溢れてかき消される。それはおついちさんにも伝わったらしく、軽く笑われるけど気にしない。
……うん。気にしないのが正解なのだ、この場合。
「最後にトリートメント、なんだけどこれは洗い流さないタイプでドライヤーかける時でいいから。身体洗おうね」
「うん。出てくれる気はないね」
「当たり前でしょ。そもそもね、髪の毛も気になってたんだけど、体の無数の細かい傷の方が僕気になってたんだから」
そういうおついちさんの目はとても真剣で、自分に対して無頓着すぎだと怒られているような気がした。
「良い肌してるのに乾燥肌だからって何もしないのはすんごくもったいない!」
漸く全身を洗い終わった私たちは、おついちさんが上記のような台詞を叫ぶように言うまではのんびりと湯船に浸かっていた。
びっくりした私は激しく肩を揺らすのに対して、おついちさんはなぜか拳を握っていた。
「……っだ、だってそういうのって高いじゃん。血だってこれだけの傷だから出ないし」
「あのねえ!お金がかかるかからない、血が出る出ないじゃないの!僕は!権兵衛のこの柔肌と!綺麗な濡れ羽色の髪を!守りたいだけなの!」
あまりの力説と散りばめられた無数の褒め言葉に、固まる私をじっと見つめる瞳はいつもどこかほの暗い。
「なによ」
「私はおついちさんの光を、守りたい」
「……」
私たちを、重くも軽くもなく、また居心地が悪い良いもない、よく分からない空気が包み込む。
「……反応に困ることしない」
「ごめんなさい」
笑って謝る私の頭を一撫でして、おついちさんはお風呂から上がっていく後ろ姿を、暫く見届けたあと思い切り湯船に浸かる。
「あんな顔、反則だよ」