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完成

 実家を出て、星奏館で暮らすようになって。
 もうあんまり会わないはずだった、卒業した先輩がたと寮のなかで遭遇することにもなんとか慣れてきて。
 このひとが共用部で作曲している姿にも、だいぶ慣れてきた気がする。



 学院時代は、思えばあんまり遭遇することがなかったのだ。
 床やら壁やらの作曲跡地を見ることがあっても、作曲作業をしている実体には遭遇したことがあまりなかったように思う。
 それが意識の中に入れてなかったからのか、純粋に遭遇していなかったからなのか、実際のところはわからないけど。
 話に聞くほど、イメージにあるほど、実際にそういう姿を見たか? と言われると首をひねってしまう。
 泉さんに言ったらゆうくんが見てないだけでしょとか言われそう。俺がどれだけ苦労して『王さま』を捕まえて云々。



 ある程度月永先輩の奇行に慣れ切った夢ノ咲出身の人間ばかりだからなのか、学校よりは不潔感がないからなのか。
 寮内では月永先輩はわりと放置されている。
 また月永が好き勝手してるなあ、みたいな。今日も野良猫が来てるなあ、みたいな感じで。
 さすがに蓮巳先輩とかが床での作曲は百歩譲って許すとしても壁と床と家具には書くな、って怒ってる姿を見ることはあるけれど、基本的に、ただ作曲しているだけなら放置されているのが現状。
 まあ、でもたしかに。へんにESビルとかでやられるよりは、身内ばかりの寮内でやってもらったほうが安心ではある。
 月永先輩が自分の曲をどう評価しているのかはさておき、それなりの価値がつけられていて、それを狙っている人間が多数いるのも事実である。月永先輩の曲を狙う人間のほとんどは、寮には入れない。誰がいるのかわからない外やらESビルでやられるよりは、安全なここでやっていてほしい。
 それがきっと、おそらく月永先輩の周辺の人間の共通認識である。
 下手したら夢ノ咲学院より平和なんだもの、ここ。



 そんなこんなで、基本的には『見守る』というのが寮内の基本スタンスなので。
 月永先輩が倒れてるのを見るのは、久しぶりな気がする。
 倒れてる? というか。時間が時間だし寝てるだけかもしれない。この時間までゲームをしていたせいで僕の目が冴えてるってだけで、もう深夜一時なわけだしね。みんなは寝ている時間である。
 それにしても、いつも誰かかれかが毛布をかけてあげたりしてるのになあ。
 いつもやっている層の人たちはみんな今日は不在なんだろうか。
 それとも、早いうちに寝ちゃってたのかなあ。そういえばハロウィンだったもんね。疲れちゃったのかも。
 僕も疲れてイベントがひと段落したあとすぐに寝ちゃって……今、起きてるわけだけど。
 毛布だけ掛けて退散しようかと思ったけど、でもさすがに、外じゃないとはいえ、もう十一月である。このまま放置したんじゃまずいよね。
 最近は部屋で布団にくるまってても朝はちょっと寒くて起きちゃうようになってきたし。ひとがいない部屋の床なんて絶対寒い。
 いや、でもこのひとけっこう丈夫そうな気もするけど。でもでも人として、いろいろアウトだよね。
 ……明日何かあったら面倒だし。



 ゆさゆさと揺すって月永先輩を起こす。寝たまんま運べればよかったんだけどね。
 残念ながら、まだそこまでの筋力はついてないので。
 朔間先輩とかが召喚出来たら一発なんだけどなあ、と思う。凛月くんでも夜なら元気なんじゃないのかな、わからないけど。
 そう運よく現れてはくれないので、月永先輩を起こして、自分で移動してもらおう。
「起きてくださいよ~、月永先輩。こんなところで寝てないで、ベッドで寝て……泉さんの誕生日を熱で朦朧とした状態で迎えたいんですか」
 う~ん、さすが外で寝るのに慣れてるだけあってなかなか起きないなあ。
 みんなが寝てる時間だし、あんまり大声はだせない。
「……『れおくん』」
「うわっごめんなにセナなに!?」
 がばり、と月永先輩が体を起こす。
 ぱちぱち、と数度瞬きをして、やっと状況が把握できたのか。
「『ゆうくん』だ!?」
「ゆうくんですよ……」
「さっき誰かおれの名前呼ばなかった?」
「僕じゃなかったら誰なんでしょうね……」
「セナの幻聴とか……? 凍え死ぬかもしれないって忠告してくれたのかも……」
「なんで起こされたのか理解出来てるようでよかったです」
 起きたみたいだしあとは大丈夫かな。勝手に部屋に戻るでしょ。
 よいしょ、と立ち上がったところで。
 ぐぎゅるるる、となかなかの大きさの音が静かな寮内に響いた。
「……待って『ゆうくん』おなかすいた」
「……共用部にお菓子とかあったと思いますけど……? ハロウィンの後ですし、残りものが色々」
「おれ今日夜食べてないんだぞ!?」
「ええ……食べなかったのが悪いんですよ。明日の朝まで待ってください」
「こんなに腹減ってるのに……寝ないで朝を待てっていうんだな『ゆうくん』は……」
「だってへんな時間に食べたら太るって泉さんが……」
 ん、いやでも、このひと、けっこうしょっちゅうご飯抜いたりなんだりしてるぽいよね。
 食べたがってる時に食べさせたほうがいいのかな……?
 食堂につれていったら、もしかしたらチンするだけで食べられるものとかあるかもしれないし。
 このまま放置してもなんだかもやっとしそうだし。



「大人しく見捨てればよかったのになあ、『ゆうくん』」
「見捨てられそうな空気じゃなかったので……」
 さすがにチンするだけで食べられるものは見つからなかったけど、そこそこ大量に袋麺があったので、誰のストックかわからないけど一つ拝借させてもらう。さすがに一個減ったからといって困ることはないだろう。あとで誰のかわかったら謝っておこう。それから、冷蔵庫から卵を取って、あれ、なんで僕が調理まで。
「……卵、溶くのと固めるの、どっち派ですか」
「『ゆうくん』は?」
「チ〇ンラーメンは固める派だけどこれは溶く派です」
「じゃあそっちで」
 どんぶりで卵を溶いて、完成間近の鍋に流し入れる。
「……セナはこういうのすらできないと思ってそうだよなあ」
「どうだろ。片親なの、いちおう知ってはいるはずだし」
「『知ってる』と『理解してる』は別物だろ?」
「つまり?」
「セナより先に『ゆうくん』の手料理が食べられたなあって」
「袋麺、手料理に入ります?」
「卵入れたらもう料理だろ」
「……月永先輩が知らないところでもうすでに食べてたかもしれないですけどね」
「すくなくともセナはゆうくんが作った袋麺なんて食べないだろ」
「そんなに僕が作ったの食べたかったんですか?」
「いや単に自分でやるの面倒くさいだけだけどな」
「泉さんが甘やかすからこんな子が育つんだ……」
「セナがまともに他人を育てた例なんてあったか?」
「ないですけどね」
 僕を含め。
 こんな感じでいいか、とどんぶりに麺を移す。
「どうぞ」
 ずず、と食べて。
「うん。ふつう」
 失礼な。



「……ファンの人が言ってたんですけどね」
 ラーメンを貪る月永先輩を横目に、楽譜をかき集めながら。
「僕と月永先輩の真ん中バースデー、今日なんですって」
 ん、と月永先輩が顔をあげる。
「……あれ、こんな時期になる? 『ゆうくん』、たしかおれと誕生日近かったよな、五月二日とかそのあたりになるんじゃないのか」
「僕の誕生日、知ってたんですか? ……去年も今年も僕の誕生日、月永先輩はいませんでしたよね」
 まさかこの人がES所属アイドルの誕生日をチェックしてるとは思えないし。
 むむ、と何か思い出しているような表情。
「……うん。だってセナ、なんか選んでるからさあ、おれ宛の誕生日プレゼントなのかな〜って思ってたらゆうくん宛のだったんだよなあ」
「月永先輩がいるときに選んでたんですかあのひと…」
「あの時期のセナの買い物は基本的におれ同伴だったからな〜、おれがいないときが無かったとも言う」
「……確かに、日付だけ見たらまんなかは五月二日か三日かになるんですけど。そうじゃなくて、年齢差を考えて、月永先輩が産まれてから僕が産まれるまでの間を取ると、今日……十一月一日になるらしいですよ」
「わざわざ計算したのか? ずいぶん趣味の悪いお姫さまだなあ……」
 おれとセナのとかならまだわかるんだけど、と月永先輩。
 うん。僕も、衣更くんと僕のとか泉さんと僕のとかならまだなんとなく動機がわかる。
 それをなぜ、わざわざ。ESアイドルの全組み合わせを調べたりしたのかな。
「……それを知って、本当なのかなあって僕も計算してみたんですけど。ただ計算しただけなら十一月一日になるんですけど、時間とか、うるう年とか、そういうのも入れて計算すると、十一月二日になる場合もあるんですよ」
 楽譜に書かれているセナの文字が目に入る。
 まだ楽譜の段階だったのか。
「『場合もある』、ねえ」
「一般的にはあんまり時間まで考えて計算することはないので、十一月一日ってことでいいと思いますけどね。僕もうるう年生まれではないですし」
「だとしても、セナの誕生日の前日であることには変わりはない、か。セナがおれと『ゆうくん』を愛すことになったのは運命だったって?」
「そこまでは言ってなかったですけど」
「わざわざ今話題に出したってことはそういうことだろ~、片付くらい自分でやるからちゃっちゃと戻ってよかったのに」
「ええ……嘘だ、食べた後の食器を片付けられる人間が楽譜を床に置きっぱなしにするはずがないじゃないですか……」
 集めた楽譜の束を揃えて、どんぶりの横に置く。
「……泉さんの誕生日じゃないってことは運命じゃないってことでしょう?」
「おれと『ゆうくん』が? それともおれたちとセナが?」
「考えてくださいよ。得意でしょう、そういうの」
「どちらかというとおれたちがセナを愛すために生まれてきたのかもしれないしなあ」
「どうしたってわかりあえないって意味かもしれませんけど」
 ずぞ、と残りのスープを一気にあおって。
「……『ゆうくん』、この曲歌う?」
「そのつもりで書いてたんですか?」
「いんや。当日までに話すようなことがあったらそのときは、程度」
「考えてなかったってことじゃないですか……」
「Knightsの曲も、セナの曲もそれはそれであるんだよ。『それ』は『ゆうくん』の曲」
「あんまりそうやってほいほい曲書くの、よくないですよ」
「今回のはセナ宛てだしほいほいではないだろ。セーフセーフ」
「……まだ、一日ありますもんね。ハロウィン後だからみんなもあんまり活動してないだろうし。きっと機材も自由に使えるはず」
「うんうん。オケはこれからおれが徹夜で作るから、あとはゆうくんが好きにやってくれればおっけー」
 かた、と席を立って、食器をシンクに運ぶ。
「……月永先輩、何か得してます?」
 共用のスポンジを手に取って、洗剤を垂らして。
「してるよ。合法的にゆうくんに曲が書ける」
「そんなに書きたかったんですか? 言ってくれればいくらでも、Trickstarは常にお金がないので楽曲提供していただけるととても助かります」
「曲を安売りするなと言っておきながらそのセリフか!? そうじゃなくて、Trickstarじゃなくてゆうくんの曲を作ってみたかったんだよ」
「……泉さんが僕を好いてる理由もわからないんですけど、月永先輩が僕を好いてる理由もよくわからないんですよね。……僕のこと、嫌ってませんでした?」
「そう言われても。誰でも好きになっちゃうんだよなあ。ゆうくんのことを知らないままなら嫌いでいられたのかもしれないけど」
「う~ん、ペットは飼い主に似るとかそういう話なのかなあ」
「ゆうくん話聞いてた!? そろそろ眠いか? いい時間だもんな」
「泉さんのペットってことは泉さんの弟である僕のペットでもあるってことですし。面倒見ないと」
「自分に都合がいいときだけ弟設定を適応させるなよ」
 手慣れた様子で洗った食器と鍋の水気を切って、水切り籠に置く。
 妹さん相手だとしっかりお兄ちゃんしているんだっけ。そんな話を聞いたことがあるような気がする。寮内ではやらないだけで、いちおうしっかりとした生活ができなくもないのだろう。
「……待って『ゆうくん』今ペットって言ったか!?」
「泉さんが月永先輩の飼い主なら月永先輩はペットなのでは」
「『ゆうくん』あのライブいたの!?」
「妄想してください。考えてください」
「ああくそっ! もう! 曲作ってやらないからな! このままお蔵入りさせるからな!」
「ご自由に。楽譜は僕の手の中にあるので、やろうと思えばいくらでも僕だけでも好き勝手出来ます」
「一番の敵は身内にとかそういうやつか!?」
「僕と月永先輩、身内でしたっけ」
「ああもう! いいもん曲は頭の中にあるから! どうせ打ち込みなおすわけだしな!」
 もう! と立ち去ってしまう。
 経緯はどうであれ、これはあの月永先輩が僕を想って書いたものなのだよなあ。
 僕、というか。
 間接的には泉さんを想ってなのかもしれないけど。
 それなら一生このまま、しまい込んでもいいんじゃないかって。
 泉さんが知らない月永先輩の曲が、一曲くらい存在してしまってもいいのでは?
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