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完成

「セナが煎れたみたいな味がする」
 紅茶を一口含むと、月永先輩はそう呟いた。



 今日は泉さんの結婚式だった。
 相手は僕たちの知らない、一般のひと。馴れ初めだとかそういうのは僕ですら聞かせて貰えていない。周りに聞いても、みんなが知らないって言うので芸能関係の人ではないのだろう。どこで出会ったのだろうか。
 泉さんに可愛がられている自信のある僕ですら、直前に結婚することを聞かされた。スピード婚なのかと思えば、もう二年も交際しているのだという。
 僕の存在も、Knightsの……月永先輩の存在も受け入れてくれる、優しい人なのだと語る泉さんの顔は、僕に見せるのとはまた別の柔らかい笑顔で、僕はそのひとに勝てないのだろうなあと悟った。そりゃあ、泉さんが結婚したいと思うようなひとなのだから、いいひとではあるのだろうけど。



「……淹れ方、泉さんに教わったので」
「セナはほんとなんでもできるよなあ……」
「……紅茶って、そんなにひとよって違います?」
「リッツが淹れたやつはまた別の味だし、違うんじゃないか? おれは淹れないからわからないけど」
 そうなのかなあ。僕のまわりに、紅茶を自分で淹れる人はいないのでよくわからない。
 バームクーヘンをフォークで一口ぶん切って、口に入れる。
 ……美味しいんだよなあ、くそう。
 月永先輩も複雑そうな目でバームクーヘンを見ながら咀嚼していた。相変わらず、こういう表情をすると目元が怖い。
「……セナ、普段こういうの食べないくせにちゃんと美味いの選んでくるんだよな」
「奥さんが選んだんじゃないんですか」
「セナだよ。前にリッツがセナに無理やり食わせてた」
 かちゃり、とフォークがさらに当たる音、飲み込む音くらいしかこの空間に音はない。そりゃそうだ、仲良くおしゃべりする仲でもないので。お互い、べつべつのものを泉さんに与えられてきたのだから。
「……なんで僕たち、泉さんに言われたことを律義に守っているんでしょう」
 それも、こんな平和な感じで。
「そうだよなあ、二人で手え繋いで身投げしても、セナに言われた通りではあるもんなあ」
 フォークで僕のほうを指して。
「お行儀悪いですよ」
「あはっ、セナみたい! ……セナを悲しませたいわけではないもんな。おれたち、もう十二ぶんにセナを悲しませてきたわけだから」
 泉さんのお願い。
 僕は泉さんに「れおくんがなにかしでかさないように見張ってて」と言われて。月永先輩は泉さんに「ゆうくんがなにかしでかさないように見張ってて」と言われた。要約すれば一緒にいろということである。
「やっと『鈍感ラブコメ主人公』じゃなくなったみたいだな、セナは。もう遅いけどっ! でもこうして死体が増えるのを防げたわけだし?」
「月永先輩、死ぬつもりでした?」
「ゆうくんこそ」
「まさか。無意識に断食してて孤独死しても泉さんのせいかなあ、って程度で」
「ゆうくんにはそんな根性なさそうだけどなあ。もっとこう、首吊りとかしそう」
「ええ、面倒くさそうじゃないですか……まあ、断食死は月永先輩のほうがやりそうですけど」
「まあな! 二、三回やりかけてセナに怒られてる! でも霊感を追いかけてたら気が付いたら食事なんて忘れてるし、空腹感がさらなる霊感をなあ……」
「……今日は霊感って言わないですね、先輩」
「いや、浮かんではいるよ? あえて死なせてあげてる~。ああでも逆に書き留めてセナに送り付けたほうがいいかなあ?」
「……泉さんのこと、そういう意味の好きじゃなかったくせに」
 ふ、と柔らかくなりかけていた表情が、また冷たくなって。
「……ゆうくんもそうだろ?」
 まあ、そうだけど。
 泉さんにいちばん可愛がられていたのは僕だったのに。
 泉さんにいちばん世話されていたのだ月永先輩だったのに。
 そういう子供っぽい独占欲なのだ。
 泉さんへの愛なら、あのひとに勝てるのに。
 でも僕たちが持っているそれは恋愛感情ではなくって、僕たちの体は柔らかいところなんかない、筋肉質な体なのだ。
 泉さんは、あくまで一般人だから。
 僕たちの、泉さんが思っている以上の愛なんて、たぶん受け取ることはできない。



 泉さんが選んだひとは黄色い髪でも、オレンジの髪でも、緑の眼でもなかった。
「泉さんなんか奥さんの前でもゆうくんゆうくん言ってさっさと別れちゃえばいいんだ」
 ざくり、と切り分けていない、大きな塊のバームクーヘンにフォークを刺す。
「おお、いい調子だなゆうくん! そうだよな~、セナなんかおれの世話ばっか焼いて奥さんに愛想を尽かされてしまえ」
 月永先輩も僕に続いてフォークを入れて。
「もうおれたちで結婚するか! そうすればセナもわかってくれるかな?」
「はは、月永真かあ……ゆうくんじゃなくなっちゃう」
「逆だとしても遊木レオでおれもゆうくんになっちゃうからな?」
「ええ、いいですよ、もう。ゆうたくんのこともゆうくんがわりにしてたし」
「いやそういうのはよくないと思うぞゆうくん……こういう時のための夫婦別姓、事実婚なんだよ。えへへ、ゆうくん明日からここ通っていい?」
「あれ本気だ? 冗談だと思ったのにな~、月永先輩?」
 ぐう、とソファーに寄りかかるようにして、いつの間にか月永先輩は寝ていた。
 机の上にはいつの間にか空いたビール缶が転がっていた。
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