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完成

 ぶうん、と扇風機がうなって、風が当たって、逸れて。朱桜の家は古くさい……というか先祖の諸々を大事にしているので、いまだに和室の……つまり、つくりの都合上空調設備の整っていない部屋が数多く存在する。
 この部屋もそのうちのひとつなので、いくら襖を開けて風通りをよくしたところで風が来ない限りただの外気と同じ温度の屋根付の空間なのだ。
「……ねえ司ぁ、この家ふつうにエアコン付いてる部屋あるよね? なんでこの姫宮桃李様がわざわざこんなあっづい部屋にいなきゃいけないわけ?」
 座卓の反対側で涼しげな顔で本を読む司に問う。表情は涼しげだけど額には汗がにじんでいる。本に当たると邪魔だから、と司の方には扇風機の風が行き渡っていないので、あるのかないのか分らない風でしか涼めていないはずだ。
「客間は貴方のお父様と私の父が使っておりますので。……ちゃんと扇風機を出してあげたでしょう、感謝してくださいというかこれくらい我慢してくださいよ根性無し」
 表情一つ変えずに、視線を本から外さずに返される。
「は、あ? それ以外にも部屋あるよね? 掃除ができてないとか? 家政婦を雇う金もないんだ?」
「桃李くんのために家政婦の手を煩わせるのも嫌なので……?」
「っていうかなんで司も一緒なわけ、おまえは一人で涼んでればいいでしょ家主でしょ?」
「おたくの執事さまにあなたを見張っておけと言われているのですよ」
 からん、ととけた氷が音をたてる。少しでも涼を、と卓に頬を付けると司が読んでいる本が目に入った。どうやら今読んでいるのは恋愛小説であるらしく、接吻だの抱擁だのそんな感じの文字が並んでいる。
「……つかさは」
 つ、と木目をなぞりつつ。
「きす、とかしたことあるの」
 自分でも阿呆なことを口にしているな、とは思った。
 だってこの部屋テレビも本も何もなくて暇なのだ。司は本に夢中だし。
「……したことがないと言えば嘘になります」
 うざったい、という顔をしながら本を閉じて頬杖をつく。
「キスというよりは押しつけられたとか表現するのがただしい感じでしたけど」
 ぴ、と視線がぶつかる。
 空気が変わったのが分った。
 鹿威しが鳴る音以外、この空間に音はない。そんなことを気にしていたら自分の息の音すら、そして司の呼吸音すらおおきく聞こえてしまって。
 司がかたり、と卓に手をついて身を乗り出す。書道用なのか幅の狭い卓は、そんなことをすれば余裕で反対側に届いてしまうわけで。
 気が付けば蘇芳色がすぐ目の前にあって、唇に何かが触れていた。
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