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中途半端

家に帰るとベッドで司が寝ていた。

使用人どもはどうも自分と司の関係を勘違いしているところがあるので、あるいは異性として認識できていないようなので、とくに考えることもせず通してしまったのだろう。一度入って仕舞えば、家の間取りなんてとっくに知り尽くされているので、ボクの部屋に簡単に侵入することができる。
にしても、随分とまあ気持ちがよさそうに寝やがって。
昔と比べたら成長したのかもしれないけど、寝顔はまだ幼い、と思う。幼いというか可愛らしいというか。Knightsのステージやらパーティやらで気を張っている顔を見るほうが多いので、いまだに慣れない。むしろ年々差が大きくなっているので慣れどころではない、気がする。
司はボクのぶんを空けることなく、スーツ姿のままベッドの中央にぶっ倒れていた。ボクが枕にこだわっているのを知ってか枕を使わずに寝ているけど、気を遣うところが違うんだよなあ、なんか。
床に脱ぎ捨てられたままのジャケットをハンガーに掛けてから、ベッドの上の司に近づく。
「ねえ司、ボクもういい加減寝たいからはやくどいて……」
ゆさゆさと雑に揺さぶる。ああくそ、意外に眠りが深い。
「ねーえ、つかさ、」
ん、と司が声をあげる。起きたならさっさと帰ってと続ける前に、ぐい、と腕を引っ張られて、バランスを崩してしまった。そのままぼふんとベッドに飛び込む形になる。
「ひ、ちょっと、司? 寝ぼけてる? さっさと放して」
そうこえをあげてもさらに腕力が強まっただけった。そのまま司に抱え込まれてしまう。部屋に入った時点ですこし香っていた酒や香水の匂いが、さらに強くなった。それだけじゃなくて、汗やら、たぶん司自身のにおいも混ざってとても心臓に悪い。布団からは嗅ぎ慣れた自分の匂い、普段の柔軟剤の匂いがするので、まぜこぜになってなんだか頭がおかしくなりそう。学生時代よく見た、朔間兄弟の睡眠に巻き込まれてたひとたちはこんな感じだったんだなあ、と関係ないことを考える。
……って、いや、まずい。このまま寝て明日弓弦に見つかったらなんて考えたくない。弓弦じゃなくてもやばいけど、弓弦だともっとやばい。
体を抱え込まれたことによって腕は自由になったので、引きはがしを試みようと思ったものの、無駄に力が強い。司に背中を向ける形で抱え込まれているため、股間を蹴るという最終手段は使えそうになかった。
っていうかなに、この香水、たぶん女物だよね。もしかして彼女さんとかと勘違いされてる? 司に恋人がいるだととかいただとか、そういうことは二十年以上一度も、今のところは聞いたことがないけれど。それに、芸能界に足を踏み入れてしまった以上、色恋沙汰は司のユニットの方向性から尚更タブーなのでは?
……じゃない、誰かと勘違いしてるなら放してほしい。人の家に来てまで何をしてるんだ、というかなんでうちに来たの、司。彼女さんがここら辺の家の人だとか? ここらへんの家に同世代の、司が嫌いじゃなさそうな子なんていたっけ。みんな、だいたい気が強いというか、なんというか。自分が言うのもなんだけど。方向性が違うというか、なんというか、学もないくせにというか、寄生虫のくせにというか。
ぐりぐり、と肩に頭を押し付けられる。手の位置がずれて、密着度がさらにあがった。背中が完全に司とくっついていて熱い。いつのかにか足も絡められている。……ああ、どちらかというと彼女さんというより抱き枕だと思われてそう。そういえば、昔はよく毛布やらぬいぐるみやらを抱えて寝ていた気がする。
……でも、ずれた手の位置が完全にアウトだ。掴みやすいっちゃあ掴みやすいんだろうけど、それでもダメでしょ。だって、完全に司の手はボクの胸を捕らえている。
小さすぎて胸だと認識できてないんだろうけど? いやでもブラも付けっぱなしだし、それは違うでしょ。でも触られ? 掴まれ? てるだけだし、べつに、よくないよ。嫁入り前の乙女のに胸になんてことを。胸だと言い張るのに難があるサイズだとはいえ、サイズは関係ないでしょ。弓弦以外の誰にも……いや嘘、学院時代、葵姉妹あたりに触られたけど、それでも同性にしか触らせたことなかったのに。
もしかして起きてるんじゃ? 意図してやっているのでは? と思ったものの、司の呼吸はすう、すうとゆっくり深いままだった。なんでこんなに落ち着いてるの、こいつは。さんざん揺すったり大声出したり暴れたりしたよね? なんでこんなにボクばっか、明日そこそこはやいのに。
もう諦めて寝てしまおうか。弓弦にでもみつかって出禁になってしまえ。弓弦じゃなかったら……噂の証拠となってしまうので、たいへん面倒くさいことになるのだけれど。だから違うのに。この状況に説得力は皆無だけど。だから、離してってば。爪をぐり、とたてても、ただ力が強まるだけだった。さっきまではなんとか触れられている、と表現できなくもない感じだったけど、もう完全にアウト。ブラどころか肉も掴まれている。
ん、あ、そうか、股間は蹴れなくても。
なんでさっきまで気が付かなかったんだろう。人体には急所がほかにもあるのに。腕を思いっきり引いて、つかさの鳩尾(であろう場所)に思いっきり肘をぶつけた。


「……で、何か言いたいことは?」
ベッドに座って、床に正座させた司を見下ろす。
普段だったら確実に、この朱桜司を床に座らせるだなんて! と騒ぐんだろうけど今回はさすがに静かだった。なんなら座れと言ったら額まで床に付けそうになったくらいだった。
「いやあのですね、決して意図的にしたものではなく」
「へえ?  無意識にひとを羽交い締めにして? 胸を? 触るどころか揉みしだいて?」
揉みしだいては……いなかったけど。いやでもおとこのひとに触られるのは初めてだった! そのくらい盛っても怒られはしないでしょ。ひとの初めてを奪った罪は重い。
「し、失礼いたし、私そんなことまでしてました!?」
「してた! 彼女さんと間違えたのかもしれないけどさあ、さすがにボクにも彼女さんにも失礼じゃない?」
「えっ、どこからそんな話が? 誰から、」
「えっ司彼女いるの」
「いませんけど!? ああ、吃驚しました。根も葉もない噂を広められているのかと」
「女物の香水そんなに引き連れて言われても説得力ないんだけどね」
ああ、とここでやっと司は納得がいったような、複雑そうな顔をした。
「ほんと、今日のパーティーがさいあくで。多分、飲み物かなんかに何か仕込まれていたのでしょうね。アルコールもあんなに飲まされるのは初めてで。無事綺麗な身で逃げてこられたことを褒めてほしいくらいなんですけど」
「香水とお酒の匂い」
「必要な犠牲だったんですよ」
「でもなんでうちにきて寝てたわけ」
「……さあ」
なぜでしょう。などと、司は首をかしげて呟くのだった。
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