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同人再録




 6


 卒業の頃、朱桜家次男は無事この世に生を受けた。

 産まれたあの子が喋るようになるまで……最短でも司が成人するまでは、朱桜でいられることになったらしい。
 ここまできたら好きなことをやり切って死んでやる……などと朱桜司は宣った。いや、さすがに死んでやるは意訳だけど。
 司の卒業後に再結成したKnightsは、いわゆる正統派アイドルになることを諦めたようだった。
 五人中四人がオメガであるため、発情期のことを考慮すると、どうしても五人揃って活動し続けることが難しいのだ。タイミングを計ればもちろん不可能ではないのだけれど、それはタイミングを計ればの話であって。新人がタイミングにわがままを言えるわけがない。個人活動であれば三か月に一度休めばいいだけだけど、四人となると雑に考えても月に一度は誰かが動けない期間が一週間近くある。都合の悪いことに、タイミングは全員見事に被っていないらしかった。
 それでも完全に芸能活動を放棄したわけではなく、鳴上先輩と瀬名先輩はモデル、朔間先輩の弟さんはピアニスト、月永先輩は作曲家、司はそのつきあい……みたいな感じで個人をメインに活動しているらしく、たまに小さな会場を借りてライブを行っているようだった。
 朱桜を堂々と名乗るわけにはいかなくなった司にとって、インターネット、同人というものは都合がよいものらしく。そもそもファン層が微妙に違うので、今の司は朱桜司ではなくTSUKASAとして親しまれているらしい。相変わらず、例の先輩にはスオ~と呼ばれているらしいけど。



「桃李くんは結婚しないんですか」
「どうしたの急に……」
 朱桜司は現在姫宮邸を活動拠点にしていた。なんでもついカッとなって弟さんを殺しそうになった、だそうで。だって一日中鳴き声が屋敷じゅうに響き渡っているんですもの、と司は言っていた。そういえばこいつ、一人っ子だもんなあ。たしか従兄弟なんかもいなかった気がするので、赤ちゃんの存在に慣れていないのだろう。そもそも自分の居場所を奪っていった存在な訳で、それはさぞかし憎かろう。
 発情期の周期も狂いっぱなしだったらしく、これ以上朱桜邸に居続けるのは無理だと判断したらしい。
 それならKnightsのひとのところに転がり込めば良いじゃん、なんて思ったのだけど。
 瀬名先輩はつがいのひとと同棲中だし、月永先輩と同居なんてどうなるのか想像できない。鳴上先輩は実家暮らしだし、朔間凛月先輩は生活リズムの不一致、だそうで。全員にボクがつがいなら一緒に住めば良いじゃない、と言われたらしく現在に至る。
 それに、つがいといることで精神安定が云々だとか。確かに最近の瀬名先輩は以前と比べたら安定しておりますし、だかなんだか。つまりはおおいに利用されている。
「だって桃李くん、忘れかけてましたけどもう十九でしょう。……まだ十五とかそこらだと思ってましたけど」
「司の頭が十五歳並みって解釈であってる?」
「同学年ってことを忘れてました。来年高校受験でしたっけ」
「大学生ですけどー!?」
「十九ってそろそろ、結婚の話とか来る頃じゃないんですか」
 寝っ転がって楽譜を読みつつ……脚をばたばたさせながら続ける。
「姫宮って一応いまいい感じというか、伸びてるところですし。身長と性格に目を瞑れば優良物件の類だと思うんですけど」
「そりゃまあ……って身長と性格って言った!?」
 性格は置いとくとして(司に言われたくない)、一応ボクいま司と同じくらいの身長なんだけど。それにまだ成長期終わってない。
「……そっちより。普通、つがいがいる人は避けるでしょ」
「ああ、そういえば……。でもそれが一番大事ですもんね。……べつに、私は気にしませんので、気にせずに桃李くんは桃李くんの人生を歩んでくださって構わないのですけど。縁談など来た際はちゃんと答えてあげてくださいね」
「気にしてよ。司は高貴なる姫宮桃李さまのつがいだって自覚が足りない」
 ばたん、と司が持ち上げていた脚を布団に落とす。そのまま、こちらを見ずに。
「べつに、いつ捨てても構わないのですよ。桃李くんの好意に甘えさせていただいておりますけど、正直桃李くんのメリットなんてわからないですし。あのときは同情で噛んでくれたのでしょう。ありがとうございます、おかげでここまで生きてこられました。ここからは司ひとりで生きていきますので、」
 がん、と、近くにあった抽斗を蹴る。この場に弓弦がいたらお行儀が悪いだなんだ言われそう。でも、こうでもしないと黙らなそうだったので。
「……冗談。そういうの、なかなか不快だからやめて」
「はは。アルファって縄張り意識とかあるんでしたっけ」
「あるよ。……ボクは司が幸せになるまで手放すつもりなんてないから」
「なれるとでも?」
「じゃあ一生ボクのつがいでいればいいでしょ」
 電気を消し、もう寝るからどいて、と司をベッドの端に追いやる。まだ確認してる途中なのに、と抗議が来たけど無視。だいたい、いくら一応大人二人が寝ても大丈夫な程度にベッドが大きいからといっても、なんで司はここにいるんだろ。最初は客間でおとなしくしてたと思うんだけど。楽譜の確認がしたいならそっちですればいいのに。司に充てた部屋にはピアノもあったはず。
 だいたい、瀬名先輩もそうだけどボクのメリットって何。あそこで司を見捨てる方が後味悪いじゃん。司の不幸を望むほど、ボクが司を嫌っているのだと思われているのだろうか。そんなことないのに。
 選択肢なんて、あったようでなかったよ。
「……私の、成人祝いのパーティーがあるそうなんです」
 どうなるんでしょう、と司は呟いた。






 7


 用事を済ませて、駆けつけた時にはもう遅かった。
 自分が弓弦になんて命令したのか、その後どうなったかなんて覚えてない。



 朱桜司が二十歳二日目の朝を迎えたのは病院のベッドの上であった。
 朱桜家主催、長男の成人を祝しての婚約者探し。というよりは押し付け先探し目的の乱交パーティー。
 いくら朱桜本家が邪険に扱っているとはいえ、司本体は朱桜の血が流れ、朱桜の地で育ち、朱桜によって育てられた生粋の朱桜なのである。よって引く手は数多、政略結婚ほどの繋がりは得られないものとはいえ、内に入れられれば朱桜を抱えているという事実を得ることができる。それはもうたくさんの紳士淑女の方々が参加された。



 精神的ダメージ云々というよりかは噛まれた傷口の状態と急性アルコール中毒、その他諸々素人による配慮ゼロの各種性癖の押し付けのダメージが大きいらしく、まだ朱桜司の意識は二十歳二日目を迎えられていない、らしい。らしいという表現を用いているのはここしばらく朱桜司に会えていないからである。
 会えていないとか言うと会いたいのかって話になりそう。そうじゃなく、物理的に、司の入院している病棟はアルファの訪問が禁じられているので。
 だからボクは、出入りすることのできるベータかオメガ……Knightsの先輩がたなんかから司の様子を聞き出すことしかできていないのである。
「にしても桃くんの話を聞いている限り、かさくんが入院できていることすら不思議というか……」
「入院させたのはボクだもん。あれだけやって一族の意思に沿えなかった子なんて、朱桜はもう必要としていないでしょ……野垂れ死んでもたぶんなんにも言わないよ、あのひとたち……たぶん」
 実際、朱桜の家の人は病棟に足を運びすらしていない。そりゃあ、来ても門前払いを食らうだけだけどさあ。
「ああ、それで……姫宮の系列の病院なの? 知り合いがいるならそっちに報告させればいいじゃん」
「そっちにも報告はさせてはいるけど。いまいち信用できないんだよなあ……あの人たちだって司とボクの仲なんて知ってるだろうし、変に脚色されてそう……それならまだ瀬名先輩のほうが信用できるもん」
「ありがとぉ。正直、見てるのも辛いけどねぇ。……でもまあ、桃くんのおかげで最悪の事態にはなってないから」
「当たり前でしょ、そのために噛んだんだから……そうだ、司が起きたら渡してほしいものがあって」
「ん?」
 なんだか表に出したまま持ち運ぶのは嫌で、てきとうなお菓子屋さんの紙袋に入れてきたものを瀬名先輩に渡す。
 瀬名先輩は紙袋の隙間から中を覗いて。
「指輪に見えるんだけど」
「指輪だもん。ただ渡してもあいつ絶対つけてくれない気しかしないから無理やりにでもはめておいて」
「いや、ダメでしょ……そんな大事なもん」
「だってあいつ逃げそうだし……瀬名先輩ならさすがに拒まないでしょ。誕生日プレゼントははやいほうがいいもんね」
「……桃くん、かさくんのこと好きだったの」
「嫌いじゃあないよ。昔から、ずっと。……じゃないと、噛んでないもん」



 朱桜司は気が付いたらそこにいた。
 気が付いたら、なんて表現を使うのはボクのほうが半年以上遅く産まれたからかもしれないけど、それはさておき。
 同じ夢ノ咲の土地の貴族同士であることを除けば、幼稚園も小学校も中学校も別だったのに、朱桜司は気が付いたら隣にいて、ボクを……というか姫宮を成金だなんだと罵って、それでも隣にいる。
 ……う~ん、罵ってというか、もはや挨拶なのだ。「ゆうく~ん」「ひいっ、泉さん!」のノリで「成金」「骨董品」なのである。罵倒にキレがなければないほど調子が悪い。実際、顔を合わせてもこのやりとりをふっかけなかった司は強姦直後だったりインフルエンザの真っ最中だったりした。
 そんなのを繰り返して、繰り返して、繰り返して。高校三年間なんてほんとうに、ずうっと近くに司がいて。
 ボクはこれから、姫宮家当主として走り続けなきゃいけなくって、同じ場所に止まり続けるなんてありえない、のかもしれないけど。
 ほんの少しでも、不変を望むのはいけないことなのかなあ。
 だってボクは、司の項に歯を立てられる程度には司がすきなんだよ。
 司が司で在り続けるのに、一番手っ取り早いのはボクが司を囲うことじゃんか。



 ようやく退院した司は、瀬名先輩に文字通り引っ張られて姫宮邸に帰ってきた。帰ってきた? 戻ってきた? まあ、表現はどうでもいいとして。瀬名先輩に首根っこを掴まれている。その状態でこの高級住宅街を歩いてきたのだろうか。それとも目の前までタクシー? そういえばバイクも乗れたよね。
 司の指にはいちおう、指輪がはめられていた。ああよかった。ネックレスにされるとか、そもそも受け取り拒否されるとかも考えるには考えていたのだ。というかそっちのほうが可能性は高いと思っていた。
「はあ。かさくん、隙あらば逃げようとするからさぁ? ほんと、いつぞやの王さまみたい。変なところばっか似なくていいんだからねぇ?」
 対する司は瀬名先輩放してくださいLeaderなんかと一緒にしないでください虐待ですかなどと騒いでいるのでまあ元気ではあるのだろう。
「だいたい、なんでこんな成金屋敷に」
「じゃあどこに帰るっていうの。おまえ、ホテル暮らしとかできるわけ? 収入源は? あの朱桜さんちの司くんが最低賃金のアルバイト暮らしかあ」
「く、このっ、だから嫌だったんですけど!? だいたいなんですかこの指輪!」
「左手薬指の指輪っていったら二択じゃん」
「いや、だって、なんであなたが」
「朱桜家主催の長男争奪戦で勝ったのはボクだもん。なにも問題ないでしょ」
 優勝条件は司をつがいにすることだもの。
 逆に言えば、あれが行われたってことは、司が無事朱桜を騙しきることに成功したってことなのに。
「どちらかといえば、あれだけやってもつがいをつくれない欠陥品だと思われてるっぽいですけど」
「へえ。成金の姫宮さんちの桃李くんがつがいなので欠陥品なんかじゃありませんって言えばいいじゃん」
 瀬名先輩から襟首を引き継いで、部屋まで引っ張っていく。いつの間にか同じくらいの背丈になっていたので出来る芸当である。っていうか司軽くなってない!?
 部屋に引っ張り込んで、てきとうにソファーに座らせる。
「元気そうでよかったけどさあ。実際どうなるの、っていうか朱桜のひとには会ったの」
「……手紙がきました。Word processor書きの、手紙というか、FAXでしたけど。……まだFAXって現役だったんですね、吃驚しました。……とりあえず成人だし家は出ろ、部屋はそのままにしてはおくけど何かあっても文句は言うな、お前に朱桜は継がせない……みたいな感じですね。要約ですけど。FAXも紙一枚でしたので、要約の要約みたいな感じにはなっていると思います」
 わーどぷろせっさー……何かと思った、ワープロか。
「ふうん……思ったより厳しくないね。出禁とか除名とかになるかと思ってた。司はどうするつもりなの?」
「……? 指輪を渡しておいてどうするつもりもなにもないでしょう」
「専業主夫にでもなるつもり……? 弓弦がいるから間に合ってる」
「そこで伏見先輩を出します……?」
「はあ。だっていつまでもKnightsだけってわけにもいかないでしょ。朱桜のツテは期待できなくなるし、普通の芸能人は難しいし。いろいろ各種嗜んではいたけどそれで稼げるほどではないでしょ。……何をするにせよ、うちのパパとママは手伝ってくれるって言ってた。お金は出世払いでいいんじゃないの」
「は」
「ボクまだ未成年だし。親の許可は必要だよね」
「え、は、えっ? みょうに受け入れられてるなとは思ってましたけど!?」
 実際、僕たちが勝手に不仲しているだけで、親たちはそこまで仲が悪いわけでもないのだ。朱桜の両親がボクをどう思っているかはさておき、うちのママとかはわりと司を可愛がっている節がある。なので、今回の一件も理由が分かってすっきりした、という感じで。そういうのは早く言いなさい、って怒られた。なんならおすすめの指輪メーカーの話もされた。あなたがいない間に指のサイズを測ってあげたわよ、とも言われた。理解がはやすぎる。
「まあ冗談だとして。……うちのパパとママが司の学費をだしてくれそうなのは本当。就職するにも、さすがに最終学歴が夢ノ咲学院アイドル科からの空白二年はきついでしょ。司の稼ぎで通えそうならいいけどさあ」
「口止め料を貰ったので、それでたぶん、学校を選んで奨学金など使えば通えないこともないと思いますけど。……まあ、あるに越したことはないです。……いいのですか。もう試験は終わってしまったので、この一年間、」
 うだうだ言っている司の後ろにまわって襟を覗きこむ。
「うっわぁえっぐい。よくこんなところ噛もうと思うよね」
「この流れでなにしてるんですか!?」
 司の項には歯形がまだ残っていた。一回だけではなく、何人もの人が血が出るまで噛んでいたのでそれはもうなかなかエグい。治療中はもっとひどかったんだろうけど。さすがに治るにのは少々時間がかかりそうだ。跡が完全に消えるかもあやしいのかもしれない。
 シャツのボタンをいくつか外して、項が完全に見えるようにする。司は状況を理解できていないのか、一周回ってなにも反応がないけど気にしない。楽なのはいいことだよね。
 そのままそっと、項に歯をたてた。
 ばっ、と司が項を押さえて立ち上がる。
「っ!? ほんと桃李くん最近なんなんですか」
「うっわあ真っ赤。司、そんな顔もできたんだ」
「どこかで聞いたような台詞ですね!! いやそうではなく!」
「他人がつけた歯形が残ってるのってまあそこそこ不快だよね」
「は、あ。……ほんと、指輪といい。桃李くん、私のことすきなんですか」
「知らなかったの」
 ぱちぱちと、相変わらず長い睫毛を何度か伏せる。
「ボクが隙でもない人間のつがいになるわけがないじゃん」





 8


 さらに時は経ち。
 司は無事、オメガの受け入れが盛んな学校の中では最高峰の大学に合格した。本来は国内最高峰とかを目指すべきなんだろうけど、やっぱりそういうところってどうしてもアルファが多いので。
 ずっとアルファに囲まれて勉強ばかりやっていたのでオメガに全然耐性がない、みたいなひとが多いらしい。教科書がお友達なので生身の人間に慣れていない、とか。後は単純に、無自覚マウントが激しいそうなので、大抵のオメガは避けて通るそうだ。いちばん身近でわかりやすい無自覚マウントというか偏見の例は朱桜家上層部である。



「べつに、朱桜の子会社の長などになれば、ある意味朱桜ではあるのですものね。……この体は間違いなく朱桜なのですし」
 などと、二十一歳一日目の朱桜司は語った。
 やっとそこにたどり着いた。いままでのうじうじうじうじうじうじうじうじっぷりといったら。
「そうそう。姫宮に染まったと思わせておいて、油断させて喉元に齧り付いてやればいいんだよ。Knightsってそういう野蛮なの得意でしょ」
「うっ、解釈違いと言いたいところですけどあながち間違ってないんで反論しにくいです」
「というわけでここにサインしよっか司」
 無理矢理司に万年筆を握らせる。ここにおなまえ書くだけで大丈夫だからね、と添えて。
「えっ何借金の連帯保証人ですか……」
「なんでこの流れで借金なの」
「姫宮もついに落ちぶれたのかと」
「落ちぶれてないから!! これからだから!! 朱桜が滅んだこの土地で朱桜ばりの地位を築くんだから」
「でも姫宮っていまいち土地を支配してそうな名前じゃな……」
 そこで一度言葉を止めた。
 ついでに動きもぴたりと止めて、睫毛すらぴくりともしない。
「ほんと、大変だったんだから。司絶対逃げると思うから先手を打とうと思って。やっぱりリーダーの許可は必要だよね。月永先輩と英智さまに証人になってもらっちゃった」
「もらっちゃった……? え、は、てんしょういんのお兄……え、Leader? 桃李くんLeaderに会ったんですか」
「司がいっつも愚痴るから成人してもあのときと変わらないのかなあって思ってたけど、十分落ち着いたじゃん。お願いしたらすぐ書いてくれたよ。あと結婚式の入場曲も作ってくれるって」
「けっこんしき」
「婚姻届だもの」
 さっさと名前書いて。
 さっきから中途半端な位置に置かれっぱなしになっている左手を掴んで、無理矢理指輪をはめる。よかった、ぴったり。
 それに気づかない程度に混乱しっぱなしらしいけど。
「英智さまもねえ、可愛い桃李も朱桜さんちの司くんももうそんな歳かあ、って」
「私を置いていろいろ進みすぎでは……って、」
 動かした左手がかつん、と音を発したことでようやく指輪に気が付いたらしい。
 あまり司は宝石がごてごてしたのは好きじゃなさそうだし、ボクも邪魔くさそうだなあ、って思っちゃうし。宝石は小さなダイヤモンドひとつのみで、本体の加工がきれいなやつ。
「……、私が断るとか、考えないんですか」
「ボクの部屋に入り浸っておいて、今更どこらへんに断る理由があるんだろうって感じだよね。……まあでもちょっとは考えたからこうして先手をいろいろ打たせてもらったわけだけど。ほんと月永先輩探すの大変だった」
「なにも、恋愛とお見合いだけが結婚じゃないでしょ。つがいだって、絶対に子供をつくらなきゃいけないってわけじゃないし。うちは妹もいるわけだしね。……ボクは、司が隣にいるの、嫌じゃないよ」
 顔を伏せたままの、司の目をじっと見て続ける。
「だいたい、ボクは司の嫌なところなんて知り尽くしてるわけ。これ以上司に失望するなんて浮気するとかそのくらいされないと無いと思う。……それを踏まえてボクは司に言ってるの。わかる?」
 そっと、司は指輪をなぞって。
「……私が、女性でなくてよかったですね。そんなこと言ったらどうなるか」
「ボクは司に言ってるんだもん。司はね、一生ボクに向かってちっちゃいくせにだの未発達だの言ってればいいんだよ。……成金は言えなくなっちゃうね。司もいちおう姫宮になるんだもの」
「名前が変わろうと体は朱桜なので……」
 はあ、と息を吐いて、司はようやく顔をあげた。
 桃李くん、私はね、と前置いて。
「桃李くんが私のオメガを受け入れてくれたこと、嬉しかったんですよ」
 ふっ、と笑う。ああ、こんな柔らかい笑い方は久しぶりに見た。
「あの時期はずっと朱桜に囲まれていて、母親にもあまりいい顔はされませんでしたし。学校もあまりなじめませんでしたし。……桃李くん、いつも私のこと馬鹿にするから、オメガだって言ったら一生そのことでからかわれるんだと思っていたんですけど、逆だったじゃないですか。その後も、オメガで有ることをネタにすることはなくって、むしろ心配なんかしてくれて」
 そこで言葉を切って、万年筆を握りなおした。妻になる人の欄に、朱桜司と書き入れる。
「だから私は、桃李くんに噛んでくださいって、言ったのかもしれないですね」



 誕生日おめでとう、司。
 四月六日が誕生日で、年度初めだ入学式だ始業式だって、まともに祝ってもらえない司の誕生日をちゃんと当日に祝える数少ない人間が自分だったこと、嬉しく思ってたんだよ。

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