中途半端
セキレイ計画、なるものがこの世界には存在する。全部で百八羽存在するセキレイが、葦牙と幸せになるため、願いを叶えるため最後の一羽になるまで戦うというもの。
といっても、その計画はあってないようなものだった。前回のセキレイたちがやってたから今回もとりあえず、みたいな感じのようであった。宇宙船の中で各種調整を終えて地球に降りたってから、戦いと言える戦いに遭遇したことなんてなかったし、ぬくぬくとモデル業なんかをして過ごしていた。幸い、自分を羽化させられるであろう葦牙の存在は複数確認できて、その中で気にいった子もいたけれど、相手はセキレイのことなんて知らないだろうし、一応セキレイ計画は殺し合いに近いものなのだ。そんなものにあの子を巻き込みたくない。それより、なにより自分たちにとってはセキレイと葦牙でも世間から見たらただの男同士だった。
他の葦牙候補もどれも男ばかりだ。自分たちの世代のセキレイは殆どが男だというのに。調整者から聞いた話によると自分たち以前のセキレイは女が多かったのだという。その関係で、葦牙機関は男のほうに遺伝されやすい、と。
まあとにかく、セキレイ計画なんて関係ない、と平和を楽しんでいたというのに。
「瀬名泉っ、」
どうしてこんなことになっているのか。
この学校ってセキレイの保護も兼ねているんじゃないの、とここには居ない生徒会長に悪態をつく。何度角を曲がっても、走っても、後ろの男は追いかけてきた。
気配からして葦牙。それも、セキレイをひとりかふたりか、既に所有している。
葦牙のちからはセキレイをひとり羽化させるごとに増していく。そのたびにより強い、もしくは精神の面倒くさいセキレイを羽化させることができるようになる。泉はあいにく、その面倒くさい部類には入っていなかった。つまり、捕まったらやばい。望まない羽化、相手は既にセキレイ持ちのツーコンボ。
「なあ、おまえの葦牙は俺なんだろ」
あたりまえだ。ひとり羽化させた葦牙は他のだいたいのセキレイを羽化させられるのだから。
せめて、彼のセキレイがいたら反撃ができるのだけど、生憎見当たらない。葦牙への攻撃は禁止されているのだった。葦牙、とはいうもののただの人間である。異能に耐えきれる体ではない。
ああもう、
「超うざぁい!」
気づけば練習室が連なるエリアに来ていた。どこかに逃げ込められれば、と思ったものの基本的に練習室は鍵がかかっている。Knightsが普段使用しているスタジオまでは少々遠い。こうしている間も一度撒いたはずのあの葦牙の気配がじわじわあと近づいてくる。
とそこで近づいてくるもう一つの葦牙の気配に気づいた。
あの葦牙とは違って、自分の鼓動を早め、からだをあつくさせるこれは。
「・・・・・・ゆうくん?」
「えっ、ゲッ、泉さん? なんで」
やっぱり遊木真であった。ゆうくんの手に鍵があることを確認して、問う。
「・・・・・・ゆうくんそれどこの部屋の鍵」
「えっすぐそこの・・・・・・あ、もしかして次Knightsが・・・・・・?」
「ちがうけど、」
とそこで瀬名、と後ろから叫び声とどたどたと廊下を踏む音。
ぐ、と腕を掴まれる。
「・・・・・・あのひとから逃げてるの?」
あの葦牙の視界に入らないうちに、ゆうくんは俺の腕を引っ張って走り出した。
角を曲がってすぐの部屋を開けて、電気をつけずにドアを閉じて内側から鍵をかける。
「どうしたのゆうくん。ゆうくんから密室で二人にしてくれるだなんて」
「どうしたのって・・・・・・さっき泉さん死にそうな顔してたじゃないですか、そりゃ驚きますし放っておけないです」
密室に二人、だなんて言っていたのは最初だけで、足音が近づいてくると泉さんは真っ青になってしゃがみ込んだ。息が速く浅い。このままじゃ過呼吸になるんじゃないだろうか。
「いっ、泉さ」
「ごめん、ゆうくん、今、落ち着く、から」
膝をついて、頭を床につけ、心臓のあたりをぐっとつかんで荒い息を繰り返す。
泉さんをこんなにするだなんて、なんだったのだろうか。追っ手の姿は見ていないし、声も聞き覚えがないから誰だったのかはわからない。
はああああ、と大きく息を吐いて、泉さんは体を起こした。
「・・・・・・ごめんゆうくん、鍵は返しておくからゆうくんはゆうくんの用事にむかっていいよ」
薄暗い部屋でもわかるほど顔が赤い。さっきよりは落ち着いたけどまだ辛そうな呼吸。そして、
「どうしたの泉さん、らしくない」
こう言ってしまう自分もじゅうぶんらしくない、のだけど。
(羽化後、まおりつ添え)
「セッちゃんってもうゆうくんに抱かれたの?」
「っ、はあ?」
「……あれ、すごいよ。羽化するときのちゅーでもすっごい繋がった感じしたけど。比べものにならないくらい、」
くまくんがほおを染め、腕の中に顔を埋める。
「すっごい幸せそうだねえくまくん。昨日あの衣更に処女奪われたって?」
「……そう、今の俺たぶん使い物にならないから甘く見てね、って話」
「でもほんとに幸せだったよ。きもちいとかそれもあるけど、」
セキレイは葦牙と一緒に暮らすことを推奨されてはいるけれど、実際に共に暮らすセキレイは少ない。
いままでのセキレイたちは戦いだけに専念していたけど今の自分たちは普通の人間として暮らしている者が多い。婚いだぐらいで家を変えるわけにはいかないし、葦牙にも葦牙の家族がいるのだ。
……つまり、俺とゆうくんはまだ同居してない。
それがまだ、なのかはわからないけれど。
俺とゆうくんはあくまでセキレイと葦牙であって恋人ではないのだから。
あの日、たしかにキスはゆうくんからだったけれど。状況が状況だった。
といっても、その計画はあってないようなものだった。前回のセキレイたちがやってたから今回もとりあえず、みたいな感じのようであった。宇宙船の中で各種調整を終えて地球に降りたってから、戦いと言える戦いに遭遇したことなんてなかったし、ぬくぬくとモデル業なんかをして過ごしていた。幸い、自分を羽化させられるであろう葦牙の存在は複数確認できて、その中で気にいった子もいたけれど、相手はセキレイのことなんて知らないだろうし、一応セキレイ計画は殺し合いに近いものなのだ。そんなものにあの子を巻き込みたくない。それより、なにより自分たちにとってはセキレイと葦牙でも世間から見たらただの男同士だった。
他の葦牙候補もどれも男ばかりだ。自分たちの世代のセキレイは殆どが男だというのに。調整者から聞いた話によると自分たち以前のセキレイは女が多かったのだという。その関係で、葦牙機関は男のほうに遺伝されやすい、と。
まあとにかく、セキレイ計画なんて関係ない、と平和を楽しんでいたというのに。
「瀬名泉っ、」
どうしてこんなことになっているのか。
この学校ってセキレイの保護も兼ねているんじゃないの、とここには居ない生徒会長に悪態をつく。何度角を曲がっても、走っても、後ろの男は追いかけてきた。
気配からして葦牙。それも、セキレイをひとりかふたりか、既に所有している。
葦牙のちからはセキレイをひとり羽化させるごとに増していく。そのたびにより強い、もしくは精神の面倒くさいセキレイを羽化させることができるようになる。泉はあいにく、その面倒くさい部類には入っていなかった。つまり、捕まったらやばい。望まない羽化、相手は既にセキレイ持ちのツーコンボ。
「なあ、おまえの葦牙は俺なんだろ」
あたりまえだ。ひとり羽化させた葦牙は他のだいたいのセキレイを羽化させられるのだから。
せめて、彼のセキレイがいたら反撃ができるのだけど、生憎見当たらない。葦牙への攻撃は禁止されているのだった。葦牙、とはいうもののただの人間である。異能に耐えきれる体ではない。
ああもう、
「超うざぁい!」
気づけば練習室が連なるエリアに来ていた。どこかに逃げ込められれば、と思ったものの基本的に練習室は鍵がかかっている。Knightsが普段使用しているスタジオまでは少々遠い。こうしている間も一度撒いたはずのあの葦牙の気配がじわじわあと近づいてくる。
とそこで近づいてくるもう一つの葦牙の気配に気づいた。
あの葦牙とは違って、自分の鼓動を早め、からだをあつくさせるこれは。
「・・・・・・ゆうくん?」
「えっ、ゲッ、泉さん? なんで」
やっぱり遊木真であった。ゆうくんの手に鍵があることを確認して、問う。
「・・・・・・ゆうくんそれどこの部屋の鍵」
「えっすぐそこの・・・・・・あ、もしかして次Knightsが・・・・・・?」
「ちがうけど、」
とそこで瀬名、と後ろから叫び声とどたどたと廊下を踏む音。
ぐ、と腕を掴まれる。
「・・・・・・あのひとから逃げてるの?」
あの葦牙の視界に入らないうちに、ゆうくんは俺の腕を引っ張って走り出した。
角を曲がってすぐの部屋を開けて、電気をつけずにドアを閉じて内側から鍵をかける。
「どうしたのゆうくん。ゆうくんから密室で二人にしてくれるだなんて」
「どうしたのって・・・・・・さっき泉さん死にそうな顔してたじゃないですか、そりゃ驚きますし放っておけないです」
密室に二人、だなんて言っていたのは最初だけで、足音が近づいてくると泉さんは真っ青になってしゃがみ込んだ。息が速く浅い。このままじゃ過呼吸になるんじゃないだろうか。
「いっ、泉さ」
「ごめん、ゆうくん、今、落ち着く、から」
膝をついて、頭を床につけ、心臓のあたりをぐっとつかんで荒い息を繰り返す。
泉さんをこんなにするだなんて、なんだったのだろうか。追っ手の姿は見ていないし、声も聞き覚えがないから誰だったのかはわからない。
はああああ、と大きく息を吐いて、泉さんは体を起こした。
「・・・・・・ごめんゆうくん、鍵は返しておくからゆうくんはゆうくんの用事にむかっていいよ」
薄暗い部屋でもわかるほど顔が赤い。さっきよりは落ち着いたけどまだ辛そうな呼吸。そして、
「どうしたの泉さん、らしくない」
こう言ってしまう自分もじゅうぶんらしくない、のだけど。
(羽化後、まおりつ添え)
「セッちゃんってもうゆうくんに抱かれたの?」
「っ、はあ?」
「……あれ、すごいよ。羽化するときのちゅーでもすっごい繋がった感じしたけど。比べものにならないくらい、」
くまくんがほおを染め、腕の中に顔を埋める。
「すっごい幸せそうだねえくまくん。昨日あの衣更に処女奪われたって?」
「……そう、今の俺たぶん使い物にならないから甘く見てね、って話」
「でもほんとに幸せだったよ。きもちいとかそれもあるけど、」
セキレイは葦牙と一緒に暮らすことを推奨されてはいるけれど、実際に共に暮らすセキレイは少ない。
いままでのセキレイたちは戦いだけに専念していたけど今の自分たちは普通の人間として暮らしている者が多い。婚いだぐらいで家を変えるわけにはいかないし、葦牙にも葦牙の家族がいるのだ。
……つまり、俺とゆうくんはまだ同居してない。
それがまだ、なのかはわからないけれど。
俺とゆうくんはあくまでセキレイと葦牙であって恋人ではないのだから。
あの日、たしかにキスはゆうくんからだったけれど。状況が状況だった。