中途半端
二年生になって司は一気に忙しそうになった。
一年生の冬あたりから、ちょこちょこ学校を休んだりもしていたのだけど、それ以上に。
出席に響くので、日中の活動は制限してもらっているらしいけど、放課後のユニット練習にはあまり出られていないのではないかと思う。
おまえがKnightsの『王さま』なんじゃないの、司。それともKnightsの『王さま』は不在がちなことになってるの?
いちおう、放課後動けないからって朝だとか昼休みだとかを使って練習しているのは見るけれど、その時間帯って凛月先輩がほとんど使い物にならないんじゃないの。それでもライブはまともに仕上がっているので、相変わらずすごいユニットだなあ、だとは思うけど。
でもそれって、ぶっ続けで動き続けてるってことでしょう。
おまえ、そこまで体力があるわけでもないのに。
「――、今日はありがとうございます。詳細はまた後日ということで、――」
自分の部屋に戻ろうと家の廊下を歩いていると、応接室のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。こんな時間に珍しい。
ドアの陰からそっと見てみると、……そりゃあ聞き覚えがあるはずである。そこにいたのは朱桜司であった。
スーツを着てしゃんとしてはいるものの、いつもより顔色が悪い。きちんとしている、というより、そうでもしないと倒れそう、って感じ。
いつからこんなふうになっていたんだろ。
そういえば今日は久しぶりに、午後から学校を休んでいた。
これから帰るのかな。
終わる時間の予想なんてできなかっただろうから、今から迎えを呼んで。
ボクの家と司の家はちょっと離れたところにあるので、家に戻るのに今から一時間とかかかっちゃうんじゃないの。
そこからいろいろ準備をして? 今でもすでにそこそこ遅い時間なのに?
迎えを呼ぼうとしているのか、カバンからスマホを取り出そうとしている司に声をかける。
「もう遅いし、泊っていったら?」
普段の司なら、死んでも頷かなさそうな質問である。
それでも、司は頷いた。それだけ、たぶん疲れていた。
ハンガーにかけてあげるから脱いで、と声をかけると、もう何も考えたくないのか、それとも状況がわかっていないのか。おとなしくもぞもぞと脱ぎだす。ああ、そうだ、脱いでも代わりの服がない。ボクの服なんてどれも着れないだろうし。
なんて考えてることを察したのか、自分でも考え付いたのか。
「上はこのままで大丈夫なので……これでもさいあく、最低限は隠れている気もしますが」
「お腹冷やすでしょ。……弓弦あたりからてきとうに借りてくるから、ちょっと待ってて」
ジャケットとスラックスをハンガーにかけて、外に出る。いや、ワイシャツでも隠れてはいるけどさあ。
なんだっけ、中途半端に着てるほうがやらしい、みたいな。
そういう感じのことを、クラスメイトが話していた気がする。
弓弦からジャージの予備を借りることに成功し、部屋に戻ると、司はさっきの姿勢をそのまま横に倒したような形で寝ていた。ほんとにギリギリだったんだなあ。
「つかさー、せめて下履いて、あとちゃんと布団被って寝て、風邪ひくよ」
なんだかどっかで聞いたようなセリフである。
というか普段自分が弓弦に言われていることである。
せっかく眠りに落ちたところを申し訳ないけれど、ボクが履かせるのはちょっと無理そうなので。さすがに起きて。
ゆさゆさと肩を揺するけど全然起きそうにない。
この一瞬でどれだけ深い眠りに落ちてるの。
今敵襲があったら死ぬよ、司。
揺すり続けていると、やっと司がしつこいな、というように眉を顰めて、ボクの腕を掴んだ。
「司起きた? っていうか起きて、下履いて、もうちょっとまともな寝方して、こんな端じゃなくて」
声をかけてみるも、起きたわけではなかったようで。
でもなぜか腕を引っ張られて、抱き込まれる。
ぎゅう、と、抱き枕みたいに。
司と瀬名センパイの愚痴でよく聞く凛月センパイのアレみたいに。
端っこで寝てるからすっごい落ちそうだけど。
いやいやいやいや。
起きて。
起こし方を揺するから耳元で喚くにシフトしたところ、やっと司は目を覚ました。
ちょっと寝ぼけているようで、ボクを捉えるなり「近い」って言って遠ざけられたけど。
近いじゃなくて、お前が抱き込んだんだよ。
なんてのは飲み込んで、司にズボンを手渡す。
「二年生の、」
「弓弦の予備のジャージ」
なるほど、とつぶやく。
「……もう、寝ていいから。せめてもうちょっとちゃんと寝て。布団被って、もっと真ん中のほうで。ベッドに寝馴れてない奴隷みたいだった」
「……だって、むだにひろいですし」
普段ならさすが成金趣味、と続きそうな言葉は発されなかった。
「さっきの、……あったかいの。桃李くんなんでしょう。ちょっと付き合ってください」
ぐい、と腕を引っ張られて……今度は、ちゃんとベッドの上に引っ張り上げられる。
「凛月先輩が、ス~ちゃんはあったいし柔らかい、などといつも仰るのです。なにがいいのか分からなかったのですが、桃李くん、あったかいですし、ちっちゃいですし、子供体温ですし、」
徐々に発音がふわふわしていって、途切れる。
だいぶ失礼なことを言われた気がするけど、まあいつも言われてることなので、スルーするとして。
要は本当に抱き枕扱いだった、ということだろう。
いちおうそこそこ整ってる顔が、寝ているせいで全く邪気の含まれない顔がすぐ近くにあって、とても心臓に悪かった。
やっぱり、ちょっと痩せたよね。
瀬名センパイに文句を言われながらも食べて、たしょう着いた肉がすっかり消えている。むしろ、入学前より細くなっているんじゃなかろうか。
御曹司なんでしょ。そういうキャラで売ってるんでしょ。それなのに痩せてどうするの。朱桜一族の当主が司に代わって、没落したのかと思われちゃうよ。
貴族ってのは、常に上に立って、偉そうにしてないといけないんだから。
しあわせそうにしてなきゃいけないんだから。
ほんとに大丈夫なのかなあ。追い込んで、英智さまより先に、なんて、全くシャレにならない。
一年生の冬あたりから、ちょこちょこ学校を休んだりもしていたのだけど、それ以上に。
出席に響くので、日中の活動は制限してもらっているらしいけど、放課後のユニット練習にはあまり出られていないのではないかと思う。
おまえがKnightsの『王さま』なんじゃないの、司。それともKnightsの『王さま』は不在がちなことになってるの?
いちおう、放課後動けないからって朝だとか昼休みだとかを使って練習しているのは見るけれど、その時間帯って凛月先輩がほとんど使い物にならないんじゃないの。それでもライブはまともに仕上がっているので、相変わらずすごいユニットだなあ、だとは思うけど。
でもそれって、ぶっ続けで動き続けてるってことでしょう。
おまえ、そこまで体力があるわけでもないのに。
「――、今日はありがとうございます。詳細はまた後日ということで、――」
自分の部屋に戻ろうと家の廊下を歩いていると、応接室のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。こんな時間に珍しい。
ドアの陰からそっと見てみると、……そりゃあ聞き覚えがあるはずである。そこにいたのは朱桜司であった。
スーツを着てしゃんとしてはいるものの、いつもより顔色が悪い。きちんとしている、というより、そうでもしないと倒れそう、って感じ。
いつからこんなふうになっていたんだろ。
そういえば今日は久しぶりに、午後から学校を休んでいた。
これから帰るのかな。
終わる時間の予想なんてできなかっただろうから、今から迎えを呼んで。
ボクの家と司の家はちょっと離れたところにあるので、家に戻るのに今から一時間とかかかっちゃうんじゃないの。
そこからいろいろ準備をして? 今でもすでにそこそこ遅い時間なのに?
迎えを呼ぼうとしているのか、カバンからスマホを取り出そうとしている司に声をかける。
「もう遅いし、泊っていったら?」
普段の司なら、死んでも頷かなさそうな質問である。
それでも、司は頷いた。それだけ、たぶん疲れていた。
ハンガーにかけてあげるから脱いで、と声をかけると、もう何も考えたくないのか、それとも状況がわかっていないのか。おとなしくもぞもぞと脱ぎだす。ああ、そうだ、脱いでも代わりの服がない。ボクの服なんてどれも着れないだろうし。
なんて考えてることを察したのか、自分でも考え付いたのか。
「上はこのままで大丈夫なので……これでもさいあく、最低限は隠れている気もしますが」
「お腹冷やすでしょ。……弓弦あたりからてきとうに借りてくるから、ちょっと待ってて」
ジャケットとスラックスをハンガーにかけて、外に出る。いや、ワイシャツでも隠れてはいるけどさあ。
なんだっけ、中途半端に着てるほうがやらしい、みたいな。
そういう感じのことを、クラスメイトが話していた気がする。
弓弦からジャージの予備を借りることに成功し、部屋に戻ると、司はさっきの姿勢をそのまま横に倒したような形で寝ていた。ほんとにギリギリだったんだなあ。
「つかさー、せめて下履いて、あとちゃんと布団被って寝て、風邪ひくよ」
なんだかどっかで聞いたようなセリフである。
というか普段自分が弓弦に言われていることである。
せっかく眠りに落ちたところを申し訳ないけれど、ボクが履かせるのはちょっと無理そうなので。さすがに起きて。
ゆさゆさと肩を揺するけど全然起きそうにない。
この一瞬でどれだけ深い眠りに落ちてるの。
今敵襲があったら死ぬよ、司。
揺すり続けていると、やっと司がしつこいな、というように眉を顰めて、ボクの腕を掴んだ。
「司起きた? っていうか起きて、下履いて、もうちょっとまともな寝方して、こんな端じゃなくて」
声をかけてみるも、起きたわけではなかったようで。
でもなぜか腕を引っ張られて、抱き込まれる。
ぎゅう、と、抱き枕みたいに。
司と瀬名センパイの愚痴でよく聞く凛月センパイのアレみたいに。
端っこで寝てるからすっごい落ちそうだけど。
いやいやいやいや。
起きて。
起こし方を揺するから耳元で喚くにシフトしたところ、やっと司は目を覚ました。
ちょっと寝ぼけているようで、ボクを捉えるなり「近い」って言って遠ざけられたけど。
近いじゃなくて、お前が抱き込んだんだよ。
なんてのは飲み込んで、司にズボンを手渡す。
「二年生の、」
「弓弦の予備のジャージ」
なるほど、とつぶやく。
「……もう、寝ていいから。せめてもうちょっとちゃんと寝て。布団被って、もっと真ん中のほうで。ベッドに寝馴れてない奴隷みたいだった」
「……だって、むだにひろいですし」
普段ならさすが成金趣味、と続きそうな言葉は発されなかった。
「さっきの、……あったかいの。桃李くんなんでしょう。ちょっと付き合ってください」
ぐい、と腕を引っ張られて……今度は、ちゃんとベッドの上に引っ張り上げられる。
「凛月先輩が、ス~ちゃんはあったいし柔らかい、などといつも仰るのです。なにがいいのか分からなかったのですが、桃李くん、あったかいですし、ちっちゃいですし、子供体温ですし、」
徐々に発音がふわふわしていって、途切れる。
だいぶ失礼なことを言われた気がするけど、まあいつも言われてることなので、スルーするとして。
要は本当に抱き枕扱いだった、ということだろう。
いちおうそこそこ整ってる顔が、寝ているせいで全く邪気の含まれない顔がすぐ近くにあって、とても心臓に悪かった。
やっぱり、ちょっと痩せたよね。
瀬名センパイに文句を言われながらも食べて、たしょう着いた肉がすっかり消えている。むしろ、入学前より細くなっているんじゃなかろうか。
御曹司なんでしょ。そういうキャラで売ってるんでしょ。それなのに痩せてどうするの。朱桜一族の当主が司に代わって、没落したのかと思われちゃうよ。
貴族ってのは、常に上に立って、偉そうにしてないといけないんだから。
しあわせそうにしてなきゃいけないんだから。
ほんとに大丈夫なのかなあ。追い込んで、英智さまより先に、なんて、全くシャレにならない。
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