中途半端
この学校にいる幼馴染みというやつはどうも距離感がおかしいやつらが多いので、自分とあいつにそういうのを期待するような輩が少なからず存在しているのは知っているけれど、それでもやっぱり違うのであった。
だいたい、自分たちを幼馴染みと呼んで良いのかすら怪しいのだ。たしかにボクはあいつの幼少期の姿を知っているけれど、他の幼馴染みたちのように長い時間を共にしているわけではない。だからボクは親がどこかから情報を仕入れてくるせいで、あいつの所属する委員会も部活動も、部活動の成績も知っているのに制服姿もユニフォーム姿も知らないし、交友関係なんてもっと知らない。それはあいつもきっと同じで、それを言ったら他の幼馴染みたちにも自分たちにも知らないことはたくさんある、と返されそう。返されたけど、だって、違うでしょ。
朱桜というのはやたら古い家である。歴史は……知らない、やたら古いんだろうけどべつに日本史の資料集とか見ても名前載ってないよね。いつだかそう言ったら書庫に連れて行かれて地域史のやたら分厚い本を見せつけられた。たしかにそこにはきちんと朱桜の名前があったけど、地域史にすら名前が無い旧家ってどうなの。ちなみにその書庫は書庫と言うよりは倉であり、まちの指定文化財に登録されているようだった。
とにかく、その程度に古いらしい朱桜家は、昔からの家訓が未だに多々存在していて、あいつはことあるごとにそれを引き出すのだった。「妙齢の女性に安易に触れてはならない」なんてそれっぽいものから「」みたいなそれ追加されたの最近でしょ、みたいなものまで。
「貴女がいつも言うように、“朱桜”って歴史があるでしょう……無駄に」
司が棚のファイルを並び替えながら、こっちを見ずに言う。
「実際、歴史があるどころじゃなく骨董品の域なので、桃李さんが言うことは何も間違っていないのです。爺婆どもや取り巻きもすっかり朱桜に染まっておりますし、すこし、occultの類にも手を出しています。外の人を迎えるのは、今の平成の世では難しいものがあります」
「それを善しとしているわけではありません。ですが、外の人間からそういったふうに思われているという事実は変わりません。……ふふ、面白いでしょう。うちにくる方々、家のためだから、と言って鬼にでも食われに来たような顔をして……朱桜が貧乏貴族だってわかっているでしょうに。それでも土着のものというのは影響力がありますから
「いいのですか、折角成り上がったのに。朱桜なんかに手を出して」
「おまえ、ひとが朱桜を馬鹿にしたら怒るくせに自分は朱桜をわりと馬鹿にするよね……」
「ふふ。だって中身はともかく周りにどう思われているかは事実でしょう」
窓の外に目を向けた桃李がげっ、と顔を顰めた。
「どうしました……? 日々樹先輩でもいらっしゃってました?」
「それなら日々樹先輩のがまだ数倍マシ……」
司は手にしていた書類を一度机に置き、桃李が覗く窓に寄る。ほら正門の前、と横から言われたので目を向けると、確かにそこには見覚えのある顔があった。
「××家のご長男さん……でしたっけ。paedophiliaの」
「ぺど……うん、たぶんそう……そんな司も知ってるほど有名なの、アレ」
顔を顰めたまま、桃李は窓から視線を外す。
「この前のパーティーですごく絡まれました。桃李さんの周りから攻略していこうとでも思っているのでしょうか……だとしたらあんな性癖なんて表に出すべきではないと思うのですけど」
書類の整理を再開させる。先代の生徒会長が後輩を甘やかしていたせいか、今の下っ端の生徒会役員には整理という概念がないようで書類がすべて一緒くたにされてしまっている。
「……なんの話したの」
「真っ先に『桃李さんの周り』に私が含まれることを怒るかと思いました。……本当に他愛もない話ですよ。好きな女性のtypeですとか」
「えっ周りから攻略しようと思ってる割に話題がえぐくない……? 自分に不利な話題もわかってないんだ……」
「一応自分は幼い女性が好きなのではなく幼い体に大人の知性を有しているのが云々だとか宣っておりましたけど……まあ要約すれば桃李さんがちっちゃいから狙ってますって話ですし。狙いは『姫宮』ではなく『桃李』なので安心しろ、ということなんですかね……? そういう性癖を表に出してしまう時点でいまいち信用できないので逆効果なんですけど」
「『桃李』どころか器でしょ……お金狙いじゃなければいいってわけではないのに。司にも阿呆っぷりを発揮してるんだ、安定してるなあ……。ああいう阿呆は言葉が通じないからいや。話を聞かないうえに家のことを計算して発言することもできないロリコンってもう救いがないじゃん。××のご先祖様のためにもはやく滅ぶべきだと思うんだよね……ほんとどこらへんに勝機があると思ってんだろ」
鬱憤がたまっていたのか、桃李はぐちぐちと言葉を続ける。
「さあ……興味のない人に対しての外面だけはいいらしいですし……実際ちやほやされているみたいですし? そこらへんで勘違いしたのでは」
「本当に手におえない……いくら顔面よかったとしても夢ノ咲にはかなわないというかだいぶ感覚麻痺してきてるからなんにも響かないんだけど……あと純粋にあの系統の顔は変態仮面を思い出して嫌」
「とことん否定しますね……それ、あの方には」
「言ったよ。オブラートに包んだらぜんっぜん伝わらなかったからわりとストレートに。でもむりあいつ言葉通じない、自分に都合がいい方向にしか解釈しないし都合が悪い言葉は聞こえてない……」
だいたい、自分たちを幼馴染みと呼んで良いのかすら怪しいのだ。たしかにボクはあいつの幼少期の姿を知っているけれど、他の幼馴染みたちのように長い時間を共にしているわけではない。だからボクは親がどこかから情報を仕入れてくるせいで、あいつの所属する委員会も部活動も、部活動の成績も知っているのに制服姿もユニフォーム姿も知らないし、交友関係なんてもっと知らない。それはあいつもきっと同じで、それを言ったら他の幼馴染みたちにも自分たちにも知らないことはたくさんある、と返されそう。返されたけど、だって、違うでしょ。
朱桜というのはやたら古い家である。歴史は……知らない、やたら古いんだろうけどべつに日本史の資料集とか見ても名前載ってないよね。いつだかそう言ったら書庫に連れて行かれて地域史のやたら分厚い本を見せつけられた。たしかにそこにはきちんと朱桜の名前があったけど、地域史にすら名前が無い旧家ってどうなの。ちなみにその書庫は書庫と言うよりは倉であり、まちの指定文化財に登録されているようだった。
とにかく、その程度に古いらしい朱桜家は、昔からの家訓が未だに多々存在していて、あいつはことあるごとにそれを引き出すのだった。「妙齢の女性に安易に触れてはならない」なんてそれっぽいものから「」みたいなそれ追加されたの最近でしょ、みたいなものまで。
「貴女がいつも言うように、“朱桜”って歴史があるでしょう……無駄に」
司が棚のファイルを並び替えながら、こっちを見ずに言う。
「実際、歴史があるどころじゃなく骨董品の域なので、桃李さんが言うことは何も間違っていないのです。爺婆どもや取り巻きもすっかり朱桜に染まっておりますし、すこし、occultの類にも手を出しています。外の人を迎えるのは、今の平成の世では難しいものがあります」
「それを善しとしているわけではありません。ですが、外の人間からそういったふうに思われているという事実は変わりません。……ふふ、面白いでしょう。うちにくる方々、家のためだから、と言って鬼にでも食われに来たような顔をして……朱桜が貧乏貴族だってわかっているでしょうに。それでも土着のものというのは影響力がありますから
「いいのですか、折角成り上がったのに。朱桜なんかに手を出して」
「おまえ、ひとが朱桜を馬鹿にしたら怒るくせに自分は朱桜をわりと馬鹿にするよね……」
「ふふ。だって中身はともかく周りにどう思われているかは事実でしょう」
窓の外に目を向けた桃李がげっ、と顔を顰めた。
「どうしました……? 日々樹先輩でもいらっしゃってました?」
「それなら日々樹先輩のがまだ数倍マシ……」
司は手にしていた書類を一度机に置き、桃李が覗く窓に寄る。ほら正門の前、と横から言われたので目を向けると、確かにそこには見覚えのある顔があった。
「××家のご長男さん……でしたっけ。paedophiliaの」
「ぺど……うん、たぶんそう……そんな司も知ってるほど有名なの、アレ」
顔を顰めたまま、桃李は窓から視線を外す。
「この前のパーティーですごく絡まれました。桃李さんの周りから攻略していこうとでも思っているのでしょうか……だとしたらあんな性癖なんて表に出すべきではないと思うのですけど」
書類の整理を再開させる。先代の生徒会長が後輩を甘やかしていたせいか、今の下っ端の生徒会役員には整理という概念がないようで書類がすべて一緒くたにされてしまっている。
「……なんの話したの」
「真っ先に『桃李さんの周り』に私が含まれることを怒るかと思いました。……本当に他愛もない話ですよ。好きな女性のtypeですとか」
「えっ周りから攻略しようと思ってる割に話題がえぐくない……? 自分に不利な話題もわかってないんだ……」
「一応自分は幼い女性が好きなのではなく幼い体に大人の知性を有しているのが云々だとか宣っておりましたけど……まあ要約すれば桃李さんがちっちゃいから狙ってますって話ですし。狙いは『姫宮』ではなく『桃李』なので安心しろ、ということなんですかね……? そういう性癖を表に出してしまう時点でいまいち信用できないので逆効果なんですけど」
「『桃李』どころか器でしょ……お金狙いじゃなければいいってわけではないのに。司にも阿呆っぷりを発揮してるんだ、安定してるなあ……。ああいう阿呆は言葉が通じないからいや。話を聞かないうえに家のことを計算して発言することもできないロリコンってもう救いがないじゃん。××のご先祖様のためにもはやく滅ぶべきだと思うんだよね……ほんとどこらへんに勝機があると思ってんだろ」
鬱憤がたまっていたのか、桃李はぐちぐちと言葉を続ける。
「さあ……興味のない人に対しての外面だけはいいらしいですし……実際ちやほやされているみたいですし? そこらへんで勘違いしたのでは」
「本当に手におえない……いくら顔面よかったとしても夢ノ咲にはかなわないというかだいぶ感覚麻痺してきてるからなんにも響かないんだけど……あと純粋にあの系統の顔は変態仮面を思い出して嫌」
「とことん否定しますね……それ、あの方には」
「言ったよ。オブラートに包んだらぜんっぜん伝わらなかったからわりとストレートに。でもむりあいつ言葉通じない、自分に都合がいい方向にしか解釈しないし都合が悪い言葉は聞こえてない……」