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(CPなし)


女三人寄れば姦しいとはいうものの、掛かっているのは世界の命運となれば雑談に興じる暇も惜しい筈……とはならないのが、英雄たちも一介の人である証拠だ。休憩時間も鍛錬に勤しむ強者もいれば、遊び盛りの少女に付き合って場の雰囲気を明るく保ってくれる青年もいる。
そしてそれをわずかばかり苦々しく見つめる少女も。

「──シャーロット、またジョナサンと何かあった?」
からかうでも呆れるでもなく、肩に落ちかかる豊かな髪を払いのけながらマリアは尋ねる。
シャーロットは慌てたのち少しばつが悪そうに立ち話中のマリアとシャノアに向き直った。
「何か、っていうほどでもないんだけどね…」
シャーロットとジョナサンがお互い遠慮なく心情をぶつけ合う間柄であることは皆知っている。それは確たる信頼関係の現れで、だからこそ少しの間、わだかまりを抱えることも珍しくない。あとこの場合、シャーロットが一方的に引きずっているのが見て取れる。

「……この間、私が装備品を壊したでしょ?」
「ああ、あの防具のことね」
「魔導書内の装備は紙片で修復ができたはず。何か問題が発生したのでしょうか?」
「だ、大丈夫!壊した分は責任持って自分で紙片を集めたから!でもその、恥を忍んで言うけど、その時に……」
魔導書内の防具は実際に身に纏わなくても『装備した』という記述で効力を発揮する。ではあるが単純に種類が多く、装飾品として魅力的な物もまた多い。
装備を吟味する傍ら、大人びたデザインのピンヒールがシャーロットの目にとまったのも自然なことだ。
興味本位でそれを具現化して履いてみたところ、慣れないハイヒールを履きこなせずに転び、その拍子にヒールが折れたという次第だ。
「それをよりによって、ジョナサンに見られていたのよ…」

シャーロットはその時の記憶を反芻する。
無理をして身の丈に合わない装飾品に手を出し無様に転んだ上それを破損させた…単純にみっともないし、また子供扱いされるに決まっている。
恥じ入って顔を伏せたままのシャーロットに掛けられたジョナサンの声は、へたり込む相棒と同じ高さから聞こえてきた。
『転んだのかよ。いくらお前でも珍しいな』
『い、いくら私でもってどういう意味?!』
『調子悪いとか、足挫いたりとかしてないか?ってことだよ。ま、そうじゃないならノープロブレムだな』
『あんたねぇ………』
馬鹿にするような態度は微塵も感じないことにどこかほっとしつつ、シャーロットは膝をつくジョナサンから視線を外しながらふらふらと立ち上がる。
だがこのハイヒールは足首に幾重も巻き付けるような着脱に手間のかかるデザインになっており、踵も片方だけ完全に折れた状態では、脱ぐにもそのまま歩くにも手こずる。
『それじゃ歩きにくいだろ。ほら、手出せ』
『………』
何のてらいもなくジョナサンが差し出した手を憮然としながら取ると、まるでダンスのパートナーのようにぴたりと腰に手を回され、抱き寄せられながら歩く羽目になった。
『?!、!!?』
顔から火が出そうだったが、頭一つ以上身長差があるため、密着した状態ではきっとジョナサンから顔は見えなかっただろう。軽々とシャーロットを支える腕は強く体幹はがっしりとしていて、その時のことを思い出すとどうも落ち着かない気分になる。

「つまり転んだところをジョナサンが助けてくれたってことよね?いい人じゃない?」
「だけど、仮にもレディの腰を触るのに何の遠慮もないのよ?非常事態でもないのに!」
「それもそうだけど、背負うとか抱えて持ち上げるとか言ったらあなたが絶対にうんと言わないのをわかってたんじゃない?」
「私にもジョナサンの行動に破綻はないように思われます」
「……まあ、そうだけど」
まるで見ていたかのように語るマリアと冷静に同意するシャノアに、気にしてばかりでもしょうがないかとも思い始める。確かにジョナサンは善意で手を貸してくれたわけで……
「しかしそのように意識せざるを得ないということは…あなたは、ジョナサンを大切な相手だと思っているのですね」
続いたシャノアの一言に、ぶほ、と淑女にあるまじき吹き出し方でシャーロットは咳込む。
「そ!そ、そ、そういうのとは、違うから!」
「そういう?」と首を傾げるシャノアと「シャノアが言ったので合ってると思うわ」と微笑むマリアの前で、シャーロットはますます狼狽する。
納得したのかどうか分からない口調でそうですかと返答したあと、シャノアが続けて口を開いた。

「──大切に思う人について、私の考えを聞いていただけますか」
「え?」
「我々が皆、怯懦を振り払って戦えるのは大切なものを守りたいから。それは誇りであったり他の誰かだったりです。シャーロットやマリアがそのために戦う姿を見て、私も自分を顧みずにはいられなかった」
シャノアが自らの話題を提供することは珍しく、二人は自然と傾聴の姿勢を取る。
「私は何のために戦うのか…何を守りたいのか。そう考えたとき、思い浮かぶのは一人しかいませんでした」
「……シャノア、それって……」
「はい。私が誰かを大切に思うなら──それは、アルバスがいい」
きっぱりと告げられた意思にマリアとシャーロットが赤面すると同時、不意に背後から、艷やかな黒髪にコツンと本の背表紙が押し当てられる。

「それはお前が他を知らないからだ」

常と変わらぬ態度で振り向いたシャノアの背後に、アルバスが渋い顔で立っていた。
「いたのですか、アルバス」
「聞くつもりはなかったが…もう少し声を潜めるべき話題だ、シャノア」
「すみません。意図しないこととはいえ、あなたには不快だったでしょうか」
「………気にする必要はない。お前の自由だ」

事務的なやり取りのまま、アルバスはふいと踵を返して行ってしまった。
「あれは…脈ありなのかしら?マリアさん」
「うーーーん………?」
表情を変えずシャノアは淡々とアルバスを見送り二人に向きなおる。この場に紅茶とお菓子でもあれば仕切り直しもできるだろうに、生憎この場には積み上がった本を載せたテーブルがひしめくのみで、掛け心地の良い椅子の一つもない。
「…話に夢中で周囲の気配に気付かないとは。迂闊でした、申し訳ありません」
「私達は構わないけど…夢中になってたのね。珍しいというか」
「シャノアさんが冗談でそんなことを言わないのは重々承知しているけど…確かに驚いたわ」
「はい、冗談ではありません。私はアルバスのことを……」
「あ!ちょ、待って待って!」
「そうそう!ほら今言われたばかりだから…その、場所変えましょうか?」
「いえ、これ以上特に話すことは…」

鬼ごっこに興じていたマリアとジョナサンが何事かと振り向いた先で、ホールに響いた姦し声の元はそそくさと解散してしまった。



※  ※  ※



(……大切な人、か)

落ち着きを取り戻してから、先程の会話について改めてシャーロットは考える。
自分にとってそれに最も近いのは、やはりジョナサンなのだろう。以前漏れ聞いたジョナサンと幼いマリアの会話で、好きか嫌いかの問に対し、自分のことを「家族みたいなもの」と言われたときは素直に嬉しかった。
関係性を考えるだに、蒼真から聞いた話も思い浮かぶ。蒼真にも幼馴染がいたらしい。大切な、守りたい女性だと。
ミナという名前を蒼真の口から聞いたのは一度きりだが、それは彼が戦う理由として挙げた名だったから強く印象に残っていた。
蒼真はミナと結ばれたのだろうか?
ジョナサンと自分は?特別で大切な存在と呼ぶ日が来るのだろうか?
……今のシャーロットには到底そんな日は想像できない。子供扱いに歯噛みはするものの、恋とか愛とかそういうものに憧れや実感があるかといわれれば「まだ」なのだ。…きっと。

「うーん……」

シャノアもマリアも、シャーロットより年齢が上で容姿も優れたお手本のような女性だ。だがマリアはあれで年が近く幼い姿も知るせいか、どちらかといえば友達に近い。
シャーロットが理想とする女性とは。

(…やっぱり、シャノアさんのように大人っぽくなれば変わるのかしら…?)






なし崩しに解散となったあとで、シャノアもまた一人物思いに耽る。

(…やはりアルバス、私はあなたのことを…考えています)

アルバスと再会し、シャノアの感情は大きく動いた。
もうアルバスを失いたくない。
たとえ互いに望まずとも、互いに己の命を賭けても守りたい存在。それがアルバスの言うとおり他を知らないためだとしても、これほどの存在に出会うことが果たして他にあるものか?
命どころか魂を賭して自分を救ってくれた大切な人──それがために、歴史上のシャノアとアルバスは添い遂げることがなかった。
だから今生も同じということではない。アルバスと結ばれたいのなら、これが初めてになるということだ。

どうすればよいかはわからない。
だがどうしたいかは理解しているつもりだ。
…もしそうなったなら自分はどんな顔で笑うだろうかと、時々夢想している自分にシャノアは驚く。これが感情、恋や、愛といったものならば、取りこぼさずに持ち続けていたいと。

(…しかし、アルバスの方は…)
どんな相手にそのような感情を抱くのだろうか。
先ほど図らずも自分の内心を聞かれてしまい、それに対する反応は恐らく好ましいとは言えなかった。
アルバスが選ぶのが自分ではない可能性はおおいにあると気付くと、シャノアは腹に重石を詰め込まれたような心地になる。珍しくしわの寄った眉間をそのままに立ち尽くして考え込む。
(いや…それが私ではなかったとしても、私が変われば違うかもしれない)
仲間から学んだ…そう、ジョナサンの言うような『チャンス』はあるかもしれない。

(…そう例えば──シャーロットのような可愛らしさがあったなら…?)


ふたりの英雄は、一人の女性として、それと知らず似たことを思うのだった。



※  ※  ※



「……………」
「…すまない、立ち聞きするつもりはなかったんだ」 

ホールから抜けたすぐ先の廊下で、出会い頭にアルバスの鋭い視線を向けられたリヒターが『降参』のように両手を掲げていた。血筋柄ひどく耳が良く、そして誤魔化すのが致命的に下手な彼らしい。
気まずさゆえ、アルバスの視線に含まれるのは怒りではなく懊悩であることにまだ気付いていない。
「……聞いていたなら、かえって丁度いいのかもしれない。リヒター、聞きたいことがある」
リアクションがジョナサンに似てきたような気がする、と思いつつ、本題がそれるため無視しつつアルバスは問を発する。勿論シャノアに言った手前、周囲に他の者の気配がないことを探った上で。
「俺に?」
「ああ」
やりとりを聞かれたこと自体はなんとも思わない。答えを出すための手がかりを目の前の男が持っている気がして、考慮より先にアルバスは口を開いていた。

「お前にも血の繋がらない妹がいる。この世の何よりも大切で、己の身を賭しても守りたい者に……それとは違う感情を、抱くことはできるか」

「…………」
空気がしんと静まり、明らかに困惑した表情をするリヒターに、やっとアルバスは己の失態を悟る。
「………いや…すまない。お前には恋人がいたな。不愉快な問だった、忘れてくれ」
「アルバス」
立ち去ろうとするアルバスを、リヒターは真剣な声音で呼び止める。
「シャノアがお前にとって、俺にとってのマリアなのかアネットなのか。それは誰かに決められることじゃない。自分がどうしたいのかを…素直に考えてみるべきだと、俺は思う」
「…………助言、いたみいる」

俺の願い。俺にとって何よりも尊いもの。シャノアの願い──
いま再び彼女と出会えたことは望外の喜びだ。
そしてこれからも守り、共にあるための形をどうするかは、己でしか答えが出せない。
消えてしまったアルバスの魂はなんと叫ぶだろう。
…ここにある俺の魂は、心は……?

堂々と宣言されていたシャノアの想いに今さら動揺が押し寄せる自分に気が付いて、今度こそアルバスは足早に立ち去った。
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