このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

斬ミリ

ぱちりと火の粉が爆ぜ、赤黒い影と青い薔薇の結晶を夜に浮かび上がらせる。
離れた場所にいる老魔術師の幻影は、ミリアムと斬月が同時に持ち帰った宇宙船のパーツの検分をしていた。ミッションをこなしたあとの二人は焚き火の横に並び、束の間の雑談に興じる。

「遊女に化けたキノコの化け物…?ああ、斬月にはそう見えていたのね」

先程戦った敵の話がミリアムと食い違っていたことに斬月は首をひねっていたのだが、「遊女を模したものを斬り捨てたら正体はキノコだった」という話をしてようやく合点がいった。そもそも見えていたものが違ったようだ。
だが同時にいわゆるジト目をこちらに向けてくることには合点がいかない。お陰でミリアムにはどう見えていたのかと聞き返す機会を逸した。
「ふふーん…斬月はそういうのが好きなのかぁ…」
「なんだ?」
「いえ気にしないで!こっちの話だから!」
その態度は気にしろと言われているに等しい。
ぷい、と横を向いたミリアムの頬をぐわし、と鷲掴み強引にこちらへ戻させる。言っても通じないだろうが、両頬が潰れて盛り上がったその顔は『おかめ』のようで少し愉快だ。
「言いたいことがあるならはっきりと…」
「べひゅに!」
睨み付けて凄んだ声を出してみせるも、ミリアムの態度は変わらない。この後に及んでより頬を膨らます意地っ張り女に斬月の決意も定まる。

何一つ物音をさせず、むにゅ、とした感触だけがミリアムの唇に触れた。

「──……」
暖かくて少し湿っぽくて、瞳を向けた視界いっぱいに斬月の顔が映る。
片目でミリアムをつぶさに観察し、そして穏やかに見下ろしていた。この時だけ、ミリアムだけに向ける表情を。
斬月の予想ではおかめが般若になるかとも思ったが、ミリアムはポカンとした顔のまま斬月を見返すだけだ。
「言いたいことがないのなら塞いでも構わんだろう」
塞ぐ、というほどのものでもなかった。ただ唇が数秒触れ合っただけだ。それでもミリアムの顔は既に真っ赤に染まっている。
斬月から触れられたのは初めてだ。
ミリアムが知っているのはせいぜい頬に触れたときの、ちくちくとした髭の感触くらい。同じものが触れ合った感触など知らない。
なぜ今このときなのかと思いがけなすぎて、いつもの負けん気はすっかり霧散していた。



「──ミリアム」

焚き火の爆ぜる音も届かなくなっていたミリアムの耳に、斬月のよく通る声が滑り込む。
すでに彼は手を離し、声が届く程度に離れてミリアムに背を向けていた。
見上げる先は、煌々たる満月。
斬月はすぐに振り向き口を開いた。あまりにも大きく眩しい光を背に表情は伺いにくかったが、ミリアムにも何となく察せられる。
斬月は笑っていると。

「──このまま共に月にゆくか。俺と、お前だけで」

ぞわ、と体中が沸き立つような感覚だった。
顔は熱くないのに、全身が熱い。
夜を照らす無慈悲な光を背に微笑む斬月は、間違いなく本気なのだろう。二人だけで。ミリアムと二人きりで。手を延べられればそれを取るのが自然に思えるような。
そんな想像を振り払うようにミリアムは必死で首を振った。

「〜〜〜ダメ!そもそも斬月が一人で行ってしまいそうだから、私は大急ぎで船の部品を探してきたのよ!」
「チッ…」
「やっぱり一人で行く気だったのね?!絶対ダメ!皆を待ってから行くべきよ!」
ぎゃんぎゃんと喚くミリアムの方へ、呆れた様子でアルフレッドの影が戻ってきた。パーツに問題はなかったらしい。もう少し経てば他の仲間たちも順に合流するだろう。
これからが本番だというのに、ミリアムはなぜかほっと胸を撫で下ろす。

斬月の舌打ちの意味は、一人で行くことを阻止されたからか、二人で行くことを却下されたからか。いずれにせよ、その前の行動は、手綱を握られた意趣返しであろうことには違いない。
1/1ページ
    スキ