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(CPなし)

異様な暑さも蝉の声も盛りを過ぎたとはいえ、今はまだ夏だ。
日差しよりは日蔭にありがたみを感じるはずの時期に、一人は黒の上下スーツの長髪、一人は派手な革のジャケット装備の長髪。胡散臭いし暑苦しいが、いつものごとく本人たちは意にも介していない。もはやトレードマークのようなもので蒼真自身もとっくに見慣れていた。
今いる場所がさほど大きくない神社の境内であり、あまり人目は引かずに済んでいるのが幸いだ。

ここは幼馴染の生家。
蒼真にとっては切っても切れない因縁が芽生えた場所で、この二人もその因縁の一つ。
有角とユリウス。
弥那は昔から有角の姿を見かけていたらしいが、蒼真は近所に住んでいた割にこんな黒ずくめの怪しい奴を一度も見たことはない。ユリウスも明らかに一般外国人観光客などではない雰囲気を醸している。もし普通に暮らせていたら会うことのなかった…いや自分がドラキュラの生まれ変わりであった以上は必然だったのか。少なくとも今は己の宿命とやらを含めて出会いを後悔せずには済んでいる。
とりあえず、弥那はいま大学の講義で不在なのに俺はどうして律儀に待たなくてはならないのか…蒼真はふと我に返り自問する。
始まりは偶然、二人の姿を見かけたことだ。有角だけだったら絶対に帰っていたのだが、ユリウスに会うのは久しぶりで思わず声を掛けた。
ことさら旧交を温めるという間柄でもないものの、過去二度に渡る騒動では随分と世話になったのだ。偶然会えてはいそれじゃあなでは済ませられない程度の恩は感じている。有角も同じといえば同じなのだが、何故かこいつとは久しぶりに会ったという気がまるでしない。
ともあれ、白馬神社に用があるらしい二人と居合わせたまま何となく帰れないでいる訳だ。

空を仰ぎ、日が落ちるのが結構早くなったよななどと手持ち無沙汰を誤魔化すのもすぐに飽きて二人に視線を向ける。
いや二人じゃない。気付いたら有角がいなくなっている。

「有角は?」
「ん?社務所の方だ。俺は特に行く必要はない」
神社に用があるのは有角の方だったらしい。そして、ユリウスが一緒に行かず境内に残ったのは蒼真がいるからだということに遅れて気付く。
「用はあったんだろ?なんか…逆に悪いことしたかな」
「いや、元から俺はただの付き添いだ。話はあいつに任せていい。城の封印に関することだろうが…そっちはもう俺の手を離れているからな」

世間話のようなユリウスの説明に、蒼真はこれまで深く理解する暇もなかった史実に興味が掻き立てられるのを感じた。
「なあユリウス、その城…ドラキュラ城って、ファンタジーみたいにずっと昔からあるもんなのか?」
蒼真の問い掛けに、ユリウスは「何だ、知らなかったのか」と言って向き直る。
「まあそうだな。ドラキュラとの戦いの歴史はベルモンド家でも代々、脚色されたおとぎ話と混じらないよう注意して受け継がれてきたものだからな。お前が知らんのも無理はない」
「ユリウスの家は昔からドラキュラと戦ってきた一族ってことか?」
「何だ何だ、そこからか。あとは何が聞きたいんだ?」
呆れるではなく単純に驚いた顔でユリウスは蒼真の質問に答えてくれた。まあ確かに、ここまで関わっておきながら蒼真本人が背景の歴史にここまで疎いとは思わないだろう。ひたすらに巻き込まれただけだという事情も鑑みてくれているようだ。
ドラキュラ伯爵という存在が、歴史の授業で習うような遥か昔からあったこと。
ユリウスのベルモンド家やヨーコのヴェルナンデス家のように、それと戦い続けた一族があること。
1999年に白馬神社の力を借りて日食にドラキュラ城を封印したこと…これは聞いたことがあり、そこから先は蒼真自身が身を持って体験してきた。

2035年に日食の中でドラキュラとして目覚めさせられたことも、それを仕向けた有角に怒りをぶつけたことも記憶に新しい。
だがそれが結果的には正しかったことを一年後に思い知る。突然与えられた人外の力に翻弄された人間の顛末がどんなものか──『魔王候補』達と出遭って知った。蒼真自身も、もしただただ力のみに目覚めていたら、それを選ばれた者の力だと勘違いしていたら、力を利用しようとする者達につけ込まれ、正しいところへ引き戻してくれる人達が周りにいなかったら。…そう考えると、未だに身に残る力にも恐れが生じそうになる。

(大丈夫だ、俺は間違えない。皆がいてくれて、きちんと教わってきたんだ)

知らず胸元を握った手を開くと残暑の汗が滲んでいた。拳を開いて風を取り込むと、余計な熱が散って心地よい。
「……ヨーコさんが言ってた。俺の…ドラキュラの力は闇の力だけど、それ自体は悪ではないって。使い方次第なんだって」
出会って間もない頃のその言葉に、蒼真は今でも助けられている。
「ああその通りだ。さすがヨーコだな。ベルモンド家先祖の教えにもある…鞭が聖なる力だとて、それ自体が正義ではない。振るい方を誤れば道を誤ると」
聖が正義、闇が悪じゃない。ユリウスの話を聞きつつ、その時の記憶を遡り、蒼真はふと思い出した。
「そういえば…有角も闇の力を持ってるって」
改めて考えると、有角の力は同じ闇であっても蒼真とは違う。そういうものなのかもしれないが、どういうことなのだろうか。知らないことが多すぎて流していたことが今になってひとつひとつ気にかかりだす。
「そうだな」
「ユリウスは有角と一緒にドラキュラと戦ったんだよな?」
「そうだ。それが1999年の日食への封印だ」
「てことは…三十年以上前だろ」
「ああ。俺がちょうど今のお前と同じ年頃、いやもう少し若かったか」
ユリウスは齢五十を越える。そんな昔から人外の存在と戦う人生だったのかと今さらながら驚くとともに。
「…有角って何歳なんだよ?見た目若すぎだろ」
蒼真がぽつりと零した感想に、これまでとは違う驚きをユリウスは声に表した。
「え?」
「へ??」
そんなにおかしなことを言ったつもりはないが、『疑問そのものへの疑問』というべき反応に蒼真は己の感覚自体を疑い始める。

──弥那も言っていた。有角は十年以上、奇妙なほど姿が変わっていないと。
それと、数十年前に同じ戦いを経たはずのユリウスとの外見差。
どう考えても見た目通りの年齢ではなくて、明らかに人が扱えない力を振るい、普通は知らない悪魔の事に精通し…とにかく全てが人間離れしていて。何より、悪魔という存在が実在することを自分はもう知っている──

「………有角って、ひょっとして……本当に、人間じゃ」

「シッ」
続けようとした蒼真の言葉はユリウスに呼気だけで制止された。
…いつの間にか背後に現れていた有角に聞かれないため、という感じではない。単に、こんな場所でする話ではなかったからだろう。
「あ、有か…」
「…………」
そっと振り向いた先にある有角の表情からは相変わらず感情が読めない。ただ、先の蒼真の疑問に対して否定も敵意も焦燥も浮かべてはいない。それがつまり肯定であることは、ユリウスの態度からも察することができた。
(本当にそうなのか……)
ドラキュラに敵対する別の魔物なのだろうか。闇の力を使うことで人ではなくなったものなのだろうか。初めて知る事実に想像が否が応にも膨らむ。

「済んだか」
「ああ。待たせたな、ユリウス」
ユリウスにつられて蒼真も立ち上がった。それぞれ僅かに目線の上にある二人の顔をまじまじと見つめる若者の好奇心に、ユリウスが苦笑しながら有角に問う。
「説明してもいいのか?」
伺いの視線は蒼真と有角を一往復し、答えはさして時間を要しなかった。
「……ここでない方がいい」
当たり前だ。人気がないとはいえ、屋外で誰に聞かれているか分からないのだ。繰り返すが、ただでさえ人目に付けば興味を引く外見の男達だ。
断られなかったことで期待は俄然膨らみ、思わず蒼真は提案する。
「………なあ、あんた達このあと用はないのか?俺んち来る?」
ここまでくればどうしても聞きたい。
「うん?蒼真、お前は一人暮らしなのか?」
「いや…違うけど。俺の部屋とかで」
「家族がいるんだろう、突然家に押しかけては迷惑じゃないのか」
「う…」
やけに日本の家庭事情に詳しいなユリウス、と舌を巻くも、他に他人を気にしないで済む場所を蒼真は思いつかない。喫茶店、公園、いやだめかどこかないか…と思案し始めたところ、助け舟は予想外の方向から来た。

「……必要なら外出の許可をとってこい。俺の住まいに行こう」

有角の提案に、蒼真は承諾より先に純粋な驚きの声をあげる。
「家あんの?!」
素っ頓狂なことを言ってしまうが、そのくらい有角に日常生活のイメージがないのだから仕方ない。今しがた人ではないと確定したばかりだから尚更だ。
「滞在中は元々ユリウスが泊まる予定だった。お前が来ても別に問題はない」
有角の説明は相変わらず簡潔で、蒼真の逡巡を待たず歩き始める。ユリウスと一緒にその後を追いながら、蒼真は急ぎ家人への連絡を済ませた。



※  ※  ※  ※



「コンビニは相変わらず便利だな。どこにでもあるしなんでも買える、飯もうまいしな」
「…俺はさすがに真新しさは感じないけど」
「贅沢を言うな。店がいつでも開いてるだけですごいことだろ?」
手にビニル袋をぶら下げて上機嫌のユリウスと比べ、蒼真は緊張気味の自覚はある。弥那以外で知人の家を尋ねた経験などほとんどないからだろう。帰宅時間も遅くなりそうなのでユリウスと共に自分の夕飯も調達し、道行きに雑談をして歩く。

やがて着いた有角の家は、何の変哲もないアパートの一室だった。周囲の部屋に入居者はいないようで、それが偶然なのか意図されたものなのかはわからない。
ただ部屋に入ってしばらくの間、引っ越してきた直後なのだと本気で思っていた。
何もない。本当に室内に何もないのだ。
備え付けのキッチンコンロ、ベッドフレームとマットレスなどはあるが、時間が止まったように綺麗なまま…几帳面に掃除しているというより、使われていないだけということがひと目でわかる。
先程も有角は自分の分の食事を買わなかった。それは家に備蓄があるからだろうと思ったが…何が恐ろしいかって、冷蔵庫も洗濯機も見当たらないのだ。トイレついでにシャワー室をこっそり覗いたが、荒れてはいなくとも他と同じように生活感が皆無の空間でしかない。
ユリウスが泊まると言っていたが、ベッドの他に横になれるソファ等があるわけでもない…思わずそこを尋ねたら、「布団はある」とクロゼットを指差された。
「以前俺が買わせたんだ。何度か泊まりに来る機会があったからな」
ユリウスが言うまま中を覗くと、クロゼットの中には布団一式の他に折り畳まれたままのタオル、ハンガーラックに吊るされたスーツ一式、埃を落とすブラシ、細々した衣類を収納するためのケースは一体どのくらい活用されていることやら…家の中にある有角自身のものと思われるのは服飾のみで、あとは客(ユリウス)用なのだろう。
いよいよ空いた口が塞がらない。ユリウスがいなければ、ここは本当に人が住んでいる部屋とは言えないのだ。社会人が仕事に追われて家に帰れない、帰れても寝るだけという生活だとしても度が過ぎている。ミニマリストの極端な形と言われてもこれは異常だ。
帰宅して律儀にジャケットは片付けたが全く寛ぐ様子もない有角を、奇異なものを見る目でまじまじと見てしまう。


「さあ、まずは食事だ。蒼真も今日は泊まっていくか?」
まるで我が家のように振る舞うユリウスに『生活』を感じてほっとする。地べたにぽつんと置かれたローテーブルへコンビニ弁当を広げながら蒼真は思案した。
「えっと…どうするかな。予定はないし大丈夫だけど」
一応家主である有角の意向を伺うため、割り箸を咥えつつちらりと視線を向ける。
「泊まっても構わない。布団はユリウスが使うから、お前はこちらを使え」
そう言って有角が示したのはどう考えてもこの部屋唯一の家具であるベッドだ。
「は?いやそれあんたのベッドだろ」
「俺は寝ない。特に汚れてもいないし、気になるのならシーツは替えが…」
「いや客が家主差し置いて寝られないだろ!ていうか、あんた本当に生活する気あんのか?!」
我慢の限界に達しつい声高に反論してしまう蒼真ではなく、もう一人に対して有角は眉間のシワを向ける。
「……ユリウス、面白がるな」
「…く、くっ。すまん、新鮮な反応だと思ってついな」
戸惑う蒼真にずっと笑いをこらえていたらしい。いい性格してるな畜生。
恐らく彼しか使ったことがないのであろう量産品のコップから茶を飲み干し、ユリウスは蒼真に向けて種明かしを始めた。

「蒼真、あのな、こいつは嘘は言っていないんだ。もちろん遠慮もな」

当然、蒼真の顔にはクエスチョンマークが大きく出ている。ユリウスは面白がりながらも落ち着いて言葉を続ける。
「全部本当だ。普段は飯を食わんし、そのままじゃ水に入れんからシャワーもろくに使わない、洗濯が必要なほど服が汚れるのは稀だし、夜も寝ないんだ」
なんだそりゃ、じゃあ一体…という顔をする蒼真へ、最後にさらりとユリウスは言った。


「なにせ、こいつは吸血鬼だからな」


「………は?」
「といっても『半分』だがな」というユリウスの言葉までは一度に脳に入ってこなかった。
吸血鬼…関わりは深くとも本物のドラキュラに会ったことはない蒼真からすれば、初めて見る存在。
窓の外はすでに夜の帳が降り、明かりの灯る室内にも関わらず有角の姿だけが夜を凝らせたようだ。視覚ではなく感覚でそう感じるのが、吸血鬼というものなのか?

それから、ユリウスの言う『半分』の意味をイチから聞いたり、ドラキュラとの関係も直接説明を受けた。
──歴史の授業で習うような大昔から生き続けている存在。眷属としてではなくドラキュラの血を受け継ぎ、人の世代をいくつも超えてドラキュラと戦い続けてきた者──そんな想像の範疇を超えたものが現代にいて当たり前に自分と話をしている。しかも仲間として。
頭の整理が追いつかずくらくらと目眩がした。
その間にコンビニ弁当はすっかり冷め、ますます夜も更けていく。



(いや………もうこれ、ビビるとか恐いとかじゃなくて、スケールが違いすぎて訳わかんねえわ…)

話がようやく落ち着き、有角は場の片付け、ユリウスは就寝の準備とそれぞれに動き始めた中、蒼真はテーブルに頬づえを付きながら膨れ上がった情報量にぐったりとしていた。
視界にちらりと有角の姿を盗み見ながら──いかんせんこれまでとの違いなど感じないと単純に思う。有角は有角だ。
ひとつの大きな事実を知ったとて、今さら警戒したり忌避したりの気持ちには到底ならない。そこは言葉にせずとも二人には分かっていたようだし、だからこそ蒼真に真実を話してくれたのだろう。
その信頼は素直に嬉しかった。
人間ではない有角が人を守ろうとする側であることが、出自も考えるとどれほど稀有なことか。それだけはユリウスは知っていてほしいようで、何度も選びつつ言葉を重ねていた。有角自身はその度に渋い顔をしたが。
…簡単には説明できない過去もきっとあるのだろう。そしてそれはきっと、蒼真は詳しく聞く必要のないことだ。

ただひとつ。
混沌を退けた時、別れ際に有角に掛けられた「母の名にかけて」の一言──それは彼なりに最大限の感謝を込めた賛辞だったのだろうと、今さらながら分かった気がした。
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