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(CPなし)


「あいつに会ったらなんと声を掛けてやる、ミリアム?」

跳躍では飛び越えられない、瓦礫の積み上がった段差の上から、ジーベルがミリアムへ手とともに問を差し伸べる。
先に引き上げられたアルフレッドは、周囲を警戒しつつその会話にちらりと視線を寄越した。
「どうしたの、ジーベル」
ミリアムはその長い手を掴みながら問返した。彼は蝙蝠の群れに姿を変え、ミリアム達を空中で運ぶこともできる。同じシャードリンカーでも能力は全く違う…戦闘技能を抜きにすると、シャードをほとんど取り込んでいない今のミリアムと比べれば天と地ほどの能力の差がある。短いながら過酷な道中でそれにどれほどに助けられたことか。
「この中では君が一番、あいつとの付き合いは長い」
「大した違いはないじゃない」
「言いたいことがあるんじゃないのか?」
ジーベルとは幼い頃からの付き合いだ…そうだった気がする。ジーベルとミリアムの体を覆う結晶の量の差はなんだっただろうか。アルフレッドに聞いても答えてはくれない。彼なら理由を知っている気がしたのに。
それはともかく、ジーベルはミリアムの気持ちをよく察してこうして話を引き出そうとしてくれる。優しい兄のようだと思う。それに、気難しいが強力な魔法を操る同行者。それから………
「──わからないわ」
ミリアムは膝の砂埃を払いながら、先に立つジーベルとアルフレッドに向け、正直に答える。
「だって、おかしいもの。私達に出会う度に『斬る』って言ってたのよ。シャードリンカーだから、錬金術師だからって、取り尽くしまもなく…。それなのに………」
他の記憶はあやふやでも、悪魔の中に封印されていたところを結果的に助け出され、同行する中で見てきたものは確かに覚えている。
危ういほどに鋭く、斬ることでひたすらに護るため振るわれた刃。

「………どうしてひとりで、犠牲になって……」

ミリアムの目から、ぼろぼろと堪えていた涙が落ちた。
瞳の奥には鮮明に残っている。
月の悪魔を倒した時、溢れ出て襲いかかってきた闇の力の奔流にその身を挺した男の姿が。
自分たちがこうして無事なのは彼のお陰だ。
そして彼がどうなってしまったのかも…この城が健在であることで否応なく知れる。
だから自分たちは来たのだ。
呪いを断ち切るために。仲間を救いたいという思いで命を再び危機に晒してまでも。
そう、『救い』たいのだ。

「ミリアム、よもや、妙な期待など抱いてはいまいな」
黙っていたアルフレッドが厳しい目をミリアムに向ける。
「悪魔の力は人を蝕む。もはや元には戻らん。声が通じる状態かも分からぬものにかける言葉など探してどうする」
シャードリンカーのお前たちなら知っているはずだ、と、言葉にすることなくアルフレッドは告げた。凄腕の錬金術師である以上に彼はそのことに詳しく、自分たちもそれを知っている。
悪魔の力に飲まれるということがどういうことか。
ジーベルもそのくらいは察していただろうが、あえてミリアムに水を向けたのだ。気休めも叱咤激励も、仲間の気遣いが今は心苦しい。
「分かってる。仕方ないのも分かってるわ。ただ、考えると苦しいだけ…」
ミリアムは目元を拭い、二人に向けて顔を上げる。
瞳からいまだ涙は滲むが、声も足取りも震えは収まっていた。こみ上げる内面の苦痛を切り離すことはできたようだ。戦いのためにそういう訓練を積んだ。生半可な覚悟で二度も城へは赴かない。
全員…覚悟はできている。

「…私達は、彼に助けられた。
そして彼は悪魔を憎んでいた。
それが、私達がこれを成すべき理由。それだけで十分。」

ミリアムが代表して言葉にすると、ジーベルとアルフレッドは無言で頷いた。


そう信じたいだけなのかもしれない。救いたいと、カタをつけてやりたいといい、仲間を手にかける選択が正しいのか迷う気持ちがないはずはない。正しいとしても、最後まで選びたくはない道だった。
だが、自らが悪魔となるくらいなら。
斬月はそう望むはずだ。

必ず成し遂げてみせる。
仲間の人としての安寧を取り戻すために。


──せめて、魂だけでも。
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