(CPなし)
ミリアム、アルフレッド、ジーベル。
それぞれの事情ごと悪魔の腹に飲み込まれながら生還した三人は、助けられる形になった斬月の刃を背に当てられながらも最終的には力を認め合い、諸悪の根源であるグレモリーを討ち果たした。
最後に何かに気付くも口を閉ざす斬月とは別れ、ジーベルはミリアムと共に旧知であるヨハネスのもとを訪れることにした。
「ミリアム、それと…ジーベルか?!」
久方ぶりに姿を見たはずが、ヨハネスはほとんど確信的にジーベルに駆け寄り歓迎してくれた。
「久しぶりだな──随分変わったろう、俺は」
「──そう、だね。違うとは言わない」
外套の隙間から見え隠れするジーベルの結晶を見るに連れ、ヨハネスの顔から笑みは消えていった。
下手に誤魔化さないのはこの旧友の良いところだ。隣で見ているミリアムは嬉しそうに、そして少し困ったようにふたりを眺めている。
「とにかくお帰りふたりとも。積もる話もあることだし、まずは食事にしないか」
ヨハネスに促されるまま、教会のある村の中に間借りされた研究施設に足を踏み入れた。
「時を止める術式──ミリアムから聞いてはいたが、本当にあるとはな」
数種類の果物を砕いた飲み物を口に運びながら、ジーベルはヨハネスの話を一通り聞いた。ヨハネスの師、アルフレッドがミリアムに施した十年の眠り。そして弟子のヨハネスがミリアムに施した結晶の侵食を留める術式。
「だから私はつい最近まで眠っていたの。ヨハネスから事情を聞いて、ジーベルに会えて…ようやく実感できたわ」
ミリアムとの生年は数年しか離れていなかったはずが、青年期を越えようとする自分やヨハネスに比べ、ミリアムは十代の少女のままだ。
「再会は喜ばしいが、それが悪魔に飲み込まれたお陰とはな」
「そうだよ……話を聞いて今さら肝が冷えた。師匠が不在にするのは珍しくなかったけど、目覚めたばかりの君までそんな無茶をしていたなんて…」
ミリアムやアルフレッドが飲まれた経緯は定かではないが、従来お転婆だった彼女の性格を考えればある程度想像はつく。くっくっと喉で笑うジーベルと疲れた顔のヨハネス相手に、ミリアムはぷくりと頬を膨らませている。
「ところでジーベル…君は、これまで何を?」
「…………」
ヨハネスの確認するような問に、ジーベルは無言で返す。
──錬金術師と悪魔への復讐。
無関係ではないとしても、同じ錬金術師であるヨハネスに聞かせたいとは思わない。アルフレッドとは蟠りも解けたように思うが、シャードリンカーとして生きているのはもはやミリアムと自分だけである無念はどうしたって覆らない。
じっとこちらを見つめるヨハネスからは、無言での逃げを許さないという気迫を感じる。仕方なくジーベルは追求をはっきりと拒絶する。
「すまないが、お前には…」
「……君を見ていれば想像はつく。ジーベル、その侵食の進行は、シャードを取り込みすぎたせいじゃないのか?」
チッ、と舌打ちをしたいのをジーベルはこらえる。
「ジーベル」
顔を背けるジーベルの態度に、がたん、と椅子を押しのけてヨハネスが立ち上がる。
「すぐ僕の研究室に来てくれ。結晶の侵食を抑える術式…ミリアムに施したのと同じものが使えるかもしれない」
「要らぬ世話だ、ヨハネス」
真剣なヨハネスに、ジーベルの返答はにべもない。
「ジーベル?!」
ミリアムが戸惑った声を上げる。ヨハネスも同様だ。
結晶の増殖がシャードリンカーの命と引き換えであることは全員が知っている。ジーベルのそれは明らかに体表の大半を覆っており、これ以上の侵食は看過できない。
「君も理解しているだろう、結晶は放っておけば増殖し、シャードを取り込むほど進行…」
「要らぬと言った。俺にはこの力が必要だ、話はそれで終わりにしよう」
「待て!」
椅子を引いて立ち去ろうとする肩を掴むと、ヨハネスは振り向かせたジーベルの胸倉を掴んで怒鳴る。ミリアムの前では見せたことのない態度だ。
「腕ずくでも受けてもらうぞ!」
「腕ずくだと…ハッ、お前が力で俺に勝てると思うか!」
ジーベルが腕のひと振りでたやすくヨハネスを振り払うと、その軌跡に赤い炎がゴォッと燃え上がる。
結晶から漏れ出た魔力が結晶と同じ色の炎状に迸しり、ジーベルの気迫そのもののように周囲に揺らぐ。
たたらを踏んだヨハネスは、しかしすぐにジーベルに向き直り、負けじと気迫をぶつける。
「っそれでも、君の勝手は僕が認めない!」
「それこそお前の身勝手だ!誰が頼んだ!!」
再び掴みかかってくるヨハネスを煩わしげに振り払い、三度目には、ジーベルの手がヨハネスの胸倉を掴み上げる。
いい加減にしろ、君こそ、と怒りと苦痛の表情で睨み合うふたりは酷く感情的になっている。
ミリアムは兄のようなふたりのこんな諍いに初めて直面する。止めようと声を張り上げるが、それこそ本気の戦いを決意しないとジーベルは止められないことが分かっていて手を出せないでいる。
かつて心を許した仲でも、離れていた時間の長さに許容し合えないことはある。
「正義感か、償いのつもりにでもなっているのか?俺は随分都合のいい存在らしいな?」
「大事なのはそこじゃない。君は僕の友人だ!」
「過去の友誼など口実にするな!実験の続きがしたいなら地下で鼠でも捕っていろ!!」
ジーベルの言葉は恐ろしいほどに棘があり、容赦なくヨハネスを打つ。
ヨハネスはジーベルの膂力に締め上げられる苦痛を堪え、懸命に隻眼を見つめ返す。
「………ジーベル。『錬金術師』に、再び身体を触れさせるのは不安だろう。だが、僕は君の命を守りたいだけなんだ。…そのために研究も続けてきた。信じてくれ」
罵声には揺るがなかったジーベルがぴたりと動きを止める。
「……俺が怯えていると?」
「…それは僕には分からない。僕は僕の誇りにかけて、君とミリアムを守りたい。守ってみせる」
「………甘く見るな」
ジーベルはヨハネスから手を離すと、視線ごと体を背けた。怒気は徐々に鳴りを潜めるが、拒絶の態度は変わらない。
「ミリアムを見れば、お前の研究とやらが成功していることは分かる。だがそれは結晶の成長を留めるということだろう。俺にはまだこの力が必要だ…俺の復讐のために」
ジーベルはそのためにひとりで戦い抜くための力を求めた。例え身は人でなくなっても……
「──ジーベル。思い出してくれ。
君の復讐とはなんだ?
復讐したい相手とは、どこにいるんだ?」
「──何?」
こん、と、時間が凍ったような錯覚があった。
ヨハネスは何を知っている…?
いや、ミリアムも、自分も……………本当は知っているはずだ…………
(俺が………戦うべき相手は………)
〈紅い月が脳裏に浮かぶ。
仲間とともに倒したはずの悪魔がまだ笑っている。
玉座に彫刻のように据えられた自分を、邪な触腕に繋がる糸で縛り上げながら。〉
「…………ッッ…!」
こことは違う場所での映像に過ぎない。ここの自分はここにあり、もはや他には戻れない。
戦わねばならない。自分はここで。悪魔が存在する限り。仲間が戦う限り。
「…ジーベル。僕らと一緒にいよう。
生きることが続く限り、君を必要とする者がいる。僕らを含めてね」
「う………」
ミリアムとヨハネスが手を差し伸べる。
諦めや絶望には屈しない意思が、ミリアムにもヨハネスにも、そして斬月にもアルフレッドにもあった。
復讐のためではなく、抗うために生きよと諭してくる。
それに感応したのは間違いなく自分自身だった筈だ。
(俺は……ここに、いる。生きるために…)
差し出した手をふたりに引かれ、労るように抱き締められ、ようやく何かの箍が外れた心地がした。
それぞれの事情ごと悪魔の腹に飲み込まれながら生還した三人は、助けられる形になった斬月の刃を背に当てられながらも最終的には力を認め合い、諸悪の根源であるグレモリーを討ち果たした。
最後に何かに気付くも口を閉ざす斬月とは別れ、ジーベルはミリアムと共に旧知であるヨハネスのもとを訪れることにした。
「ミリアム、それと…ジーベルか?!」
久方ぶりに姿を見たはずが、ヨハネスはほとんど確信的にジーベルに駆け寄り歓迎してくれた。
「久しぶりだな──随分変わったろう、俺は」
「──そう、だね。違うとは言わない」
外套の隙間から見え隠れするジーベルの結晶を見るに連れ、ヨハネスの顔から笑みは消えていった。
下手に誤魔化さないのはこの旧友の良いところだ。隣で見ているミリアムは嬉しそうに、そして少し困ったようにふたりを眺めている。
「とにかくお帰りふたりとも。積もる話もあることだし、まずは食事にしないか」
ヨハネスに促されるまま、教会のある村の中に間借りされた研究施設に足を踏み入れた。
「時を止める術式──ミリアムから聞いてはいたが、本当にあるとはな」
数種類の果物を砕いた飲み物を口に運びながら、ジーベルはヨハネスの話を一通り聞いた。ヨハネスの師、アルフレッドがミリアムに施した十年の眠り。そして弟子のヨハネスがミリアムに施した結晶の侵食を留める術式。
「だから私はつい最近まで眠っていたの。ヨハネスから事情を聞いて、ジーベルに会えて…ようやく実感できたわ」
ミリアムとの生年は数年しか離れていなかったはずが、青年期を越えようとする自分やヨハネスに比べ、ミリアムは十代の少女のままだ。
「再会は喜ばしいが、それが悪魔に飲み込まれたお陰とはな」
「そうだよ……話を聞いて今さら肝が冷えた。師匠が不在にするのは珍しくなかったけど、目覚めたばかりの君までそんな無茶をしていたなんて…」
ミリアムやアルフレッドが飲まれた経緯は定かではないが、従来お転婆だった彼女の性格を考えればある程度想像はつく。くっくっと喉で笑うジーベルと疲れた顔のヨハネス相手に、ミリアムはぷくりと頬を膨らませている。
「ところでジーベル…君は、これまで何を?」
「…………」
ヨハネスの確認するような問に、ジーベルは無言で返す。
──錬金術師と悪魔への復讐。
無関係ではないとしても、同じ錬金術師であるヨハネスに聞かせたいとは思わない。アルフレッドとは蟠りも解けたように思うが、シャードリンカーとして生きているのはもはやミリアムと自分だけである無念はどうしたって覆らない。
じっとこちらを見つめるヨハネスからは、無言での逃げを許さないという気迫を感じる。仕方なくジーベルは追求をはっきりと拒絶する。
「すまないが、お前には…」
「……君を見ていれば想像はつく。ジーベル、その侵食の進行は、シャードを取り込みすぎたせいじゃないのか?」
チッ、と舌打ちをしたいのをジーベルはこらえる。
「ジーベル」
顔を背けるジーベルの態度に、がたん、と椅子を押しのけてヨハネスが立ち上がる。
「すぐ僕の研究室に来てくれ。結晶の侵食を抑える術式…ミリアムに施したのと同じものが使えるかもしれない」
「要らぬ世話だ、ヨハネス」
真剣なヨハネスに、ジーベルの返答はにべもない。
「ジーベル?!」
ミリアムが戸惑った声を上げる。ヨハネスも同様だ。
結晶の増殖がシャードリンカーの命と引き換えであることは全員が知っている。ジーベルのそれは明らかに体表の大半を覆っており、これ以上の侵食は看過できない。
「君も理解しているだろう、結晶は放っておけば増殖し、シャードを取り込むほど進行…」
「要らぬと言った。俺にはこの力が必要だ、話はそれで終わりにしよう」
「待て!」
椅子を引いて立ち去ろうとする肩を掴むと、ヨハネスは振り向かせたジーベルの胸倉を掴んで怒鳴る。ミリアムの前では見せたことのない態度だ。
「腕ずくでも受けてもらうぞ!」
「腕ずくだと…ハッ、お前が力で俺に勝てると思うか!」
ジーベルが腕のひと振りでたやすくヨハネスを振り払うと、その軌跡に赤い炎がゴォッと燃え上がる。
結晶から漏れ出た魔力が結晶と同じ色の炎状に迸しり、ジーベルの気迫そのもののように周囲に揺らぐ。
たたらを踏んだヨハネスは、しかしすぐにジーベルに向き直り、負けじと気迫をぶつける。
「っそれでも、君の勝手は僕が認めない!」
「それこそお前の身勝手だ!誰が頼んだ!!」
再び掴みかかってくるヨハネスを煩わしげに振り払い、三度目には、ジーベルの手がヨハネスの胸倉を掴み上げる。
いい加減にしろ、君こそ、と怒りと苦痛の表情で睨み合うふたりは酷く感情的になっている。
ミリアムは兄のようなふたりのこんな諍いに初めて直面する。止めようと声を張り上げるが、それこそ本気の戦いを決意しないとジーベルは止められないことが分かっていて手を出せないでいる。
かつて心を許した仲でも、離れていた時間の長さに許容し合えないことはある。
「正義感か、償いのつもりにでもなっているのか?俺は随分都合のいい存在らしいな?」
「大事なのはそこじゃない。君は僕の友人だ!」
「過去の友誼など口実にするな!実験の続きがしたいなら地下で鼠でも捕っていろ!!」
ジーベルの言葉は恐ろしいほどに棘があり、容赦なくヨハネスを打つ。
ヨハネスはジーベルの膂力に締め上げられる苦痛を堪え、懸命に隻眼を見つめ返す。
「………ジーベル。『錬金術師』に、再び身体を触れさせるのは不安だろう。だが、僕は君の命を守りたいだけなんだ。…そのために研究も続けてきた。信じてくれ」
罵声には揺るがなかったジーベルがぴたりと動きを止める。
「……俺が怯えていると?」
「…それは僕には分からない。僕は僕の誇りにかけて、君とミリアムを守りたい。守ってみせる」
「………甘く見るな」
ジーベルはヨハネスから手を離すと、視線ごと体を背けた。怒気は徐々に鳴りを潜めるが、拒絶の態度は変わらない。
「ミリアムを見れば、お前の研究とやらが成功していることは分かる。だがそれは結晶の成長を留めるということだろう。俺にはまだこの力が必要だ…俺の復讐のために」
ジーベルはそのためにひとりで戦い抜くための力を求めた。例え身は人でなくなっても……
「──ジーベル。思い出してくれ。
君の復讐とはなんだ?
復讐したい相手とは、どこにいるんだ?」
「──何?」
こん、と、時間が凍ったような錯覚があった。
ヨハネスは何を知っている…?
いや、ミリアムも、自分も……………本当は知っているはずだ…………
(俺が………戦うべき相手は………)
〈紅い月が脳裏に浮かぶ。
仲間とともに倒したはずの悪魔がまだ笑っている。
玉座に彫刻のように据えられた自分を、邪な触腕に繋がる糸で縛り上げながら。〉
「…………ッッ…!」
こことは違う場所での映像に過ぎない。ここの自分はここにあり、もはや他には戻れない。
戦わねばならない。自分はここで。悪魔が存在する限り。仲間が戦う限り。
「…ジーベル。僕らと一緒にいよう。
生きることが続く限り、君を必要とする者がいる。僕らを含めてね」
「う………」
ミリアムとヨハネスが手を差し伸べる。
諦めや絶望には屈しない意思が、ミリアムにもヨハネスにも、そして斬月にもアルフレッドにもあった。
復讐のためではなく、抗うために生きよと諭してくる。
それに感応したのは間違いなく自分自身だった筈だ。
(俺は……ここに、いる。生きるために…)
差し出した手をふたりに引かれ、労るように抱き締められ、ようやく何かの箍が外れた心地がした。
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