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タナザグ



「あ!ねえねえ!聞いたよおめでとう!」

ヘルメス神に出会ったのは、そろそろ中天に届く太陽から逃れようとしていた時だ。
身に纏う羽根がきらりと輝く様すらタナトスの目には煩わしいが、だからといって邪険にするほどでもない。
ヘルメスに対するタナトスの印象は、忙しない、悪意はない、カロンとは親しい、通りすがりに会っては一方的に話し掛けてくる、そんなところだ。
だが今日は明らかに呼び止められてしまい、タナトスは音もなく足を止める。
「何の話だ」
「ボスの、ザグくんとのこと。両想いになったんでしょ?良かった良かった!」
早口ながら聞き取りやすく、声量もやたらに周囲に響かないよう加減している。騒がしいが気は利く神だ。
だが無遠慮なのは地上の神共通なのかこいつの性格なのか。
伝達の神らしく情報網も一流らしいが、一体どこから嗅ぎつけるのやら。
否定も肯定も一言たりとも発しないのは、この手合いにどう言い繕っても無駄だろうことと、偽ってまで隠す事でもないからだ。
それを了解と受け取り、ヘルメスは嬉しそうに笑う。
何をそんなに嬉しそうに、とタナトスが疑問に思うとほぼ同時、ヘルメスは同じ表情のまま言葉を継いだ。

「でもさ、だったらザグくんが地上に行っちゃうの嫌じゃない?
 もし彼が地上に出て、そのまま帰ってこなかったらって思わない?
 それが嫌だったから、最初はザグくんを追いかけてたんでしょ?」

タナトスは少し認識を改める。無遠慮なのはどうもこいつの性格らしい。
少し前までの自分なら表に出さずとも怒りを覚えただろう。
何を知ったような口をと。図星だと己で認めることすらできず。
だがもはや今となっては。

───ふ。

タナトスが唇に載せたのは、それと正反対の感情だった。

「ザグレウスは帰ってくるさ。寄り道はするかもしれないがな。
 例え地上で永きを過ごせるようになってもだ。
 それが分かっているから、俺は待ってやれる。いつまででもな」

見栄でも虚勢でもない、自信に満ちた物言いだ。
何より目の前の神を驚かせたのはその表情。
話は終わりだと、ヘルメスの感想も反問も待つことなく、タナトスはその場をあとにした。


◇  ◇  ◇


「──最近、またタナトスに会ったんだけど、ボスの名前を言った瞬間、ちょっと笑ったみたいに見えたんだよね。あいつが笑うところなんて、初めて見たよ!」


半分つまらなそうに、半分は愉快そうに、俊足の神は今日も声だけを冥界の奥のザグレウスに届ける。
悪意はなく、遠慮もない、忙しなく沸き上がる好奇心とともに。
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