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寝所に入られるサリバン様を拝礼でお見送りする。ぱたん、と物静かに扉が閉められると、廊下に落ちる影は私とオペラさんのもののみとなった。間を取った後に、二人で揃って頭を上げる。顔を見交わす事と相成ったのは自然な成り行きだった。
「お疲れ様でした。」
「オペラさんこそ、お疲れ様でした。」
先輩に軽く頭を下げて労われてしまったので、深々と礼を返す。「本当に、本当にお疲れ様でした。」としみじみと繰り返したのは、今日の日を回顧したからだ。
入間様が来られてからと言うもの、此所サリバン邸は、色鮮やかな華が添えられたかのようにめくるめく日々を送っている。面白可笑しい出来事を引っ切り無しにお持ちになる入間様は、トラブルに愛されているのだろう。見守っていて飽きる事の無い楽しい毎日をくださるが、見守っていて心労が勝る厄介事に巻き込まれる時が有るのもまた、入間様と言う方であった。
今日はそんな厄日だったのだが、オペラさんのご活躍でかの人はご無事に夜を迎えられた。流石はオペラさんだ。難事の解決でお疲れだろうに、そんな様子を一つも見せやしない。――お疲れだろうに。反芻して、は、とした。何時迄も引きとめていてはお休みになれないだろう。気の回らない自分を恥じながら、一歩、後退る。
「ごめんなさい。それでは、私も下がります。お休みなさ、」
い? 身体の前で組んでいた手の甲を何かが――しなやかなものが掠めた気がして、素っ頓狂な調子を披露してしまった。目視で確かめてみる。黒い鞭のような尾の先が、ひゅうん、ひゅうん、と傍で揺れていた。言わずもがな、オペラさんの尾だった。
「ええと……?」
「おや。済みません。貴女がつれない事を言うものだから、つい。」
オペラさんと表情で会話をする事は中々難しい。小揺るぎもしていない涼しげな顔を見上げてみても、矢張り、意図は汲み取れなかった。ならばと、唯一のバロメータとも言える頭頂に生える耳を注視しようとする、と。
「あ、わ、ひええ!」
「面白い声を出しますね。夜ですから、もう少し静かに。」
此所が廊下のど真ん中、それも主人であるサリバン様の寝室付近である事を思い出して、大慌てで片手で口を塞ぐ。もう片手は、なんとオペラさんの尾が巻き付いている為に動かせなかった。
一体、何を思っての事なのか! 尾の先でさわさわと手の平を擽ったり、手の甲をするすると撫でたり、手首をそろそろと摩ったりと、丸で意識を掻き乱そうとするような仕草をする。幾らこそばゆくても、振り払う訳にも、握って止める訳にもゆくまい。オペラさんの方が位階は上で、年齢も上で、勤めている年数だって上なのだ。だから言葉で穏便にお引き取り願わなければならない。
「オペラさん。」
「はい。何でしょう。」
「今日はお疲れでしょう。悪戯は程々にして、お休みになった方がよろしいのでは?」
露骨に溜め息を吐かれた。
「もう少し一緒に居たいと思ってやった事だったのですが、伝わらなかったとは残念です。」
「何かの冗談ですか?」
「……流石に傷つきますね。」
直ぐ様に切り返した言葉に他意は無い。普段と変わらぬ単調なトーンだったので真剣に確認しただけだったのだが、オペラさんはかなしそうな角度で顔を伏せてしまった。伏せてしまったのだが、それが余りにも態とらしく感じられたのは、尻尾に籠められた力が微塵も抜けていないからだ。しかも、耳が、耳がぴんと立っているのが見えた。間違い無くこの状況を面白がっている。
「その、済みません、私、これから、用事が――」などと口から出た出任せは、逃れ得ぬ追撃が来ると察した本能が咄嗟に押し出したものだったが、奥深い赤色の双眸によって射られて竦められてしまった。戦果を携えるようにして、艶やかな尾が、手を引く。
「この傷心は是非とも、傷つけた当人に埋めて貰わないといけませんね。部屋に行きましょうか。――ああ。悪いようにはしませんから、そう身構えなくても結構です。」
いえ、とか、あの、とか意味を成さない声を喉で転ばせている私を虜囚のように引き連れて、オペラさんは踵を返した。
これから何が行われるのか、何をされるのか。魔界中の音が食われでもしたかのような夜のしじまの中、悲鳴を上げて助けを求める事は、従者には許されていないのであった。
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