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name change!
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「行くぞ、魔王!」
「神の次は魔王か。知らねェところでどんどん渾名が増えていくな。」
目を灼く蒼光が閃く。アーサーくんの振り下ろした一刀を難無く捌くと、新門さんはその小綺麗な横っ面に掌底を叩き込んだ。如何様な原理と技術が働いての事か。体重を感じさせない勢いで板垣迄吹ッ飛んで行ったアーサーくんの身体は、発光体の青い光の尾を引かせて、まるで彗星みたいであった。
第七特殊消防隊詰所の庭を舞台に縦横無尽、丁々発止と繰り広げられる実戦訓練は、午後になって少しだけ空気に変化が起きていた。雰囲気、と言い換えても良い。それには新門さんも当然気が付いているようで、片肌抜きにした腕は垂らしていながらも油断を見せていない。――瞬間。蒼電が疾駆る。板垣に激突したダメージを感じさせぬ速度で駆けたアーサーくんが、再度、新門さんと斬り結ぶ。気合いが身体に十二分に満ち満ちて納まらず、空気をびりびりと震えさせている。午前中から真剣に訓練に取り組んでいたアーサーくんではあるが、これ程迄に鬼気迫るものはなかった筈だ。
「役に入ると強くなるって話は、どうやら本当のようだな。一撃が重くなって、張り合いが出て来た。」
感心した風な新門さんの口調に合点がいく。アーサーくんは、騎士――王と付いたものが正式らしい――と言う役に入り込んでいるのか。
思い返せば、先程、「魔王に囚われた姫を救い出すのは騎士の崩壊だ。」と言い残された。敷居に蹴躓いたところを、新門さんに肩を抱かれて助けられた時だ。魔王、姫、騎士、崩壊。一体何のこっちゃと首を捻ったものだが、彼のお友達の森羅くんは「そう言う変な奴なんですよ、アーサーは。それと、本懐、って言いたかったんだと思います。あの馬鹿騎士。」と非常に慣れた様子であった。
個性的な子だなあ。思わず、輝きを振り撒く金の髪を、蒼白い光を束ねた剣先の軌跡を目で追う。余りのまばゆさに視界に幾つもの残影がちらつくようになってしまった。目蓋を閉じて眼球を休める。直ぐに開いた。鋭敏となった皮膚感覚には、真っ直ぐに向けられた視線は痛過ぎたのだ。猛攻が作り上げた砂塵の幕をものともせずに此方を射つ光は、蒼。
「魔王よ、姫は返して貰うぞ。」
「そもそもお前ェの女じゃねェだろ。」
覇気凄まじい打ち合いは、しかし、敢えなく二合で終えられる。二度目の流星は蹴りで以て飛んだ。休憩を挟んだとて朝から伸され続けている上に、恐らくはいいところに入ったのであろう。今度のアーサーくんは地面に大の字で臥した儘だった。
「おい。」。新門さんのお声掛けは、私に向けて、であった。桶に水を汲んで来てブッ掛けて起こしてやれ、とのご用命だろうか。一先ずは腰を上げてみたものの、当て推量は如何やら外れ。井戸ではなく、此方に来い、と。ちょいちょいと手招きで言われる。――其所、火事場、ですよね。火が穿った地面の焦げ跡を見付けると冷や汗が出るが、なれば火消しのそばが一番安全かと思い直す。倒れていたアーサーくんは、私の足音によって覚醒を促されたらしい。機敏な動作で起き上がって、一般市民代表の私の登場と新門さんの思惑との間にある繋がりを見定めようと、ジッと佇んでいる。
居心地の悪い中、おっかなびっくり、新門さんの前に立った。ら、ふわり、と。浮遊感に襲われた。足の裏から伝わるのは地の固さではなく空の心もとなさ。だと言うのに少しも不安定だと感じられないのは、確と下肢を捕らえた腕の力の為か。何時もよりも高いところに押し遣られた視点を俯けると艶やかな黒髪に旋毛が見えた。
成程。新門さんに抱き上げられた、のか。何故だ。
「惚れた女が奪われたとあっちゃァ、男として立つ瀬がねェな。」
「すぐに取り戻す。待っていろ、我が姫よ。」
成程。私がアーサーくんが惚れた女だから、か。何故だ。
とんとん拍子に進んでゆく展開に当事者である私だけが追い付けずにいた。そうして、幾度目かの実戦訓練の火蓋が切られた。仁王立ちで睥睨する新門さんは言われる通りに魔王っぽいし、直向きに手を伸ばしてくれるアーサーくんの一途さは自称の通りに騎士っぽい。対照的な魅力を持つ二人に重用されると冒険譚よりも恋愛物語の世界に入り込んでしまったかのようで、このシチュエーションに胸をときめかす女の子は多かろうなあ、なんて現実逃避が捗る捗る。目を背けたくなるくらいに、此所は今、火事場の真ん真ん中もど真ん中なのだからこれくらいは良いであろう。
赫い焔が爆ぜ、蒼い炎が弾ける。私と言う重荷を抱えている分ハンディキャップを負っている筈であるのに、新門さんは手捌きの一つ、足運びの一つも鈍っていやしなかった。器用にも私を避けて襲い来る切っ先を、最小限の体捌きで危なげなく躱してゆく。流石は最強の消防官。だから、私もこうして悲鳴を上げずに堪えられているのやも知らない。
「――安心しな。お前に傷一つ負わせねェよ。髪のひと筋にだって手出しさせるつもりもな。」
アーサーくんを正眼で捉えた儘、新門さんが言う。アーサーくんの告白のように熱烈ではないが、確かな熱が、其所には宿っていた。
ヒカゲちゃん、ヒナタちゃん。如何やら姫と言う存在も大変なようです。右往左往する感情の相手が、主に。
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