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「リピートアフターミー、「こんにちは」。」
「まだ生きてやがったのか。」
「しぶてェ野郎だぜ。」
「リピートアフターミー、「ありがとう」。」
「大きなお世話だってんだ!」
「このコンコンチキめ!」
「……リピートアフターミー、「ごめんなさい」。」
「悪かった。」
「すまねぇな。」
其所は素直なのか。ついつい吹き出して笑ってしまったが、小さな生徒二人の後ろでは、新門さんと相模屋さんが揃って頭を抱えていた。授業参観で可愛い子どもの手の掛かるさまを見せ付けられた親御さんのようだ。「お前らなァ……。」と、新門さんが苦々しく呻く。相模屋さんも眉間を押さえて渋い顔でいる。取り成す心算はなかったが、強面の御二人を相手にするとなると、如何にも猫撫で声となってしまうのは致し方無い。
「まあまあ。威勢があって可愛らしいではないですか。」
「口が悪い、を丁寧に言うとそうなるのか。」
「感心されても困ってしまうのですが。言葉の儘受け取ってください、新門さん。」
「嬢ちゃんに頼んでおいて何だが、言葉遣いってのは一朝一夕でどうにかなるものでもないからな。根気良く教えて行くしかねェか。」
相模屋さんがやれやれと、苦労を見越した溜息を吐き出す。
皇国から越して来たばかりの私の前職は接客業であり、浅草に居を構えた現在でも茶屋で接客を務めている。新門さんと相模屋さんとは店員とお客様として何度か言葉を交わした事があるが、まさかその縁で、ヒカゲちゃんとヒナタちゃんの言葉遣いの先生をしてくれ、とお願いされるとは思ってもみなかった。――斯く言う私も、ヒカゲちゃんとヒナタちゃんと初めて言葉を交わした時には凄く吃驚したのだが。凄く吃驚した。出会い頭に罵倒されたのかと凄く吃驚した。
衝撃を思い返しつつ、相模屋さんの言う事に首肯する。
「子どもの言葉遣いは、周囲にいる大人に影響されますからね。」
此所、第七特殊消防隊詰所内一室に於いて。新門さんを見る。相模屋さんを見る。
これでは、御二人の言葉遣いが子どもに悪影響を与えているぞ、と言っているようなものではないか。無意識に動いた目玉を大慌てで明後日の方向へと転がす。それを拾って実際に口に出して言ってしまったのは、拙い授業に飽き始めていたヒカゲちゃんとヒナタちゃんだ。
「若だって口が悪いって言われてるじゃねェか。」
「紺炉も口悪いぞ。「隅田川の底で魚と仲良くするか?」て言ってた。」
私に向けていた身体をくるりと回転させて、ヒカゲちゃんとヒナタちゃんは新門さんと相模屋さんに詰め寄った。その儘、膝に乗ったり肩によじ登ったりと、遊び盛りの子猫のように戯れ始める光景は微笑ましいものだ。――「隅田川の底で魚と仲良くするか?」がどんなシーンで使われる台詞なのかは、余り考えたくなかった。
現実逃避に忙しくしていると、「なーなー。」。ヒカゲちゃんとヒナタちゃんが袖を振り振り、私を呼んでいた。
「さっきの「りぴーとあふたーみー」、もっかいやってー。」
「若と紺炉にもやってー。」
「え。」
二十歳を超えた三人の視線が綯われ、一本の回線となる。
――やりますか? ――やるか。
回線を通じての無言の意思確認は、電気の通るみたいに一瞬で終えられた。
御二人のその潔さに窮してしまったのは私だ。何せ、例題が浮かばない。在り来たりなものは先程、ヒカゲちゃんとヒナタちゃんに出してしまった。本物の教師であればもっとましなものが浮かんだろうが、只の町娘の機転はこんなものだ。
「り、リピートアフターミー、「好きです」!」
「好きだ。」
声を重ねて、新門さんと相模屋さんが答える。
美丈夫二人が、真剣な顔で、此方を見詰めて、告げる。
――チョイス、完全にミスった。
じわりじわりと頬が熱くなりゆくのを自覚して、今度は私が頭を抱える番だった。告白みたいな真似をさせて、何をしているんだ、私は。否。これは私に宛てた台詞ではない。お団子とか、餡蜜とか、そう言ったよく注文されている品々に向けた台詞だ。言い聞かせ、言い聞かせ、それでも暫くは顔を上げられそうになかった。
「ヒカヒナも!」
「好きだー!」
挙動不審にもこうべを垂らした先に、二つのお団子頭。勢い良く下肢に抱き付いて来た小さな身体の、ころころと無邪気に笑う声はまったく可愛らしい。
「私も、ヒカゲちゃんとヒナタちゃん、好きですよ。」と真ん丸い頭を撫でながら、新門さんと相模屋さんは怪訝にしていないかとひっそりと窺う。新門さんの唇が、待っていました、とばかりににんまりと笑う。
「俺達の事は袖にするってか。仕掛けておいて随分とつれねェじゃねェか。」
「紅。いじめてやるんじゃねェよ。あァ、ほら。泣きそうな面して、可哀想だろ。」
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