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不死身と言えども昼夜逆転の自堕落はゆるされない。仙境館の厨房を与る身であれば尚更の事で、お客様のお食事のご用意は勿論、働き盛りの従業員の方々の為に精のつくものを、朝昼夜と決まった時間にお作りするのが私の仰せつかったお仕事である。
である、のだが。
「固い。」
でっぷりと肥えた南瓜は巌の如く。肉薄する刃の悉くを弾き、泰然自若としてまな板の上に在しているのであった。
立派な南瓜に果敢にも挑み続けた末に息を荒げている脆弱な私では、仮令刃が通ったとて押し込み切れずに、包丁を王を選ぶ剣の模造品にさせかねない。折角、真壁様に一等良いものを仕入れて頂いたのに、何と言う体たらくか。呼吸だけでなく気が逸るのも落ち着ける為に、一旦、包丁を調理台に預ける。
両腕で抱えて運ばなければならぬ仔牛程の大物だ。熱を加えて柔らかくしようにも、業務用のオーブンにも入らない。蒸し器も、寸胴鍋も、言わずもがな。早起きの力自慢の料理人は今日は非番、他の料理人達は未だ未だ身仕度の最中と来た。――無理だ。あっさりと諦める、それしか私の選べる道はない。
南瓜は後回しにして他の野菜の下拵えをしてしまおうと、本日の献立を思い出しているところに声が掛かる。
「出来ているか。」
「獅子巳様。」
厨房の入り口に立っていたのは、不死身衆は最強の男との呼び声も高い獅子巳十蔵様だ。朝に追い立てられた夜の尾が空の端に揺らめいている、そのような早い時間帯にも関わらず、携える太刀宛らにすらりとした佇まいでいらっしゃる。相対していると此方の気も引き締まるが、畏怖ではなく畏敬から来る緊張だと私自身承知している。
「いつものおむすびですよね。申し訳御座いません。下拵えに手間取っていて、未だ。」
「急かしたつもりはない。気にするな。それならば後でまた来よう。」
実直なお心があらわれた声音で一言告げると、獅子巳様は来た道を戻――られる事はなかった。私から逸れた視線が一点でとまったかと思えば、すたすたと厨房に入って来られるではないか。駭然として引いた身体が、付随した腕が、調理台にまな板に当たって南瓜が何事かと震える。もしかすると、自らの末期を悟って怯えたのやも知れない。獅子巳様が調理台の前に立ち、ごろんごろんと身体を転がす南瓜を見下ろす。
「随分と立派な南瓜だな。煮付けにするのか?」
「ええ。ですが、中々切れずに難儀していて。」
「どれ、貸してみろ。」
浅黒く焼けた武骨な手が包丁を握る。――軌跡は、見えなかった。
「切ったが、切り方はこれで良かったか。」
ふむ、と。僅かに首を傾げる獅子巳様の、一つに結われた髪が揺れる。さっくりと大振りの角切りに捌かれて堆く積まれた南瓜の山から私へと向き直り、「どうだ? とは言え、元に戻せと言われても、俺は斬る事しか能がないんでな。」と謙遜をお忘れにならないのだから、この方は。
南瓜から種もわたも奇麗に取り除かれている事を、まな板の傷付いていない事を、確かめてゆく毎に矢張り畏敬の念しか出て来ない。
「有り難う御座います。これで煮付けの仕込みに移れます。流石は獅子巳様。弘法は筆を選ばず、ですね。」
「馬鹿の一つ覚えだよ。」
包丁を調理台に置いて、獅子巳様が身を翻す。ご気分を害してしまったかと横顔を目で追うが、杞憂であったようだ。自嘲でもなく嘲笑でもない、少し苦くはあるものの確かにその口角に笑みが宿っているのが見えて、私の口の端も柔らかくほぐれる。
「また何かあったら声を掛けろ。これくらいではいつもの礼にもならんがな。」
厨房に踏み込んで来た時と同じ歩幅、同じ調子で、獅子巳様は颯爽と去って行った。今朝も剣の鍛錬に励むのであろうとは、腹拵えのおむすびを求めてこの場所にお出でになられた時に――お出でにならずとも覚れる事だ。最強の名を戴いて尚、倦まず弛まず邁進する、その寂しいくらいに凛とした精神。
「ううん、サムライ、格好良い。」
何とも陳腐な感想しか出て来ない己を恥じるしかない。
扨、黒衣の背中を何時迄も眼裏に描いてばかりもいられないだろう。剣聖が御業をお示しになられた、均等に切り分けられた南瓜。早速それ等を鍋へと入れて煮付けの準備に取り掛かり、手が空くなり、私はいそいそと業務用の炊飯器の蓋を開けた。
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