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「お茶、飲も。クッキーも買って来たから……。」
恐らくは、神々廻さんが、だろう。大佛さんのたおやかな手には洒落っ気な紙袋が提げられている。プリントされた大振りな花ばなに埋もれるローマ字に目を向けると、テレビの情報番組で取り上げられたばかりの、巷で話題となっている菓子店の名前が列なっていた。行列に並んだのか、ORDERのメンバーともあろう御方が。もしかすると、神々廻さんが大佛さんに誘われて二人して並んだのかも知れない、誰彼知人に並んで貰ったのかも知れない。何にしてもいちフローターには無下に出来る代物ではない。
「慎んでご一緒させて頂きたく思います。」
「じゃあいこ。」
どれだけ嬉しかったのか。原価よりも付加価値の方が高く付くクッキー缶を、深窓の令嬢でも通る風体の彼女は振り回さんばかりに高々と振って歩く。いとけなさを感じるが、その手にはつい先迄凶悪な円刃が握られ、菓子袋を宙に躍らせるのと同じ軽やかさで操ってみせていたのだ。ばけものだ、と。そのようないきもののご機嫌を損ねては首が飛ぶ、と。そばにいるとまるで生きた心地がしない。だのに大佛さんは何故だか、私を友としてそばに置きたがっている。自らの生命が人質に取られたようにおそろしくあった。
皮膚の下の筋肉の奥へと震えを押し込めた手が、つ、と取られた。露骨に肩が跳ねたのにも気付かずに――ともすれば見過ごして――大佛さんが掌中に捕らえた私の手を握る。
「これ、いたい……?」
「いえ。大丈夫です。」
ゆうっくりと指が食い込んで来る毎に、首に掛けられた縄が締め上げられてゆく心地になる。彼女がその気になりさえすれば、私の手は二度とは使いものにならなくなるだろう。にぎ、にぎ、と力の具合を確かめる大佛さんの行動に、次第に額に冷や汗が滲み始める。前髪を直す振りをして誤魔化しながら、そう言えば、以前に掴まれた手は此方の方であったと思い出した。あの時は遠慮無く思い切り握られて、痛みに呻く事も出来ずに耐えていたら、暫く手の甲から赤い指の痕が消えずにおそろしい刺青を入れられたものだと戦いた。それを、彼女は気にしているのだろう。
「……この前、神々廻さんに――」
部屋に向かって廊下をずんずんと元気良く進んでいた大佛さんの足取りが、不図、力無いものとなった。直ぐ隣に窺えるかんばせは感情の起伏に乏しくて、眺めていても何を言いたいのか読めない。けれども、楽しい話ではなさそうな事は口振りからわかる。
神々廻さんが、如何したんですか。問い掛けを沈黙に託して、続きを待つ。彼女特有の独特のテンポを扨措いてもたっぷりとした間を空けてから、ぽつり、とそれはこぼれた。
「この前、神々廻さんに、「友達なくす」って言われたの……。」
「は、はあ。」
「なくならないのに……。おみくじでもなくならないって出た。」
前後の文脈がわからないので、「なくす」が無くすなのか亡くすなのか判断がつかない。当事者不在のところで私は生死を占われていると言うのか、とんだビッグネームになったものだ。
雲上人であるORDERの二人から話題に挙げられる現実味の無さに、「はあ。」と要領を得ない相槌を打つしかない。大佛さんが顔を伏せた。挙動一つで夜の海のように広がる、漆黒のドレスの波打を見詰めている。
「……友達なくしたくない……私、あなたと一緒にいたい。」
衣擦れの音に攫われてしまいそうな、よいこであった子どもの小さなちいさな我儘みたいな声音だった。
とぼとぼと、二人して廊下をゆく。
「――験担ぎ、ですか。」
「え……?」
「お茶とクッキー。今日のラッキーアイテム、お茶会だったんですか。」
「ううん。あなたと一緒にいたかったから。それだけ。そうしたら、神々廻さんがこのクッキーくれた……。」
告白は予想通りの回答付きであった。こうなると、神々廻さんも大佛さんへの「友達なくす」発言に少なからず思うところがあって、お詫びのしるしとして贈ったと考えられなくもない。これからも大佛と仲良ぉしたってや、との挨拶がクッキー缶から聞こえて来そうだ。
ぎゅうと唇を引き結んで、足もとから前を向きつつある大佛さんの横顔を見据える。彼女が何をおもっているのかがわからない。こわい。でも、やさしいひとなのだろう、きっと。かわいいひとなのだろう。――それはもう知っている事だけれど。前のお茶会では、彼女は楽しみな余りに私の手に痣を作った。クッキーを次々と頬張り、頬を丸々とさせた。私の淹れたお茶を、美味しいと微笑して何杯も啜った。
こんなにもこわいのに友達でなくする事が躊躇われる程には、私は、大佛さんに絆されてしまっている。
「神々廻さんにクッキーのお礼を伝えに行きましょう。お茶会の後で。」
「うん。玉ねぎ抜きの牛丼、持って行ってあげよ……神々廻さんの今日のラッキーアイテム。」
「それは喜ばれますね。因みに、大佛さんのラッキーアイテムは何だったんですか。」
「ブラックコーヒー……。」
「それでは、飛びきり美味しく淹れますね。」
天井から降り注ぐ、蛍光灯の明かりが見せた一瞬のまやかしだろうか。深淵を覗いたかのような大佛さんの黒々とした双眸に、きらり、と光が宿って見えた。
手の震えはもう、身体の奥深くに落ち着いて、心ごと凪いでいた。
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