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「大佛さーん、ちょいこっち来てもらえますかー。」と。看板がひしゃげ、アスファルトが捲れ上がり、真っ二つとなった精算機が血と臓物の代わりに小銭を吐き出す無惨なるコインパーキングの真ん中で、手招きをする神々廻さん。その脇で横薙ぎに斬られて魚の三枚下ろしのようになった元ワンボックスカーで現スクラップは、鉄の棺桶だ。乗り込んでいた標的達は車ごとお陀仏になられた。どっとはらい。
「どっとはらいにしては壊し過ぎやろ。」
「神々廻さん、夢子さんの事、怒らないで。」
「お前に言うてんねん。」
「私、これから夢子さんとホットケーキを食べに行くから……じゃあ、また明日ね。」
「はいはい、末永くお幸せにー。」
そう言う訳で、大佛さんとのデートの為にそそくさと自分のフローターとしての仕事を片付け、並んで街へと繰り出す。友人とアフターファイブに美味しいものを食べに行く。これぞ人生讃歌だ。
しあわせの香りって、小麦粉と砂糖の焦げる香りだと思う。パウンドケーキの焼ける香りも、ベビーカステラの焼かれる香りも、ようく膨らんだスポンジみたいに心をふかふかに変えて、忽ちおやつの時間が待ち遠しくて待ち遠しくてならなかった小学生の私に戻してしまう。
店内いっぱいに漂う甘い香りに、へら、と顔が弛む弛む。大佛さんのお顔も和らいでいるので、これは自然の摂理だ、人間の本能だ。
「いい匂いですねえ。焼き上がりに時間が掛かるのですが、こう言うの、期待してわくわくしちゃいますよね。」
「前に来た事があるお店って言っていた……。前は何を食べたの?」
「この前はですね――ああ、これ、これです。」
絵本にでも出て来そうな大きく分厚い三段重ねのホットケーキと堆く絞られたホイップクリームを前にして、大佛さんが好きそう!、と真っ先に浮かんだのだ。だから是非にと大佛さんを誘い、快く付いて来て貰ったのだが――携帯端末をたぷたぷ操作して、前回撮ったホットケーキの写真を映した画面を見せ。あ、不味い。血の気が引いて。即座にホットケーキと一緒に撮影した「彼等」の存在を思い出して。咄嗟に電源ボタンを押し込んで画面を消す。消そうとした。
流石はORDERの一人。ほぼ一般人の反応速度を容易く上回って、白い指先が素早く画面を捉えた。
「しかとりすの人形……?」
嗚呼、嗚呼、やってしまった。
「……そう、です……。」
私の趣味は、シュガーちゃんのお友だち、「シュガーラシリーズ」と呼ばれる動物の小さな人形を食事や風景に添えて撮影する事だ。因みに、鹿はコンペイ、栗鼠はトウと公式で名前が付いている。性格についても詳細な設定があるのだが、この緊急事態では割愛しよう。
普段は写真を撮ったら直ぐにシュガーラを鞄に仕舞い、シュガーラの写真はきちんとフォルダ分けをし、なるたけ趣味を外部に漏らさないようにしていたのに。大佛さんの所為にしてはいけないが、お友だちとの楽しいアフターファイブに浮かれ切って、顔のみならず気迄だらだらと緩んでいたのだ。
二十歳も超えて子どもっぽいと呆れられただろうか。理解出来ない趣味を持つ奇異な人物だと不審がられただろうか。あはは……、とからからに乾いた笑いで場を誤魔化そうとしながら、携帯端末を回収しようとして――携帯端末を持つ手が包み込まれた。巨大な丸ノコと結び付かない華奢な両の手が、私の手を、より正確にあらわすならば携帯端末を掴んで離さない。
ぎゅう、ぎゅう、と。次第にその力は強くなってゆき、万力じみて締め付けられてナイフもフォークも握れなくなる前にギブアップの音を上げる。
「大佛さん、ちょっとだけ手加減をして頂けると助かります。」
「あ……、ごめんなさい。」
ぽつりと謝ってくれたが、澄んだ真っ黒な瞳は画面に表示されたホットケーキと人形達に釘付けになった儘だった。「かわいい……。」と。うっとりと呟く大佛さんの表情は、被っていたヴェールと共にミステリアスな雰囲気を脇に置いたかのよう。露なきらきらのまなこは、可愛い、に憧れる無垢な女の子のものだった。
その今や可愛らしくさえ思えそうな剛腕が、ぱ、と携帯端末から離される。「お待たせいたしました。」と言う店員の朗らかな声と甘くてあたたかな匂いが遮ったのであった。温かいものは温かいうちが食べ頃、と言う事なのであろう。大佛さんと私、それぞれの前にホイップクリーム付きの三段重ねのホットケーキとメープルシロップの入ったディスペンサーを置くと、店員は「ごゆっくりお楽しみください!」と颯と去って行った。カトラリーを取り出し、大佛さんに手渡す。
「では、気を取り直して、頂きましょうか。」
「私も、それ、やりたい。」
受け取ったと思ったら、鞄に仕舞い込んだ私の携帯端末を指さす。それ、とは、ガラ撮り――シュガーラを撮影する行為を俗にこう呼ぶ――の事だろう。それだけ気に入ってくれたのか、と驚く。それから、好きなものが好きな自分を好きな人に受け入れられた高揚感がじわじわと込み上げて来て、頬が火照って来る。大佛さんは、優しい。
「ええと、すみません。今日はどちらも連れて来ていないんですよ。なので、また今度――」
「ううん。大丈夫。」
大丈夫?
何が、と問うよりも先に、さ、と。大佛さんの携帯端末のカメラのレンズが此方の辺りを向く。それ、は、ガラ撮りではなくパンケーキの撮影だったか。食いしん坊の大佛さんらしいなあ、これから食べたお料理を記録に残す事があったら見せて貰いたいなあ、と。大佛さんに感じた胸のあたたかさが一度たりとも失われぬ儘、撮影の邪魔にならぬよう身を逸らそうとする。と。
「だめ。夢子さん、動かないで。」
真剣な声と真剣な眼差しで制される。由もわからず動きを止めてどれくらいが経ったか。ホットケーキから立ち上る湯気がくゆる中、ホイップクリームが段々と熱に溶けてゆく中。カシャ、シャッター音が鳴った。
大佛さんが携帯端末を何度か押して、じいっと画面を見詰める。針の穴に糸を通すかの如く険しい目付きをしていたかと思えば、見る見るしょぼしょぼとしょんぼりしてゆくではないか。
「ぶれちゃった……。でも、可愛く撮れた。見て。」
携帯端末の画面を此方に向けて、撮ったばかりの写真を見せてくれる。其所には、ホットケーキの載るひと皿に奇麗にピントが合わせられた一葉が。ただ一つ、残念な点を挙げるならば、時計のインデックスで言うと一の角度程で硬直した私がぼやけた背景となっているところか。写真を撮り慣れていない大佛さんが写真に残したくなる程のホットケーキをお勧め出来て嬉しい。ホットケーキのしあわせの香りから貰うよりも、もっとしあわせな笑顔をくれる出来事である。
「上手に撮れていますよ。美味しそうなホットケーキです。」
「ホットケーキと夢子さんの写真……可愛いから、後で神々廻さんに自慢する。」
どやどやとどや顔をする大佛さんがいそいそと携帯端末を仕舞う様子を眺めて、不図、思う。――もしかして、私、大佛さんにシュガーラだと思われていますか。――大佛さんに可愛いと思われていますか、私、もしかして。
ざっくりとナイフを入れて四等分にカットしたホットケーキのひと切れ、それにたっぷりのメープルシロップとホイップクリームを塗り、小さな口いっぱいに頬張っては「食べないの?」と尋ね掛けて来る大佛さん。
もちもちとなった頬袋を、カシャ。
「あ。」
「ふふ。とっても可愛い一枚が撮れましたよ。私も後で神々廻さんに自慢しちゃおう。」
「ずるい。私も撮るから、食べて。」
「あ、ちょっと、シロップ掛け過ぎです!」
私の分のホットケーキにだくだくとメープルシロップを掛ける大佛さんの手を慌てて止める。大人しくシロップディスペンサーを置いてくれたは良いものの、片手にフォーク、片手に携帯端末と万全の構えである。じ。大佛さんの少女めいた幼い黒瞳が楽しげに光って、私に狙いを澄ます。
麗らかなアフターファイブ。次はシュガーラも一緒に。
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