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ギャンブルはスリル無しには成り立たねェが、罰ゲームくらいは穏やかにいこうぜ。
今夜も今夜とてギャンブルのカモを探して第七特殊消防詰所って名前の巣に顔を出すと、親玉のカモ――いやいや、紅丸と紺炉が揃っていた。それだけじゃねェ。珍しい事に、秘密基地から出て来た桜備もいる。何らかの報告をしに来たところを紅丸に捕まった、って辺りか。紅丸も桜備を大層気に入っている。大隊長と言う立場に酒好きと言う共通点もあり、二人で酒を酌み交わしている場面を目撃した事も何度かある。
だが、今夜の大部屋には酒のにおいが充満していない。酒瓶も一本も無い。代わりに卓袱台が増えていた。天板が緑色のマットになっているこいつは、あれだ。麻雀卓だ。小さな積み木のような牌がテーブルにぶちまけられているから間違いない。
「ジョーカー、丁度良いところに来たな。一人足りなかったんだ。そこ、座れ。」
紅丸が自分の隣の空いている席を目で指す。ついでに、東南西北の牌を探り当てて手の中で混ぜ始めた。三人麻雀が歴とした麻雀に変わって楽しそうじゃねェの。
各々牌を引くと、紅丸が東、反時計回りに桜備、紺炉、俺、と奇しくも現在座っている席順になった。願ったり叶ったりの展開を祝して歌った鼻唄は、男四人で牌を混ぜるジャラジャラとした賑やかな音に紛れて誰にも聞こえていやしねェ。いや、紺炉の眼差しがちょ~っと厳しいな。
「イカサマなんてしねェよ。」
「俺の目の届くところでそんなちんけな真似が出来ると思っていやがるのか。」
「そう言やァ、お前ェら、麻雀はわかるのか。」
「自分は嗜む程度に。」
「お向かいさんに同じく。」
「そいつは手加減の必要は無さそうだな。」
桜備と俺の答えを聞くと、紅丸も紺炉も手際良く牌を積んだり賽子を振って親を決めたり配牌したり、慣れた様子でゲームの場を整えて行く。いつもはカモだが、これはキジくらいにはなるか? 歯応えのありそうな予感に更にスパイスをまぶす。
「折角だ。罰ゲーム有りにしようぜ。最下位の奴は――そうだな。秘密を一つ話す、ってのはどうだ。」
「面白そうじゃねェか。乗った。」
真っ先に声を上げたのは紅丸だ。こいつ、本当にノリが良いな。後の二人は渋面で渋い返事をしているが、これは最強にして最弱の男に向けた心配に違いないだろう。煙草を取り出しながら笑いが止まらない。目の上の瘤の破壊神、目下の悩みの原国主義者の頭。そんな皇王庁の天敵の弱味なんて、奴ら、喉から手が出る程欲しい情報だろうからな。聖陽教の奴らを尻目に秘密に手が届く愉悦、堪らないねェ。
――そして、ゲームも佳境。当の本人以外の全員が予想した通り、罰ゲームに向けて最下位を独走しているのは紅丸だった。だってのに牌を切る手に迷いがない。
勘だけでやっていると負けるぞ、と。無理筋を見兼ねて親切心を出そうとしたその時、静かに襖が開いた。
「お茶をお持ちいたしました。」
茶盆を持ってそこに居たのは、第七の消防官達の生活の面倒を見ていると言う女だった。楚々とした所作でそれぞれの手近な所に茶を配って行く。清涼剤、って言うのかねェ。大の男四人がゲームに熱中する余り空気が濁っていたが、この女が部屋に入ると換気されたように和やかさを帯びた。
紅丸の女の趣味はこう言うタイプか。広報誌にはすかした事を書いておいてなァ。
第七の世話係で、最強の愛した女。そして、こいつは浅草から出た事が無いせいか、他所者の俺が珍しいらしく、町で出会した時なんかに挨拶代わりに手を振ると興味津々で近寄って来た。今だって恋人の紅丸ではなく、態々俺なんかのそばに座ってしげしげと手牌を眺めている。
俺の方でも火の点いた煙草を持つ手は遠ざけたが、細く立ち上る紫煙が女の鼻先に惹かれかけると、煙草を消せ、と横から威圧される。最強の恋人さんは、目敏く、過保護な事で。大部屋備え付けの卓袱台から取って来たアルミ製の灰皿で煙草を揉み消し、返す手で口の前に人さし指を立ててみせる。
「ネタバレはするなよ。」
「これはどう言った遊びなんですか。」
「絵柄を揃えていく遊び。」
「可愛いの、集めているんですか。」
「センスがあるだろ。」
俺の手もとの牌をつぶさに見ている女の、その位置が心底面白くないと見える。他所の男の身体にべったりと触れている訳ではないにしても、心を許している、と明け透けに語るような距離にまで近付いているのだから当然か。具体的には、この女の肩も抱ける、腰も抱ける、尻にも触れるような間合いに居座られている。やらねェよ。だからお行儀良く両手を卓のふちに乗せているんだろうが。まァ、だぁ~いすき♡な彼女を奪られたくない男の警戒心を解くには足りねェんだよなァ、これが。
一索が気に入った様子の女に向けて、紅丸が自分の隣の畳を若干強目に叩く。
「こっち来い。」
「新門さん、弱いので詰まらないです。」
ギャンブルで勝つには顔色を読むのがベターだが、ベタベタだろ。
明らかにショックを受けた顔をしてから、見ていろとばかりにむきになった紅丸の手がそりゃあ見事に逸る。あーあ、駄目だこりゃ。
「すみません、ロンです。」
人の良い桜備の事だ。掛け声が控え目だったのは、好きな女の前で格好付けようとするシーンに水を差す居た堪れなさからだろうとわかる。
明かされた手牌を目の当たりにして、まさか、と紅丸の身体も表情も蝋の冷や汗が流れ出して固まったかのように動かない。茫然とする第七特殊消防隊大隊長のご立派なお姿に、紺炉は重々しい溜息を吐いていた。苦労が窺える。
「? ええと、新門さん、矢っ張り負けたんですか。」
俺を見上げて尋ねて来る無垢な瞳に、「とどめを刺してやるなよ……。」と心ばかりの同情を込める。今し方、盛大に滑ってオウンゴールを決めた恋人に見向きもしない女は薄情とも見えるが、いつもの、マジでいつもの事だから気にならないだけなんだろう。よく付き合っているっつーか……。好奇心が芽生え立ての赤ん坊のような指先の仕草で端の牌をつつく女の頭が小さく傾ぐ。
「よくわからないです。ジョーカーさんのこれは揃っていないんですか。」
気安く大腿を叩かれ、教授を乞われる。
紅丸の垂れ眉が、剣呑な線を描く。
「これは――」。あ。これは、あれだ。大好きな彼女の前で大負けしただけでは済まず、大好きな彼女がゲームに勝っている他の男に寄り添っているのが気に食わねェ、って不機嫌が重ね掛けされていやがる。気が弱い人間だったら泡を吹いて倒れているんじゃねェか。それだけのヒリヒリとしたプレッシャーで神経が焦げる。あァ、これはやらかす。紅丸はやらかす。何を賭けても良い。
紺炉も不穏な流れを感じ取ったようで、さっさと撤収しようと落ち着き払った態度で事を進めて行く。
「若。“罰げーむ”、だそうですが。」
「――ここ。」
自分の胸の真ん中の、やや左に寄った箇所を親指で突く。
一体何の話なんだとこの場に居る四人の視線が集中する。
紅丸は続けた。女をひたと見詰めて、獣が唸るような低い声で続けた。
「ここにほくろがある。」
唐突な告白に揃いも揃って首を傾げる羽目になった。勿体振って言う程の弱点でもないし、野郎の身体の秘密を知っても盛り上がりに欠ける。
ふと。「あったか……?」と、紅丸とは長い付き合いの紺炉が呟く。
その一言で、直感が警鐘をガンガン鳴らした。恐らく、俺だけじゃねェな。桜備にも紺炉にも同じく鳴り響いている。二人共、鏡合わせみたいに顔が引き攣っている。
火もとは、ここだ。
傍らで呑気にしていた小さな影が勢い良く立ち上がる。宛ら、火柱だった。
「最っ低!!」
女は顔を真っ赤に染め上げ、憤懣遣る方無い荒々しい音を立てて襖を開け閉めして、部屋から走り去った。
それで全員の中にあった疑念が確信に変わった。後に残るのは、寝室の中でとどめられるべき他人のトップシークレットを知っちまった野郎共だ。あんまりにもあんまりな暴露に対して、誰も囃せず、恥じらえず、真っ赤どころか真っ青な顔色で紅丸に詰め寄る。
「新門大隊長、今のは駄目でしょう! いくら恋人でもプライバシーは尊重しないと!」
「紅丸、追いかけろ。土下座でも何でもして、早いところ謝って来い。今のはお前が悪い。」
真っ当な倫理観を説く桜備の言葉に、怒気を込めながらも凪いでいる紺炉の言葉に、「わかってんだよ……。」とのろのろと紅丸が立ち上がる。こっちも顔から血の気が引いている。お陰で頭が冷えたのか。
短気が招いたデリカシーの無い発言への罪悪感はよっぽど重いらしく、伸し掛かられた身体の動きは緩慢で、覇気が無い。俺への牽制のつもりで咄嗟に発露したその独占欲は、身どころか心まで破滅の道を辿らせようとしている。ギャンブルってやつは怖いねェ。最強がこのざまだ。
新しい煙草に火を灯し、丸まって反省しきりのその背中に煙を吹きかけてやる。
「最強げな~い♡ 男の嫉妬は見苦しいぜェ。」
部屋を出て恋人のもとに向かう寸前。振り返りざま、妬けてかっかと燃える目でギロリと睨まれた。おー、怖ェ、怖ェ。
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