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プチオンリー企画参加作品
テーマ「謀は密なるを好む」
鉄扉は、蔦の這うコンクリートの壁と壁との間に隠れている。
人も寄り付かずに打ち捨てられて久しい筈が、地面には砂の薄くなった所が目立つ。人の出入りが有る事の証拠としては十二分だ。
「新門さん――」
傍らで、最強が動く。コンクリート造りの石段を、皇国に倣うならば“地獄”に繋がる道を、気負いもせずに降りてゆく。地上も“地下”も関係が無い、と。浅草は自らの掌中に在るのだと、堂々たる振る舞いだ。流石の頼もしさに、私も一段、また一段と石段を降りる。
仰々しい錠前に付いた摘まみを幾らか捻って、ガコン、重々しい音を立てて厚みの有る扉が開いた。暗闇から時間の止まった空気が流れ出て来るさまは、宛ら死者の群れを解き放ったかのようにも感じられる。皇国では“地下”は“不浄の地”と呼ばれ、太陽神の光の届かないとの理由で忌み嫌われて畏怖されているそうだ。神様の御座しておらぬ此所浅草の地では、暗い上に彼方此方に入り組んだ迷路のような造りをしている為に迷ったら出て来られない危ない場所、との認識から遠ざけられているだけだ。それだけ、ではあるのだけれど。
付近を見回して何ものの気配も無い事を確認してのち、新門さんが片手を上げる。天を指した人さし指の先で火が熾ろうとしている。
「ま、待ってください!」
「だから、怖ェんだったら待ってろっつったろ。」
「先に行かないでください、ではなく、灯りを点けるのを待ってください、の方です!」
「何でだよ。この暗さだ、火が無ェと見通しが利かねェぞ。」
「虫が集っていたら嫌じゃあないですかあ!」
「……やっぱり、お前、ここで待ってろ。」
ふい、と。押し開いた鉄扉の隙間に黒猫のように滑らかな動きで身体を滑り込ませる新門さん、の纒いし火消し装束の袖を聢と掴む。
「“地下”ですよ。私が一緒に行かなかったら、新門さん、きっと道に迷ってその儘御陀仏ですよ。」
「ガキじゃねェんだ。俺一人でも何とでもするさ。」
「壁と言う壁を壊しては出て来られませんよ。町が沈みかねません。」
浅草の町を何より大切におもっている彼だ、覿面であったと見える。新門さんはだんまりとなって頭を掻き掻き、扉の向こうに広がる無辺の闇を見渡した。連れてゆくか、待たせるか。無手法な我等が王様が、黒い冠の被さった頭蓋の中で気遣いを行き交わせてくれている。
その横顔に、私も女っぷりの良さを見せねばなるまいと奮い立つ。
「お待たせいたしました。覚悟、決まりました。――火を。」
「途中で帰るだ何だと喚かれても聞けねェぞ。怖がりが、本当に行けんのか?」
「これだけの怖がり、守り甲斐があるでしょう。」
「自分で言うのかよ。」
呆れ返った風な新門さんが、腕を軽うく振って、私の手から袖を取り返す。素気無い印象は与えられない。身動きが取れないと守れるものも守り難いと、そう庇護の意志を宿した仕草であるとは、この場に居たのが私でなかったとしてもわかる事だ。
新門さんが扉を大きく開ける。人二人が通れるように開け放つと、鉄扉は錆びた嘲笑い声を上げた。先んじて口の中に飛び込んだ新門さんの、付いて来い、と語る背中を見失ってしまわぬように、私も大急ぎで後を追う。“地下”の深淵に潜り込む。
――扉の向こうから音がする。
或る子どもは駆け回る足音が聞こえると、或る子どもは小さな子の笑い声が聞こえると証言し、また或る子どもは扉から見知らぬ女が出て来たのを見たと話す。子ども達の間で囁かれていた噂は何時しか尾鰭も背鰭も付いて、何某の囲っている情婦と子どもが匿われているだとか誰其の家の水子ではないかだとか女には足が無かっただとか、波風を立たしながら浅草の町を泳ぎ回った。日々、町じゅうを歩いて回っては、平和を乱すものはないかと目を光らせ耳を欹てている新門さんが気付かない筈は無い。聞き付けて早速、着の身着の儘で“地下”にくだり、異変の調査と解決に乗り出すとの事であった。“地下”には一体何が広がっているのか。予てより原国の文化と文明に興味を惹かれていた私は、これ幸い、とばかりに随行を申し出たのだが――
「虫、むし、いないですか!?」
「大見得切っておいて、お前なァ……。」
「だってえ。」
「出て来たら追い払ってやるから泣くんじゃねェよ……。それとも、何か。俺がいるってのに怖いモンがあるってのか。」
「なあい。」
嘘だ。新門さんの思うよりも私は虫が苦手だ、視界に入って来るだけでも耐えられないくらいに大の苦手だ。鼠も嫌だ。出て来られた時点でぎゃあぎゃあと取り乱すと断言出来る。然れど、この怖じ気の纒わる心配は杞憂に終わると、数十メートルを進んだ辺りで確信した。“地下”は弐佰伍拾年前から現代迄、滅多に人の立ち入らない地だ。如何に虫や鼠の生命力が強かろうとも、食糧無くして存続も繁殖も出来る訳もない。隅には埃が幾層にも重なっており、嘗ての文明は塵芥の下にひっそりと静まり返っている。生の気配の無い此所が「地獄」と呼ばれるのも納得であった。
澱んで停滞した空気に、ぷかり。火の玉を浮かした新門さんは、地上をゆくのと相変わらぬ足取りで進んでゆく。この深い闇の中ではぐれてしまっては事だ。いにしえの目新しい光景に目移りを為い為い、藍染の衣を目印に後を付いてゆく。
「足もと、気をつけろよ。」
ひと足遅かった。
否、私は遅かったが、新門さんは速かった。
用途不明の管の這う天井を物珍しく思いながら歩いていた所為で、道に転がっていた金属片を知らずに踏んづけ、思い切り体勢を崩してしまったらしい。私が埃まみれの床に手や膝を突くよりも早くに、新門さんが抱きとめて支えてくれた。お陰様で事なきを得た。「ありがとうございます。」――力強く肩を抱いてくれていた手が、す、と離れ。す、と目前に差し出される。行灯の投げ掛けるそれ程の明るさで辺りを照らす火球のもと、新門さんの仏頂面には一つの感情が大きく書き出されていた。曰く、目が離せない、と。仕方の無さそうにしつつもほんの小さく笑っていた。
「危なっかしいったらねェや。ほら。掴まってろ。」
「面目無いです。」
「破落戸でも出て来たら離しちまうからな。そうしたら後ろに下がってろ。良いな。」
厳めしく言い含める新門さんに、はっとして首肯する。
皇国と浅草の間には決して埋められやしない深い深い溝が在るが、それは意識の話の中のみで、目に見えて国とクニとを隔ててくれる壕は存在していない。出るも容易く、侵入るも容易いのだ。現に、皇国で罪を犯して浅草の地に逃亡し、ほとぼりを冷まそうと試みる者も居るが――居たが――話には聞いた事があるが――「最強」の守護せしこの地で狼藉など、一体この世の何所の何者が働けようか。
それでも、このひとにとっては、大事な草花の咲きにぎわう庭で勝手する虫を放って置けるか、と言う話だ。
新門さんは、この度の騒動も人の仕業であると、皇国から逃げ出した犯罪者が潜伏して仕出かした騒ぎであるとの可能性を有力視しているようであった。赫い視線は油断無く周辺を警戒して、有事に備えている。
その剣呑さに、此所には調査を目的として赴いたのだと思い出す。警鐘が頭の天辺で鳴らされ、心の臓を通って、つま先の先に迄びりびりと鳴り渡るよう。身体じゅうが俄に緊張に痺れた。興味の唆られるが儘に付いて来たが、呑気にあれこれと見てまわる事は憚られるのではないか。
もう一度、今度は大きく頷く。すると、頭上に浮いた明かりが、ボ、と音を立てて火力を増した。蝋燭の火のようであったものが今や小さな夕日宛らだ。かんかんと照る炎に暴かれた脇道の奥、なにかが光って気を惹いた。
「これだけ明るくすりゃァ辺りがよく見えるか。観光しについて来たんだ。ただ歩いているだけで満足、とはいかねェだろ。」
「――でも、これだけ明るいと、調査に差し支えるのではありませんか。もしも本当に疚しい人が居たならば、こちらの存在に気付いて隠れてしまいませんか。」
「はなから端から端までまわるつもりで来てんだ。どこかで鉢合わせるだろうよ。折角“地下”くんだりまで下りて来たんだ。それまで好きに見てまわったらどうだ。」
「良いんですか。」
「お前の好きにやれば良いさ。言ったろ。何も怖いこたァ無ェんだ。」
ひしと掴まっていた手に、優しく、やさしく力が込められる。あたたかな体温に手を包まれるとなにをこわがる事も出来ない。“地下”の暗闇からも、其所に息を潜めているやも知れない暴漢からも、私らしくない消極的な私からも、このひとは必ず守ってくれる。信頼が頬に満ち満ちてゆき、私は自然と笑っていた。
「では、あちらに行きたいです。あの道の奥で何かが光っていましたから。」
素直な心に身体を任せ、新門さんの手を引いて甘える。すい、と彼の意思一つで火の玉が滑り、小路を照らしてくれた。
踊り出したくて堪らずにいる足を何とかかんとか仕付けて、殊更ゆっくり、転んでしまわないように歩む。弐佰伍拾年と言う途方も無い時間の経過に耐え切れず、所々が劣化により変色し、罅割れているタイルを踏み締める。壁の掲示板には襤褸となった紙の端が引っ掛かっていて、その下には辛うじて『就寝厳禁』と書かれているのだと読める黄色っぽい紙が、時の流れに抵抗していた。此所を電車が通り、人が通り、文明が栄えていたのだ。遥か昔の残り香にどっぷりと浸っていると、「あれか。」と、新門さんが道の半ばを指さす。天井近く迄届く棚に、所狭しとずらりと並ぶ硝子のコップ。火の橙を反射して、チカリ、先程のように心を惹いた。まじまじと見てみると、殆ど剥がれてはいるが、コップには酒の銘柄と思しきラベルが――この世の中でもよく目にするラベルが貼られていた。それが、とても不思議だった。
「ワンカップ酒、大災害以前からあったんですねえ。」
「これだけ見せつけられると一杯やりたくなってくるな。」
「向こうの提灯には、多分、『焼き鳥』と書いてありました。この道には居酒屋が立ち並んでいたのかも知れませんねえ。」
朽ちた火袋が地に雪崩れた、立派であったろう提灯を振り返る。大災害以前、“地下”とは呼ばれていなかった“地下”にて、私達のように手と手を繋いで店々を冷やかしていた男女二人もいたのだろう。今は失われた過去に思いを馳せる。楽しさに胸がいっぱいになり、切なさに胸が痞え、渦巻く感情を腑に落とす為に大きく呼吸をする。愚策であった。天井にかけられた配線の束から落ちて来る埃に、むずり、鼻が擽ったくなる。くしゃみを堪えていると、不図、手が離された。
新門さんが一歩、前に出る。私を背に庇う格好だ。低く低い声で警戒を促される。
「下がってろ。」
闇の中心を鋭く睨み付ける、新門さんのその不動明王斯くやの眼差しの先で。空気が、動く。人影は目視出来ずとも、人間の気配が皮膚で感じ取れる。――其所に、誰か、いる。
「姿を見せな。何者だ?」
誰何に応じたのは、男性の声。齢二十を数える私の父親くらいの年格好の男性の声、だった。
「怪しい者じゃあない。通りすがりのレジスタンスだ。」
「十分怪しいじゃねェか。」
気配が、火の玉の生み出す明かりの輪の中に進み入る。靴のつま先から徐々に、人間の輪郭が露となりゆく。
先ず目を惹いたのは、浅草では見ない金の髪。橙の光を照り返して、“地下”では太陽に匹敵する程のまばゆい輝きを放っていた。見惚れる心地で眺めていると、正体不明の男は身体に巻き付けた大判の布のうちから何かを取り出した。新門さんはすわ武器を構えられるのではないかと緊張を張り詰めさせたようであったが、通りすがりのレジスタンスとやらの手は洒落た形の帽子を掴んでいたのだから拍子抜けだ。そうして、目もとに覆いするようにして帽子を被り出した。唯一表情の窺える、無精髭の疎らに生えた口もとが、思わせ振りに悠然と吊り上がる。何所かで見た事があるような、騎士感の有る――ではなくて、既視感の有る笑い方だった。
「最強の消防官か。」
「俺も有名になったもんだ。“地下”にまで名が通っているたァな。」
「そっちの彼女は――」
「俺のツレだ。」
帽子の中を覗き込んでいた謎の男が、帽子を外す。現れた青の瞳は透徹しており、しげしげと見詰められると己の運命のすべてを見透かされているような居心地の悪さを覚えた。会釈で躱して新門さんの影に逃げ込む。何所か微笑ましげなその笑い声は、仄明かりの灯るこの空間によく合っていた。
「可愛いツレだな。」
「……俺達は、今、地上で一番の有名人を探している最中なんだが――“地下”の幽霊ってのはお前さんの事で合っているかい。」
「いいや。それは恐らく妻と子ども達の事だ。」
「妻と子ども達、て、家族で“地下”で暮らしているんですか!?」
吃驚する余りに思わず口を挟んでしまった。これだけ埃っぽくこれだけ暗く、閉鎖された場所で子育てをしているとは。常軌を逸していると言えよう。衛生的にも精神衛生的にもよろしくない環境に在る彼と彼の家族の健康状態が気にかかる所ではあるが、目の前の男は遠目にもぴんしゃんしていて、如何にも楽しそうだ。それは、十重二十重におろされた暗闇の幕の奥から聞こえて来る声音にも言えた。「お父ちゃ~ん。」と、呼ばう子どもの声が、転がり弾む鈴の鳴らす音のように“地下”にはっきりと明るく響く。
新門さんの耳にも届いたのであろう。だからこそ顎に手を遣って、小首を傾げている。
「敵意も感じられねェし、見たところ、皇国のお尋ね者って訳でもなさそうだ。だってのに態々こんな場所に住み着いて、何か訳ありか?」
「レジスタンスは時が来るまで地下に潜むものだろ。そして、我々が抗っている相手は、皇国や浅草ではない。」
「大層な話だな。」
「お前達の町に危害は加えないと約束しよう。今回のように食糧の調達には行かせて貰うが――」
「お前さんらが町で悪さしてる、って話は耳に入っちゃいねェしな。まァ、家族で暮らす分には勝手にやんな。ただ、子どもは真っ当に育ててやれよ。」
「親がなくとも子は育つものだ。」
「育ててやれよ。いいな。」
これにて一件落着、と。何時でも応戦が適うようにと下げられていた腕が、法被の袖の中で束ねられる。外つ国の人間には非常に警戒心の強い新門さんがこれ程にすんなりと言葉を呑むのは珍しい事だ。だが、気持ちはわかる。自称・レジスタンスのこの男には、何所にも属さぬ浮世離れした雰囲気が漂っているのだ。「そこでちょっと待ってろ。」と、遠くから駆けて来ようとする子どもに向けて制止を掛ける姿は、町に出れば其所い等で見掛けるような有り触れた父親らしいが。
新門さんと二人、ぼんやりと男の様子に見入っていると、不意に視線が寄越された。
「これは予言者の直感なんだが――」
「レジスタンスじゃなかったのかよ。」
「お前達は、俺と妻のように仲睦まじい夫婦になりそうだ。」
そう、レジスタンスの予言者さんは仰有っておられますけれど。新門さんが何を思っておられるのか、感情と直結しているおかんばせをそろそろと見上げて確かめてみる。確かめられないように、顔が外方に逸らされた。
「――俺は嫁に苦労はかけたくねェな。」
溜め息を吐き出す仕草に紛れて、手が、繋がれる。
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来た道を戻るよりも其所に在る出口を使った方が早く地上に出られる、と教えられた通りに進むと、入口とした扉と同じ形の鉄扉が天と地を隔てていた。
新門さんが扉を押し開ける。水を流し込まれた蟻の巣の中のよう、光は洪水となって暗闇蟠る文明の墓場を雪いだ。暗がりに慣れ切った網膜が焼かれ、しょぼしょぼと目蓋を伏せていなければ眼球が痛くて堪ったものではない。かたわらでは新門さんもしぱしぱと目を眇めている。二人揃って寝起きのような顔をしていた。
昼下がりの陽気に身体が馴染む迄、ぼうっと、日溜まりに佇む。
「妙な男だったな。」
「何はともあれ、幽霊事件は解決した事ですし、紺炉さんも今夜から安泰でしょう。」
「元凶が幽霊だったら、ぶっ飛ばした、で片が付いたんだが――さて、町の奴らには何と説明するかな。」
「真っ正直に、物好きな人が住んでいました、で良いのでは。“地下”に下りてまで他人の生活を暴き立てようとする人もいないでしょう。」
「そうだな。それにしても、“地下”に人が住めるとはな。万が一の時には避難所にも出来そうだ。入口の周辺だけでも定期的に手入れするか。」
肩越しに鉄扉を振り返り、ふむ、と思案している新門さん。ほんとうに、浅草の町の事を、浅草の町に住まう人びとの事を思い遣ってくれるひとだ。有り難さにいとおしさが滲み出して、胸のうちであたたかく溶け合ってゆく。あわいから、“地下”での男の言葉が泡沫のように浮かび上がった。
「予言では、私達、よい夫婦になるそうですね。」
「直感だろ。」
「でも、予言者の直感、です。重みを感じてしまいますねえ。」
「女子どもは占いが好きだな。」
「だって、楽しいではありませんか。誰とも知らぬ神様の秘密を盗み見しているようで。」
「趣味悪ィぞ。」
やれやれ、と言った調子でぼやくと、新門さんは昇り階段の一段目に足を掛けた。倣って私も一段、昇る。片手を未だ引いてくれているのは、帰路で又も余所見による転倒まがいを披露した事によるのやも知れない。慣れない空間に余程疲れていると思われて、労られているのだろう。優しいひとだ。
一段一段と昇るに連れてにぎにぎしい浅草の空気が感じられるようになり、帰って来た、と肌が安堵してゆく。隣をちらと見遣ると、昼を過ぎて角の丸くなりつつある日射しが、一段先を行く新門さんを照らしていた。艶やかな黒髪が冠を載いているかのように光っている。
「神だか知らねェが、俺は気に入らねェな。人のやる事なす事、ふんぞり返って思い通りにしようなんてお高くとまった奴は、ぶっ飛ばしてやりたくてならねェ。」
「流石は破壊王様、ぶれませんねえ。」
最後の一段を上がり、我等が浅草の町に無事に舞い戻る。「お疲れ様でした!」、「お前ェもな。」。顔を見合わし挨拶を交わして、その儘、新門さんの双眸から視線を上へ上へ。傾き出している太陽の位置を見る。早い所では暖簾を出そうとしている居酒屋もある頃合いだ。そして、絶好な事に。私達の居るこの場所近くには、美味しい焼き鳥を供してくれ、且つ昼間から店を開けている居酒屋が在る。
空の手でお猪口を持つ真似をして見せる。
「新門さん。一杯、飲んで行きませんか。“地下”から向こう、焼き鳥が食べたくて!」
「断る理由が見当たらねェな。いっぱい、行くか。こちとらひと仕事終えたんだ、紺炉にも文句は言わせねェ。」
「余り飲まれると、私も同罪として、紺炉さんにどやされてしまうんですけれど。程々にお願いしますよ。」
神様の言う通りではなく、私達の足は私達の望むが儘に道をゆき、並んで居酒屋へと向かう。
“地下”にとどまっている間じゅう固く繋がれていた手は、地上に出ても尚、人目に触れようとするその時迄なんとも離し難かった。新門さんも同じ気持ちであってくれると良いのだけれども――なんて、ほどかれない手に態々思う事ではない。
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