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ヒカゲとヒナタ、二人がかりでせがまれて連れて行かれた商店街で鉢合わせたのは、顔馴染みと言ったら他人行儀な女だった。今朝、って言うよりも今日の昼近くまで同じ布団で寝ていた仲だ。別れて幾らも経っていねェってのに、人の顔を見て飽きもせずに心底嬉しそうに微笑う。ただ顔を見合わせただけで落っこちそうに弛んだ頬に、つい手が伸びちまいそうになる。下衆い視線が絡んで来た事で思いとどまれたが。ヒカゲとヒナタじゃねェな。二人は、目を回しやしないかと心配そうな眼差しに見守られながら、夢子の周りを旋風みたいにくるくると駆け回っている。――見世物じゃねェんだよ。横槍の飛んで来た方を振り返ると、八百屋の親父が遠目にもわかるにやけ顔でこっちを眺めていた。夢子の家から詰所に帰る道すがらに、朝帰りとは良いご身分だ何だと揶揄して来たのもこの親父だった。この町の人間とはそれなりに長い付き合いだ。ガキの頃から知っているとあって、ガン付けてもお構いなしに指笛なんざ吹きやがる。
客になりそうな奴が軒先を行き交い始めるなり、商魂逞しく呼び込みに戻った親父に舌打ち一つ。三つの不思議がる顔に、何でもねェよ、と答えると会話は仕切り直されたらしい。
「姉御、そいつは新しい着物だな。」
「けど、また青じゃねェか。」
ヒカゲとヒナタの言う通り、確かに、暁の空の天辺に似た気持ちが良い青一色に染められた着物はよく似合っちゃァいるが――本当に青ばっかり着てるな。夢子から青色が好きだなんて話はとんと聞いた覚えがない。だったら別の色を着ても構わねェ筈だ。例えば、
「赤は着ねェのか。」
「新門さん、青、お好きではありませんでしたか。」
いつだかにそんな話はしたが、何だって今、俺の好みが持ち出されるんだ。理由がわからずに首を傾けて、野暮だったとすぐに気づく。はにかんで引き結ばれた唇が、青は俺の好きな色だから、としおらしい事を言っていた。
「もしかして、赤の方がお好きでしたか。」
どうして赤を着て欲しがったのか、そうもいじらしくされると言い出しづれェな。嫌いじゃねェ、が――。そこから先が続かない。足もとでじいっと見上げて来るガキ二人に聞かせて良い話か、これ。
どうしたもんかな、と考えついでに頭を掻いていると。
「わかってねェな、姉御。」
「青って言やァ紺炉の目ん玉の色だろ。」
「若は自分の色に染めてェんだとよ。」
やり過ごそうとするなんざ問屋が卸さねェと、率先してヒカゲとヒナタがやいのやいのと囃し立てる。
全部言われちまったが、だからこそ隠し立てするような事もなくなった。「そう言うこった。」と頷いてみせた一瞬で、小さな額から柔らかな頬から、望んだように真っ赤に染め上がった。だが、それだけじゃ足りねェ。商店街の半ばに在る呉服屋の方を顎で示す。
「見繕いに行くか。今から。」
呉服屋に並んでいるどの赤い着物よりも赤く染まった頭が、おずおずとしたうぶな仕草で縦に振られた。それから、朝方、布団の中で見せたのと同じ笑い顔をするもんだから、釣られて仕方がねェ。
「お見立て、よろしくお願いいたします。」
「そいつは大仕事だな。」
夢子にはどんな赤が似合うか、夢子はどんな柄が好きか。知恵働きは得意じゃねェから、考えをめぐらすと知恵熱でも出たみてェに頭が熱くなって浮かれちまう。だらしなく弛む口に力を入れて真一文字を気取って、何とか突っ張ってみせる。
「――ってな訳だ。俺達はここで抜けるが、お前らは夕飯前に帰れよ。」
見下ろした先のヒカゲとヒナタは悪童らしくにやりと笑うと、俺が言い終える前にさっさと目的の菓子屋に向かって駆け出して行った。途中で振り向いて、高く掲げた長い袖を翻す。
「若。女に着物を贈るのは脱がす為なんだろ。四丁目の平助が言ってたぜ。」
「そこの八百屋の林檎みてェに、ひん剥かれて食われちまわねェように精々気をつけろよ。姉御!」
言うなよ。
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