enen
name change!
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
上向いていた首の角度を直す。その拍子に振り落とされた小さなちいさな溜め息を、傍らに立って話の成りゆきを見守っていた新門さんは確りと捕まえてしまった。紺炉さんの去って行った廊下の先と、今し方私の口から逃げ果せたかちかちに凝った吐息。それ等を交互に見て、ふむ、と顎をさすっている。
「紺炉と話すのは緊張するか?」
「少しだけ。御立派な御仁とはわかっていても、背丈が大きな男の人ですからねえ。気圧されてしまいます。」
「上背があっても良いこと尽めとはいかねェか。鴨居に頭突きブチかますしな。」
紺炉さんでも鴨居に頭をぶつける事があるのか。親しむ気持ちが胸にじゃぶじゃぶと湧いて来る情報を噛み締めながら、手近な居室の鴨居を見上げる。新門さんの頭の天辺から鴨居迄は組子何枠分かあるなあ。大きく七の字が描かれた障子を背負う彼に目を遣り、若しもその余白が無かったら、と想像してみる。身長百八十センチ超の新門さん。間違いなく益荒男の貫禄が弥増すだろうけれど。
「新門さんの実力と無愛想さで上背があったら、相当、威圧感が出ますね。」
「箔が付くってモンだろ。」
「……矢張り、気にされていますか。第8の金髪の子に、小さい、と言われた事。」
「あァ、アーサーの奴な。――気にしてねェよ。俺ァこのタッパが気に入ってんだ。小回りが利く方が、喧嘩の時、相手の懐に入りやすい。」
「そうですねえ。現に、思い切り伸していましたもんねえ。」
つい先程、庭で繰り広げられた実戦訓練で、金髪の子ことアーサーくんが見事に地面に転がされていた光景を思い返す。共に出向して来ていた森羅くんと一緒に、今頃は紺炉さんから手当てを受けているだろうか。――騎士も鳴かずば打たれまい。少年達が湿布まみれにされているであろう縁側に向けて、心の中で独り言ちる。合掌。それから、手の平を水平にして持ち上げ、自分の頭の天辺に持ってゆく。其所で息を潜めている透明人間の頭を撫でるように、私と新門さんの間でするすると動かしてみる。身長差は然程、無い。
「私、新門さんにはそのくらいの背丈でいて欲しいです。」
「頼まれなくたってもう伸びねェだろうが、何だってまた。」
「ほら。目を合わせるのだってこんなに簡単ですし。」
半歩、踏み込む。此所こそは、暖色の電氣に負けじと燦と耀く、真っ赤な至玉が間近に望める特等席だった。もう半歩、距離を縮める。廊下には他に人影もないけれども、如何にも態とらしくささめいてみせる。
「どんな声だって聞き逃しませんから、内緒話だってお手のものでしょう。」
「それに、接吻もしやすいな。」
え、と。間の抜けた声が呑まれる。不意を打って零距離迄詰めた唇の為した事は悪戯っぽく、触れたぬくもりを残さずに素早く離れて行った。何時もはむっつりとして見える一文字が弛んでいるのは、ぽかんとした私の様子可笑しさにか。
「新門さんの馬鹿。身長百七十センチ。助平。」
「何だそりゃァ。憎まれ口になってねェぞ。全部事実じゃねェか。もう一声、何かあんだろ。」
私のとんがり唇は、ふ、と一つ微笑われたのみで簡単にあしらわれてしまった。新門さんの足が板張りを踏み締める。「行くぞ。直に暗くなる。」と、日の出ている内に私の身柄を家に送り届けようと詰所の玄関へと向かう、その堂々たる背に付いてゆく。ト、ト、ト。密やかに、足音に紛れ込ませる。
「――新門さんの馬鹿。好き。」
「そいつァ奇遇だな。俺もだ。」
もう一声との御声にお応えした啖呵に、お答え。肩越しに見返る赤いまなこが緩やかに細まり、小春日和を齎す太陽のような穏やかな光で満ち満ちる。浴すると、あたたかい。
19/46ページ