jujutsu
name change!
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「アイツが顔を真っ赤にしてるところが見たい。」
「いつも見てるだろう。今も怒らせてた。もう忘れたのか。」
「そーゆーんじゃねぇの。」
「じゃあどう言うの。」
どう、って――。呟いた形で口を開けた儘、五条が押し黙る。夜蛾の刈り込んだ頭を痛めさせようとも部屋に運び込んだ新型の大型テレビが、主の思考している間、場を繋ごうと賑々しい音を部屋じゅうに撒き散らしている。
テレビとコードで繋がれたゲーム機。其所から伸びたコントローラを操作すると、夏油は先んじて自身の分身たるプレイヤーキャラクターを選択した。次いで、傍らで依然として沈黙を保つ五条を横目で見遣る。墨を浸した筆先で颯と刷いたような切れ長の目もとが、如何にも怪訝そうに細められた。減らず口が依然として無口の儘なのだ。サングラスの黒々としたレンズはプレイヤーキャラクターの選択画面を映し出し続けているが、五条の網膜に届いてはいないだろう。二人の間に置かれたポテトチップスの袋を求めて彷徨う手の、動き続けて疲弊した脳味噌に熱量を遣ろう、と言う生存の意思のみに突き動かされているかのような覚束ない仕草こそがその証明である。薄作りの一枚を抜き出して、皓歯が割る。夏油は膝や床に欠片が落ちていやしないかと思わず確認したが、普段の杜撰さが嘘のように、五条の所作は気の行き届いたものであった。素養は無意識に出るものだな。夏油の目の前で屑を出す事なく、一枚、二枚。パリ、パリリ。只管に食まれてゆくが、封を開けたばかりであるのに何所か湿気っている風に聞こえるのは、五条の言葉の歯切れの悪さが故か。
ややあって、夏油に続いて五条のプレイヤーキャラクターも決定された。続けざまにレースコースを選択する為のボタンを押し込みながら、五条が吐き捨てる。
「――七海に話しかけられた時みたいなの。」
「悟には難しいんじゃないかな。」
レース開始と同時に夏油が膠もなくばっさりと断ずる。レーシング・カーが続々と発進してゆくテレビ画面から引き剥がされた、無謀なる青いまなこは駭然と見開かれていた。親友はきっと名案を授けてくれる筈だ、と信じ切っていたに違いなかった。――そんな顔をされてもな。「前。」と端的に注意を促して、夏油はつい今し方に見掛けた、少女の頬に燃え上がった赫々とした色を思い出す。
珍しくも五条と夏油の二人共に任務の予定の詰まっていない放課後であった。折角だからアクションレースゲームに興じようとの五条の誘いを受けて、夏油は部屋着としているスウェットに着替えたのちに隣室の五条の部屋に出向こうとしたのだが、何やら扉の外が騒がしい。何事かを確かめる前に、まさか、よりも、またか、と当たりが付く程には何時もの事と言えよう。廊下には矢張り、同じくスウェットに召し替えをした五条と、家入の部屋に遊びにゆこうとする途中であったらしき少女がいた。幼稚な――年相応の口喧嘩をしていた。家入は「あんなの痴話喧嘩だよ。放っておきなって。」と不介入を決め込む事が多いが、夏油の目には気性の荒い熊と気丈な小型犬の決闘にも見えて、如何にも放って置き難いのだ。今日の喧嘩にしても、夏油が仲裁しなければ夕食時迄長引いていた事だろう。回想が現時点に到達するなり、溜息。
「悟。残念だけど、君への彼女の心象は既に地に落ちている。今更、何をやっても悉く裏目に出るだろう。こうなると何もしない事が一番の得策だ。余計な怒りを買う前に諦めた方が良い。」
「正論は嫌いだ、って言った筈だけど?」
「正論だと理解しているなら今からでも心を入れ換えたらどうだ?」
五条が、べえ、と舌を出してコントローラを握り直す。あっと言う間にノンプレイヤーキャラクターを牛蒡抜きにしてゆき、余所見による遅れを取り戻してしまった。
カメラがレーシング・カー二機の勝敗の帰趨を追う。ゴール間近、夏油の機体と五条の機体とが抜きつ抜かれつと競り合う。操作するキャラクターがカーブを曲がるのに合わせて、夏油の身体も若干傾く。五条は年季が入った様子で淡々とコントローラを操っていたが――車体の勢いに負けて振り落とされたかのように、カーブを抜けて最後の直線に差し掛かった時に一つ、こぼした。パーティーゲームに相応の底抜けに明るい音楽に紛れ込みたがるそれは、見ずともわかる程に唇のつんと尖ってやさぐれていた。
「俺の方がイケメンだろ。」
「好みは人それぞれさ。――あ。」
それぞれの分身がゴールインする。五条が一着、僅差で夏油が二着だ。五条の潜め声を捉えるべく意識を割いた事が少なからず影響した結果だろう。夏油はやれやれと仕方無しに肩を竦めて、熱が入って薄らと汗ばんだ手をポテトチップスへと伸ばした。大逆転の末に勝利を得た五条のその横顔は意気を取り戻している。
「それにしても、照れて笑う顔が見たい、だなんて。彼女に恋でもしているかのようじゃないか。」
負け惜しみの野次染みた揶揄を差し向けても、「はあ?」や「俺がアイツに?」や「ないわー。」や「なに? 逆に、傑はアリなの?」等の憎まれ口が一向に返って来ない。音を捲し立てているのは勝負の結果を映して時を止めたテレビのみだ。口だけではない。五条は今や身体も微動だにさせずに、心臓すら黙しているのではないかと危ぶむくらいに静謐を体現していた。
こんにち二度目の沈黙の異常さを遂に見兼ねて、身体を前のめりにして、夏油が五条のありさまを窺う。途端、吹き出した。
「悟が顔を真っ赤にしてどうするんだ。」
「……うるせぇ。」
からからと年頃らしく笑い転げる夏油の肩を押して、五条は自棄っぱちに新たなレースをスタートさせた。きつく舌打ちせんばかりの乱暴な声音だが、語気は弱い。――自分でも気付いていなかったのか。慌てて体勢を整えてコントローラを拾い上げた夏油は、しかし、隣に目を向ける毎に笑いが込み上げて来て最早ゲームどころではなかった。白色の髪に赤色の頬とは、紅白で何とも目出度い光景である。
ふふ、と。むず痒くて堪らないと言った笑い声を漏らす夏油。恋の芽生えに微笑ましくしている親友に、五条は肩からぶつかる事で、いい加減にしろ、と御冠の意を示すのであった。
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