jujutsu
name change!
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嗚呼、楽しかったなあ。同級生と後輩とが力を合わせて一席設けてくれた、私の誕生日パーティー。それは、何時か死に瀕した時に走馬灯で見るだろうとの確信を得る程に鮮やかで、きらびやかな言祝ぎが鏤められたまばゆいひと時であった。
お開きとなった後でも、時間の経過した夜半の手前になっても、如何にも網膜と鼓動はあの一瞬が名残惜しいらしい。幾つものクラッカーが弾ける瞬間から思い返そうとする、と。突如として鳴ったノック音が反芻を小刻みに断ってしまった。
「や。寝てた?」
そろそろと開いた玄関戸の先に、黒白の影法師。悟さん。片方の手を挙げて気さくに笑い掛けて来る彼の名を呼ぼうとして、躊躇いが声を引き留めた。見慣れたマウンテンパーカーではない。眼帯でもない。インフルエンサーのモデルか、都心の一等地に建つブティックのマネキンか、と言った洒落っ気のある格好をしている悟さんは、悟さん、と呼び掛けるのを憚ってしまう程によく知らない男のひとであった。杞憂であったけれど。
「はい、これ着て。三十分後には出るから準備して。」
この強引さは間違いなく悟さんだ。提げていた洋装店のものと思しき紙袋を私に押し付け、部屋の中に押し遣り、押し切られる。急な任務だろうか。何がなんだかわからないが言われた通りにしようと、ひと先ずは箱を開けてみる。――一体、値札には零が幾つ並んでいたのだろう。手放しで喜べないくらいの高級感が溢るる黒色の生地が悠然と寝そべっていた。袖を通して、もう一度、頬が引き攣る。悟さんにスリーサイズなど教えた覚えはないのに、ワンピースドレスは私の為に仕立てられたかのように身体にぴったりであった。
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安全第一に一定のスピードで走行する車には、ハンドルを握る伊地知さんの性格がようく表れている。お陰で車内は睡魔の巣窟かと言うくらいにまったく静かで眠たくなって来る。バックミラーに映り込む運転手を務める人の眼鏡の目もとばかりに気が行くのは、気を行かせているのは、何も目覚めの一撃にガツンとアクセルを踏んで欲しいが為ではない。隣で夜景を眺めている悟さんから気を逸らしたい、その一心からに過ぎない。
夜気を切って進む車体は、無明の筵山を下り、何時しか不夜の都会に降り立っていた。道路脇に孤独に突っ立つ照明灯の明かりが、チカリ。サングラスの隙を突いて青の光明とぶつかって、反射して私の心を惹いた。
「私、どこに連れて行かれるんですか。」
「七海オススメのバーがあってね。社会科見学に、今夜はそこに行きます。」
「何故、バーに?」
「君くらいの年頃だったら、お酒、興味あるでしょ?」
「ぴんと来ませんね。」
「真っ面目~。」
その儘、ずっと、何時ものように大きなお口でけらけらと笑っていて欲しい。黙っていられると只のうつくしいひとで、優しく微笑みかけられると只の格好良いひとで、晒け出された瞳で見詰められるとどぎまぎしてしまうから。
「僕からの二十歳のお祝い。ま、好きなだけ、好きなように飲んでよ。ちゃんと見ていてあげるから。」
「貴男は飲まないんですか。」
「僕、下戸なんだよね。」
言っていいものなのだろうか、それは。悟さんの弱味を握りたい呪術師や呪詛師はわんさと存在する。この情報を目玉に彼等に向けてオークションなどを開けばひと財産築けるのではなかろうか。きっと、口が裂けても手足が捥がれても言いやしないけれど。
誕生日パーティーの会場に取り付けられていたバルーンにでもなったかのように、頭がふわふわとする。弱いところを教えられる、なんて。気を許されていると自惚れて、私は道中から酔っている心地を覚えていた。「そう、なんですか。」。「そうなんです。」。とは言えども、軽々に飄々とした口振りだから、このひとにとっては致命的な弱点にならないに決まっている。
後ろへと過ぎ去る電灯が、最後の力を振り絞って光の手を伸ばす。スポットライトを浴びた瞬間を逃さずに、悟さんは私に人さし指を向けた。
「夢子も、自分のキャパシティを知っておくと良い。潰されないようにね。」
「――以前に、父親にお酒を飲みに連れて行って貰って限界の酒量を教えて貰った、と言うような記事をSNSで読んだ記憶があるんですけれど。これってそう言う事で、二十歳になった生徒全員にやっている事なんですか。」
「いんや。でも、何でだか夢子にはしてあげたくなったんだ。この僕に父性が芽生えるだなんて、一体どんな冗談なんだか知らないけどね。いっそ、養子縁組、しちゃう?」
「しちゃわないですね。」
悟さんが、ちぇー、と唇を尖らせて如何にも拗ねた風を装い、窓硝子の外へ視線を遣る。
本気で言っているのか定かならぬが、特別に目をかけられている事だけは疑いようもなく理解出来た。私の頭の中でクラッカーの破裂音が鳴り響き、紙吹雪が舞い散って、おめでとうの声が飛び交う。それは数時間前の回顧であり、今宵、私の中に生まれた思慕への祝福であった。
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