jujutsu
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「数学の小テストで満点、取れたんだって? 前回は赤点だったのにどう言うイカサマだよ、って日下部さんが驚いていたよ。愛の力です、って――ハハッ! いやいや、馬鹿にしていない、していない。愛の力とやらが偉大だとは、夢子が今日、証明した事でしょ。この調子だと、明日にでも全てのミレニアム懸賞問題を解き明かしているんじゃない? ヨッ! 億万長者! 抱いて! ……何で脛を狙うかな。衝撃を与えたら約束を思い出すかも知れない、って? ブラウン管テレビじゃああるまいし、今時流行らないよー、暴力での解決なんて。そもそも、忘れていないんだから思い出す必要もない。可愛い可愛い生徒との約束だ、忘れられる訳がないよ。――良いよ。満点のご褒美に、デートしよっか。」
▼
「でも、相手は五条ですよ? これだけお洒落をして行って、いつもの格好で待ち合わせ場所に現れたらどうします? 最悪、制服が一番無難までありますよ。」
「それなのよねえ……。」
「あ。それじゃあ、あの季節感もデリカシーも皆無の格好で来たら、服屋に連れ込んで好きにコーディネートしちゃいましょうよ。勿論、金はあっち持ちで。」
「その名案、採用しましょう! そうなると私の服装が軸となる訳だけれど――」
色取り取り、形も様々な衣服が辺り一面に散るさまは、部屋じゅうに紙吹雪の撒かれたかのように華やかだ。だが、その中心で祝福されている筈の少女と釘崎は、揃って腕を組み、朗らかとは縁遠い顔でいた。宛ら、次なる出陣に向けて軍略をめぐらす武者と軍師の如く。隙のない険しい四つの眼差しが、寝台の上に安置された二つの鎧を見下ろす。きたる決戦の日に備えて幾着もの衣装の中から選び抜いた、選りすぐりの武装だった。一つは、動く毎に裾が上品にひらめくロング丈のプリーツスカートのワンピース。一つは、身体のラインが美しく強調されるタイトなリブニットのワンピース。片方を睨み据え、片方を睨み付け、二人の意見は二択になった時から変わらなかった。大人である五条悟の隣に立っても違和を抱かせない、大人らしさを醸し出せるようにと急遽購入した二着は、何方も少女が普段着ているテイストからは大きく外れているのだ。並んで歩くイメージが掴み難くても仕方が無い。
「決まらないですね。」
「こうなったら男衆の意見も聞きましょう。」
少女が携帯端末をたぷたぷと操作する。『集合!』『私の部屋に』『駆け足!』。要領を得ないぶつ切りのメッセージであったが、吹き出しの横に既読の文字が付いてから直ぐに部屋の扉はノックされた。「入ってよろしい。」との部屋の主の一声を受けて、扉が開かれる。
「虎杖、現着しました!」
「何の用ですか。」
片や陽気な、片や億劫そうな、少年二人の声が響いて来る。
どやどやとプライベート・ルームに踏み込もうとした少年達――虎杖と伏黒は、数々の布の脱け殻が横たわる為に足の踏み場もない、カラフルな死地を前にして足を止めた。間仕切りの境界の手前で二の足を踏む両者に詰め寄ると、少女は早速、ハンガーに吊るした二着をその眼前にずずいと突き出す。
「どちらがより私に似合うと思う?」
「どっちも似合うと思うけど、何用?」
「悟さんとのデート用。」
「そう言えばそんな話していましたね。小テスト、満点取れたんですね。……あの成績からってマジですか。」
「ええ。全ては愛の力の成せる業です。そして、晴れて明日は晴れの日。一張羅の晴れ着は貴男達の意見で決まるのよ。さあ、どちらが相応しいと思う。」
気迫に満ち満ちた少女のかんばせは鬼気迫る凄味を帯びて、低級の呪霊ならばひと睨みで祓除し得るだろうと思わせた。ぎらり。ようく磨かれた呪具の刃に匹敵する剣呑な眼光が、少年達の喉もとに突き付けられる。気圧されたその身体が後退りしようとも、「さあ。」と少女は答えを迫って追い縋る。恋する男に少しでも追い付けるよう、必死、なのだ。――後退に二歩目はなかった。少女の懸命な恋心に観念せざるを得なかった虎杖と伏黒は、どちらからともなく顔を見合わせた。
「せーの、で行く?」
「せーの、」
こっち。
其々に伸ばされた人さし指は、別々の衣服を指さした。
ふた度、顔を見合わす虎杖と伏黒の横顔に、理由を詳らかにするよう働き掛ける視線が刺さる。先手を取って咳払いをしたのは、リブニットのワンピースを選んだ虎杖だ。
「夢子さんはゆるふわっとした服を着ている事が多いので、ここぞと言う時に身体のラインを見せられると男心はドキッとします。」
首肯を一つして参考になった事を示すと、少女は次に伏黒を向いた。先んじて述べられた意見に思わしげに顎に手を遣っていた伏黒の様子は、至って真剣であり、至って乗り気であった。プリーツスカートのワンピース、その裾を見遣りながら思考が説かれる。
「俺は虎杖とは逆ですね。彼女の身体のラインとか他の男にあんまり見られたくないんで、こっちのヒラヒラしている方にしました。」
「伏黒って硬派だよね……なんか俺がスケベみたいじゃん……。」
「――違う!」
怒号。怒号、としか言い様のない大呼が部屋を揺らがした。
何が、と少年二人は惑った。違う、と言うからには正解が存在する筈だが、それが何であるのか皆目見当がつかない。
驚きに肩を跳ねさせた格好で固まって、揃って爆心地の真ん中へと視線を注ぐ。跡地からは鬼どころか蛇どころか怪獣が現れるやも知れない。少年達が固唾を飲んで成り行きを見守る先で、突如として爆発した恋する爆弾は、不気味な静けさを――一災起これば二災起こると言うべき大嵐の前の静けさを体現した。
「貴男達は、悟さんと付き合いが長かったり、二人で過ごした時間が長かったりするでしょう。悟さんの趣味嗜好の片鱗を掴んでいると、私は踏んでいます。だから貴男達に助力を求めたの。」
詰まり? 如何言う事? クエスチョンマークが氾濫して重たくなった頭を傾ける虎杖と伏黒をきっと見据えて、少女は毅然と言い放った。
「貴男達の意見は聞いていません。悟さんの気持ちになって答えなさい。」
「いやいやそれは無理ゲーでしょ!?」
「どんな無茶振りですか!」
「もう! 私だってもう! わっかんないのよお!」
少女は自棄糞になってその場に蹲ると、膝を抱えて丸まってしまった。透かさず傍らに侍った釘崎が、明日には錦となるであろう二着に皺が作られないようにハンガーを持ってやる。
後輩の気遣いに安堵を催したものか、ごろり、と少女が転がる。色彩豊かな荒れ野で達磨の真似事をする先輩らしき生きものを、苦り切った顔で、或いは苦い笑い顔で眺める後輩達。
「そもそも、五条先生、ちゃんとした私服で来るんですか。制服で行くのが一番無難なんじゃ……。」
「そのくだり、さっきやったのよ。」
「解決したの?」
「いつもの黒尽くめで来たらソッコーで服屋で着替えさせる、現地調達作戦よ。」
「先生に、「お洒落して来てね!」てメッセージ入れるとかは?」
「どんな格好して行ったら良いかも一緒に訊けば良いんじゃないのか、それ。」
「伏黒ぉ、社会科見学に行くんじゃねぇんだぞ。やる気出しなさいよ。」
今一度、両手に吊るした二つのワンピースを血眼で見比べる釘崎。読みかけの小説があるからもう帰って良いか、と目を濁らして溜息を吐き出す伏黒。頭の回転には何の影響も与えないにも関わらず、これこそが天啓を受け取る術であるかのように、ころんころんと部屋を転がり回る少女。
混沌とした空気を入れ換えたのは、何時の間にか携帯端末を手にしていた虎杖の問い掛けであった。
「んー。こんなんでど?」
しゃがみ込んで少女にその画面を見せる。虎杖の手もとに、釘崎も伏黒も注目する。
『突然ですが五条先生に質問でっす!』『セクシーなの?キュートなの?』『どっちが好きなの?笑』『明日デートなんでしょ』『夢子さんと』『服選び盛り上がってるよ』『先生はセクシー系で行くの?それともキュート系?』
打ち込まれた文字を読み進めて行くなり、三人の頭上には一つの言葉が浮かび上がってゆくのであった。
――陽キャ。
確かに、真っ向から尋ねるのが最短にして最良のルートであると言えよう。これならば然しもの五条もマウンテンパーカーで向かう事は憚るだろうと期待が持てる上に、混迷を極めた二択問題にも概ね答えが出される。虎杖の構築した嫌味のないメッセージはファインプレイと言うほかなかったが――。
「さっきはああ言ったし、今も訊こうとしてて何だけどさ。普通に、夢子さんが着たい服を着て楽しんでくれたら、それが一番嬉しいんじゃないかな。五条先生は。」
送っても良いか、と。虎杖が少女を見詰めて意思を問う。釘崎と伏黒の黙視をも受けた先で、少女が、ゆっくりと首を横に振った。極彩色の床から起き上がる。地に足を付けると、少女は携帯端末を取り出してメッセージアプリを起動させた。天を仰いで沈黙、画面を見下ろして沈黙。暫くの沈黙を経て、この場に集った後輩三人にトーク画面を翳した。其所には送信済みのメッセージが並んでいる。
『明日のデート』『飛びきりの私で会いに行きます』『ぎゃふんと言わせてあげますから』
少女の誇らしげに胸を張るさまとは対照的な様子で、虎杖、釘崎、伏黒の視線が実に気不味そうに交錯する。
「「「ぎゃふんて。」」」
▼
お次は、鞄に靴にアクセサリー。更には、髪型に化粧に香水。勝負服決定戦の決着は新たな戦いの幕開けに過ぎず、その後も喧々囂々侃々諤々のああでもないこうでもないは延々と、延々と、それこそ日が沈み夜が更ける迄続いた。
――うまく行っただろうか。翌日、苛烈な頭脳戦の余韻が寝不足となって響いている虎杖と釘崎と伏黒は、食堂で額を合わしてコーヒーを啜っていた。三人共が不図、壁に打ち付けられた時計の針の形を目でなぞって、そわそわと、各々気も漫ろとなって彼方を見たり此方を見たり目蓋を閉じたりする。都心のいずこかで、五条と粧し込んだ少女が相見えている頃であった。
「夢子さん、うまく行ったかしら。」
三人を代表した釘崎の呟きに呼応したのは、三つの機械的な振動音だ。次々と携帯端末を確認してゆく。少女と一年生三人がメンバーとなっているトークルームに、ぽこん! とメッセージの込められた吹き出しが浮かんでいた。浮かれ騒ぐ祝い事に持って来いの、晴れやかなバルーンのようだと誰しもが思った。
『ありがと』『ほめられた』『かわいいって』『ありがと』
取り急ぎ、大急ぎで伝えたかったのであろう。短いながら喜びが飽和していると見て取れる一報に、三つ分の吐息が交わり溶ける。
「やったわ野郎共、今日は祭りよ!」
「良かった~! 夢子さん、おめでとう!」
「だな……。」
自らの、そして少女の報われた苦労を労うように笑い合う。勝利の美酒ならぬ勝利の美コーヒーは格別の風味を持って彼等の喉を潤した。
数時間ののち、虎杖と釘崎と伏黒のもとに少女が現れる事となる。足取り軽やかに運ばれる土産のケーキは、何よりもの土産である、幸福にピカピカチカチカと輝く飛びっきりの笑顔と共にきたる。
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