jujutsu
name change!
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今日の私は一級呪霊を祓除して無辜の民をそれはもう沢山救った。こんなオカルトなご商売をしていて未だ尚、神様仏様とやらにお会いした事は一度たりとも無いけれども、巷では居ると噂されているそのお偉方の目に留まる働き振りであったに違いない。だから、大丈夫だ。
目蓋を下ろして自分に言い聞かせる。すう、はあ、と態とらしい程の深呼吸を幾らかして心の逸るのを鎮めようと努めるが、胸の前で組んだ手指の武者震いは止まってくれやしない。ヂリヂリと痺れる頭の芯などは、開戦を知らせるゴングの代わりに打たれたかのよう。おまけに極度の緊張から目眩迄催す始末。これから厳しい戦いになると言うのに、コンディションは最悪。それでも挑まなければ得られないのだ。――推しのjpegは。覚悟完了と同時にカッと目を見開き、卓上に安置した携帯端末に表示された『10連ガチャ』のボタンをゲーム内通貨で殴り付ける!
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「お疲れサマンサ~、っと。死んだフリでのお出迎えとは斬新。今回の現場、そんなにグロかった?」
ぐろかった。あーるじゅうはちじーしていだった。だいばくしだった。かみもほとけもなかった。
食堂のテーブルに突っ伏した頭は、涙をたっぷりと吸って重たく、それでいて加熱によって鬆が入った豆腐のようにすかすかして虚ろだ。なれば持ち上げる事も使う事も出来ず、私は「ウー……。」と喉を鳴らして、負け犬らしい遠吠えで以て応じるしかなかった。
「ゾンビごっこ? 迫真の演技だね。似てる、似てる。」
入り口からテーブルの傍らに移動して来た悟さんが、ちょい、と私の首筋に触れて来る。纏わり付いている髪を指先で左右に分けて、うなじを露にしてみる遊びをしている。気安く肌を這う擽ったさに、堪らずに腕を遣る。叩き落とすべく手を振ったものの見事に空振りとなった。儘ならない現実への苛立ちが途端に沸き立ち、首をめぐらす活力となった。じろり。彼の居る方を睨め付ける。悟さんはテーブル脇にしゃがんで、私と目線の合うようにした。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
「元気ないじゃん。何かあった? 頼り甲斐しかないこの五条先生に話してご覧。」
前髪へと手を差し向けて来た悟さんは、頬や目に掛かっていた私の髪を、優しくやさしく撫で付けるようにして耳に掛けた。なにかは、あった。無慈悲な現実を突き付けられる事となった、凄惨な目に遭った。携帯端末に映し出された結果を思い出すだに、過ぎたるショックにくわんくわんと脳味噌が揺れる。
「推しには……日日是好日と……このお金で……美味しいものを……食べて貰いたいものですね……。」
「何の話?」
私の虚勢とも妄言ともつかない言葉に、テーブルに顎を載せた悟さんが小さく首を傾げた。あざとい仕草であるが、彼程の美形ともなると嫌味に感じられない。私の推しも公式美形なんだよなあ、そしてこの度の期間限定排出のカードでは普段では見られぬような可愛い一面を見せてくれる事請け合いなのに、如何して、如何して、何故手に入れられないのか。
今度は負け犬ではなく、悟さんの仰有る通りに亡者のよう。「アー……。」と鬼哭啾々とした呻き声を上げて、私はふた度、耐え難い現実から顔を俯けた。
がさごそ、と何かを探る音がしたのは直ぐの事だ。
「はい、これ。あげる。エリクサーってところかな。」
二人の頭と頭との間に、ちょこなんと何かが置かれる。横目で見遣るが、シンプルな包装が為された小箱、以上の情報は読み取れなかった。
「金一封ですか。」
「金で解決出来る問題だったらそこまで重症にはなっていないんじゃない?」
「それはそう。」
「贔屓の和菓子屋の新作。推しには日日是好日と美味しいものを食べて貰いたいもの、でしょ。」
すっくと立ち上がるなり、悟さんは未だ項垂れた儘で動けずにいる私の後頭部を一つ撫でて、その長い脚で食堂を横断する。寮母さんが常備してくれている保温ポットに入ったコーヒー、それを愛用のマグカップに注いでゆく音を最後の一滴が奏で終える迄背中で聞いていたら、高級なお菓子を頂いたお礼を言いそびれてしまった。
「私、貴男の推し、なんですか。」
マグカップ片手に颯爽と食堂を出て行った彼の影へと、ようやっと呟く。
じゃあ、諦める訳にはいかない。
真っ黒ドブ色に沈んでいた携帯端末の画面を点灯させると、『ガチャを回しますか?』と悪魔の囁きのようなメッセージが浮かんだ儘でいる。神様仏様だけではない、悪魔だって天使だって存在の証明が出来ない。それでも、推しは、存在しているのだ。此所に。そう固く信じて、コンティニュー!
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