jujutsu
name change!
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「――恵くん、おんぶして。」
そう強請ると、傍らの恵くんは眉を顰めた。視線が私の足元へと落ちる。
「さっきの、矢っ張り、足捻っていました?」
「あれくらいでそんな事にはならないよ。ぴんしゃんしています。」
「じゃあ自分で歩いてください。」
顔を上げると同時に、私の我儘はぴしゃりとはたき落とされた。
――あの後。私達は補助監督の方が運転する送迎車に乗り込み、呪霊被害が出ていると言う小ぢんまりとしたレジャーランドに到着した。本日は私達が来るとの事で臨時休業にしたようで、園内には人っ子一人居なかった。その中で、『立ち入り禁止』の札が掛けられ、チェーンで厳重に封鎖され人払いをされた、おどろおどろしい見掛けのお化け屋敷こそが、今回の仕事場であった。補助監督の方には念の為にパーク全体を覆うように帳を下ろして貰い、早々に二人で仕事に取り掛った。取り掛かったのだが。とんとん拍子に事が運ぶ方が稀の呪術師家業と言えども、まさか、事前に聞いていた一級呪霊の他にもう一体、三級とは言えども立派な呪霊が他の施設から出て来るなんて、思いもよらなかった。それでも、容易――とは言い切れない迄も、迎撃は叶った。それは良かった。……良かったのだが。
任務を梯子し、思いがけない戦闘に遭い、園内を駆け回ってへとへとに疲れた。そんな私の主導で、恵くんと二人、帳が上がってもこうしてパーク内にとどまり、出口への行き掛けに設置されていたベンチで休憩しているのであった。私が座り込んだ瞬間に、恵くんは、「ここで休憩するよりも、早く帰った方が良くないですか?」と正論の直球を投げて来たものだが、「帰る為の英気を養わなくちゃ帰れないよ。」と口にする尻に根を生やした私に諦めたようだった。
それから暫く、肩を並べて腰掛ける私達の世界には、静寂が横たわっていた。何方から口を開く事も無く、二人して無言で、ぼんやりと何とは無しに視線を遊ばせる。
閉園後の遊園地は、何所か物寂しい。普段は賑々しく騒めいている筈の人影は、今は私達以外に無く。代わりに、斜陽に照らされたアトラクションの影が園内を犇めいている。その影を縫って吹く風の心細さは、先程のお化け屋敷の中にあったギミックにも似ていた。
そう、お化け屋敷。あの暗い暗い施設内での呪霊との戦いで、恵くんは――。
思い返して、冒頭の台詞が転び出たのであった。だが、熟考の余地無く断られた。
いやいや、彼は思春期の男の子だ。年上の女性との接触を恥ずかしがっているだけだろう。決して、決して私は、五条さんの様に人望が無い訳ではない。そう納得出来る理由を発見したので、正否を確かめるべく、そろそろと恵くんを窺ってみる。普通に面倒臭そうな表情をしていた。普通にショックを受ける結果となった。こうなったら、恵くんが立ち上がった瞬間に背中に取り付いてやろう。決めた。
むっつりと黙り込んで時を待つ私の姿を、拗ねている、と取ったのだろうか。恵くんは、長く、長く、それはもう長い溜息を吐き出した。そして、苦々しい声音で、ぼそり、と。
「……車迄ですよ。」
すっくとベンチから起立すると、恵くんは一歩踏み出して、それから此方に背を向けてしゃがんだ。「とっとと乗ってください。」と打っ切ら棒な台詞付きで。
「うん。お邪魔します。」
人が好いなあ。とは、口には出さなかった。断ってから、その背に身を預ける。
数時間前にしつこく言い寄って来る男から庇ってくれた背中は、その時は頼もしく見えたものだが、いざ触れてみると、未だ骨格が幼かった。そうして実感する。
――そうだよ。君は、未だ十五歳の男の子なんだよ。
先程の事が思い出される。恵くんの肩に置いた手に、つい、取り縋るみたいに力を籠めてしまった。それを気にする事無く――否、それを確かめたからこそなのだろう。私の両の膝の裏に腕が回される。そうして彼は、ぐ、と立ち上がった。一気に目線が高くなる。
具合を整える為に一度背負い直した後、恵くんは丸で危な気の無い足取りで観覧車を、コーヒーカップを、ジェットコースターを通り過ぎて、遊園地の出入口へと速やかに歩を進める。
「――ねえ、恵くん。」
「はい。」
「私はちゃんと重いかな。」
恵くんの足が止まり掛けた。
目に見えて減速した歩調は、最適解を探る事にリソースを割いている為なのだろう。もう少しだけ言い方を考えてあげれば良かったかも知れない。
「……………………人並みには。」
余りにも長い沈黙だったので、この儘黙殺されるかと思ったが、非常に言い難そうに応えがあった。
何とも可笑しいぎこちなさであったので、私が打った、「そっかあ。」と言う相槌が、笑い声とほぼ大差無いものとなる。
それが気に障ったのだろうか。恵くんは問いを投じる前よりも、随分と歩き具合が早くなった。わかり易くて、殊更に愛おしさが募ると言うものだ。
胸から込み上げて来る笑いを堪えて、彼の耳に顔を寄せる。
「ごめん、ごめん。つい。」
「……これに限っては、謝るの、俺の方じゃないですか?」
「ううん。意地悪しているのは私の方だから。」
「まあ、そうですね。」
「手厳しいなあ。恵くんは。」
足早となったお陰で、じわりじわりと、出口近くに回された送迎車の輪郭が早くも見えて来た。
嗚呼、もう時間切れか。肩に置いていた手を首に回して、抱き締める様にして恵くんにしがみつく。「苦しいんですけど。」と文句を口にしているが、無視をする事にした。
この仕事が終わったら、顔を合わせる事は当分無いだろう。次、と言うものが無い事も充分に有り得る。私達は呪術師なのだから。
だからこそ、これが君に心を預けている人間の重みだと、今、知っておいて欲しかった。
恵くんは優秀だ。任務で易々と命を落とすとは思えない。けれども、何か重石をつけておかなければ、彼はあっさりと自分の手で命を手離してしまうのではないか。この不安が杞憂であれば喜ばしい。でも――この戦いの最中に垣間見た、決死の瞳。あれは、こうして焦燥に駆られてしまう程には、真剣だった。
例えば。好きだよ、と告げれば、このぬくもりは私の世界から失われないのだろうか。少しは楔として機能するのだろうか。
車迄、後、百メートル程。
「――恵くん。」
「何ですか。」
「今日は、色々と有り難う。迷惑を掛けてごめんね。」
「別に、迷惑は掛けられていませんよ。これ以外は。」
肩を竦める事で、拘束とも言えるくらいに締め付けている私の腕を示す。その仕草が小憎たらしかったので、ぎゅうぎゅうと更に力を込める事にした。
次が有るにせよ無いにせよ、そんな呪いを掛けるのは、今は未だ、躊躇われた。その代わりに。
6/99ページ