jujutsu
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教室いっぱいに充満する昼下がりの空気は、平和そのもののにおいがしていた。余りの穏やかさに気を弛ませた口が、ぽっかりと欠伸をする。それが悟さんに、傑さんに、硝子さんにと満遍無く伝染して行ったものだから、一つの机を囲んで皆で顔を見交わしてゆるうく笑い合った。
「――夢子は、何か欲しいものはある?」
四人で共有する暇を埋める為の世間話の最中に、傑さんから自然な調子で話の流れを向けられる。「そうですね。」。私が前置きするなり、三人共、平時とは打って変わってすっかり押し黙ってしまった。これこそは自らの呼吸音にも気を遣っているかのようなだんまりっぷりである。視覚からも回答を聞き逃すまいとの意思をも強く感じる、じい、とした六つのまなこに穿たれると、思わず身がきゅうと縮こまってしまう。何だろうか、この圧は。格別な力を持つ面々に揃ってそうされると、何も悪い事はしていない筈なのに額に冷や汗が滲み出て来るような心持ちになる。
蛇に睨まれた蛙に同族意識が芽生える中で、「そう、ですね。」。欲しいもの。雑誌に載っていたあの白いスカートは可愛かったな。そう言えばお気に入りのブーツの底が大きく磨り減っていた。ネットサーフィンで見掛けた限定コスメも気になっているし、そろそろ新しい携帯電話に機種変更したい頃だ。今、話題で持ち切りのドーナツも食べてみたい。美味しいコーヒーが淹れられるコーヒーメーカーが食堂に在ったら皆も喜ぶだろうか。種々様々なものがぽんぽんと頭の中を飛び交うけれども、ぱ、と浮かんだものは矢っ張りこれだ。
「運転免許、ですね。」
「「「運転免許。」」」
三人は声を重ねて私の回答を復唱するのであった。
居心地の悪かった圧迫感が奇麗さっぱり消え失せた事に小さくちいさく安堵の息を吐いたが、今度は三人で何やら目配せをして、気不味そうな雰囲気をめぐらせている。私と肩を寄せ合うようにして座っていた硝子さんが、ひっそりと足を動かした。向かいの悟さんのつま先を小突いている。それを受けた悟さんが、隣の傑さんの脇腹を肘でつついたのが見えた。そうして傑さんが困った様子で空に視線を遣った所で、漸く、おや? と感付いた。脳内に貼り出したカレンダーの日付を確かめると、今日は私の誕生日の丁度ひと月前だった。如何やら私は探りを入れられているようであった。知らずとは言えども、誕生日プレゼントとして送るには現実的ではないものを答えとして出してしまった。空気が読めずに申し訳が無い限りだ。しかし、気付いてしまうと身体は正直で、顔全体で自分は果報者だと喜びを表しそうになる。それではサプライズを企画しているらしい彼等に悪いのではないか、との思いが忍耐の助けとなってくれた。浮かれる気分を調える為の咳払いは態とらしく響く事になったものの、「ええと、」。
教習所に通う為の新しい鞄なんか欲しいやも知れません。そう訂正を入れようとしたその時、扉の滑る音が教室内を横断した。のっそりと顔を覗かせた夜蛾先生が私の名前を呼ぶ。後で話が有るのだと前以て聞かされていた事を、今更ながら思い出した。
「ご指名だってよ。」
「じゃ、話の続きはまた後でー。」
「行ってらっしゃい。」
用意した代替案は引っ込めて、「行って来ます。」に差し替える。腰を浮かせると、三人共がひらりひらりと手を振って見送ってくれた。悟さんだけは、疾っとと行ってしまえ、とでも言いたそうな手の振り方だったので少しだけむっとしたが、何時もの斜に構えたやつだと放って、夜蛾先生のもとへとゆく。「邪魔をして悪いな。」と厳つい顔に決まりが悪そうなコントラストを付けて謝られてしまった。気にしないで欲しい、と首を振り、私は先生と連れ立って隣の空き教室に移るのであった。
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「――車で良いんじゃねーの?」
「大きい買い物だな。気を遣わせるんじゃあないか?」
「気にし過ぎだろ。アイツだって、呪術師がどれだけ貰っているかわからない訳でもないんだから。」
「ねー、車だったらこれが良いんじゃない?」
「どれ? おっ、アメ車。」
「車にするにしても、免許を取りたてでいきなり外車に乗るのはハードルが高くないかな。」
「えー。格好良いじゃん。」
「個人的な趣味かよ。じゃあ、俺はこれで。これくらいデカけりゃ足伸ばせるだろうし。」
「五条は五条で自分の都合じゃん。」
「うーん、大型車も難しいんじゃあないか?」
「却下してばっかの夏油のチョイスは?」
「ええ……この車とか?」
「無難オブ無難。」
「つまんねー。」
「こんなところに面白さ求める?」
「て言うかさー、そもそもここにいて車の免許って要る?」
「アシがあったらコンビニ行く時に便利じゃね。」
「だったら原チャリで充分じゃん。」
「そう言われると確かにね。個人的な遠出用に、とかかな。」
「北海道とか?」
「それは悟が行きたいだけだろう。昨日聞いたよ。」
「ルタオのドゥーブルフロマージュが食べたいんだよ。」
「それくらい通販しなよ。」
「硝子。出入りの業者以外の配達員を高専に入れるな、と夜蛾先生に怒られた事をもう忘れたのか?」
「あれは五条がピザ取ったのが悪いんじゃん。」
「追加で頼もうって言い出したのはオマエだろ。で、夢子が麓迄受け取りに行こうとしてバレた。」
「あの時の夢子の顔、酷く青褪めていて気の毒だったな。一緒に行っておけば良かったよ。」
「俺の名義で注文したんだから、だったら俺が行ったわ。そしたらへまもやらなかっただろ。次はアイツが拒否っても聞いてやらん。」
「次があったら駄目だろう。」
「あー、ピザの話してたらピザ食いたくなって来た。」
「授業が終わったら食べに出る?」
「いや、そーじゃなくてさあ。免許があると転職で有利に働く場合もあるよね、って話よ。」
「……転職?」
「補助監督にか?」
「一般社会のフツーの会社にだよ。今の夜蛾先生の呼び出しだって、実は進路相談かもよ。」
「――硝子、オマエ、何が言いたいわけ? 今直ぐ乗り込んで引きとめろってか? 昼ドラ観過ぎかよ。」
「まっさかー。五条も夏油も今の内に告ったらどう? って焚き付けてるだけだよ。」
「はあ!?」
「何でそう言う話になるんだ……。」
「だって、もしも夢子が本当に術師を辞めるつもりだったら、接点なんてあっさり無くなるよ。」
「……。」
「……。」
「まともな会社に入ったら二人みたいな性格破綻者じゃない、真っ当ないい男なんてごろごろいるでしょ。」
「……。」
「……。」
「で、どーすんの? サイキョーの呪術師サマが揃いも揃って一生ヘタレな儘でいんの? こっちはもう、ヤロー二人がちまちまと牽制し合っているのを見るのも、いい加減に飽きて来たんだけど。」
「誰がヘタレだ、誰が。」
「娯楽にしないでくれ。それに、告白するにしてもタイミングがあるだろう。」
「だから、今、丁度良いイベントの話をしているんじゃん。」
「俺達にリボン巻いて告りに行けって?」
「私だったらこんなにデカいプレゼントはパスだけどねー。」
「アメ車よりはコンパクトだわ。」
「一先ず、プレゼントはもう少し別のものを考えようか。」
「あー……じゃ、指輪とか?」
「うわ。急にロマンチックになりやがった。」
「と言うか、幾ら何でも指輪って。」
「うるせぇよ。俺の給料三ヶ月分の指輪なんて絶対面白い事になるだろ。」
「個人で贈るのかよ。しかも婚約指輪。まあ、確かに見てみたい気はするけどさー。」
「硝子に同じく。」
「余裕あるねー、夏油。」
「指輪はやめておいた方が良いとは思っているよ。悟、夢子の指のサイズ、わからないだろう。当てずっぽうなオーダーでは不恰好な仕上がりになるよ。」
「これから測るから問題無い。」
「難しいんじゃあないかな。私が阻止するからね。」
「――へえ。ウケ狙いにしては微妙なラインのジョークじゃん。」
「残念ながら本気だよ。」
「やるなら外でやれー、外で。」
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憚る事の無い侃々諤々とした声は此所迄よく届いた。届いてしまっていた。
私が運転免許を求めたのはこの呪術高専を卒業した後の身分証明書を求めての事で、原付免許迄は頭が回らなかっただけの事で、夜蛾先生のお話とは私が今度受け持つ事となる任務についての事前説明なのだが、随分と話が拗れたものだ。
「……その、なんだ。俺は場合によってはあの二人を止めに戻るが、ここで待っているか?」
聞こえて来たとは言えども聞いてはいけない話を立て続けに、それも予想だにしなかった方面からの豪速球をぶつけられて頭を抱える私を、遂に見ていられなくなったのだろう。夜蛾先生が気遣わしそうに切り出してくれた。間らしい間とならない短い時間だけ迷った後に、項垂れるのと紙一重なさまで首肯する。
「もうこの儘、任務に高飛びしたいくらいです。」
「高飛びと言っても次の任地は隣県だぞ。」
無理も無いか、と机上に広げられた資料に静かな溜め息が落とされた。今しもこの教室の壁を突き破ってしまいそうに白熱している向こう側の騒ぎも相俟って、何とも居た堪れなくなる。
熱くあつく火照る顔を手団扇で扇ぐ。今度ばかりは知らぬ存ぜぬの素知らぬ振りを貫いて教室に戻れるか、わかったものではない。
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