jujutsu
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「本日は快晴となるでしょう。」なんて、今朝のニュース番組で堂々と宣っていた気象予報士を出せ。今直ぐにだ。
風景が白く煙る程のざんざん降りを前に、無力な私は、沸々と呪力を練り上げる事くらいしか出来なかった。この儘では呪詛師と成り果てかねない。その前に暴雨が忽ち上がってくれたのならば誰一人として不幸にならないのだが、生憎と望みは薄いようである。
免許剥奪の上で追放か、濡れ鼠か。迷う迄も無い二択ではあるが、傘と言う防具の無い儘にこの機関銃の掃射が如き雨天の下へと身を曝すのは、余程の覚悟が要った。意味を成さない事は承知で鈍色の空を睨み付けていると、突如として、ひょ、と。長く黒いシルエットが視界を遮った。――本当に、神出鬼没だ。
「何してんの? こんなゲリラ豪雨の中で。」
狭い軒下にぐいぐいと身を滑り込ませると、悟さんは肩に掛かった飛沫を払いながら尋ねて来た。
見た所、傘は携えていない。天気の急変にやられて逃げ込んで来たくちだろうか。もしも傘を持っていたならば、其所迄入れて貰うか、貸して貰うかしようと算段を付けたのだが、当てが外れてしまった。
一縷の望みが潰えた事に項垂れたが、その際に目に入ったポインテッドトゥの爪先は少しも濡れていやしない事に気が付いた。見てみると、この夕立の中を傘も無しに来たとは思えぬ程に、悟さんはからからとしている。一体どんな撥水能力だ。疑わしい視線を彼へと向ける。すると、それを雨音で聞こえなかった為に聞き返している仕草と取ったのであろう。「どしたの?」ともう一度、訊き直された。
「……如何したもこうしたも、傘が無くて立ち往生しています。」
「あらら。カワイソー。」
「そう言う貴男も傘を持っていないようですが。」
「僕は、ほら。水も滴る良い男だから。」
決め顔をしている所を悪いが、理由になっていない上に水も滴っていない。眼帯によって上げられた毛先から爪先迄を一通り眺めてから、憎まれ口と事実とを綯い混ぜにした一言を口にする。
「何所がですか。」
「僕の魅力がわからないなんて、人生、大損してるなぁ。」
丸で、感性の乏しい残念な生き物を見るようではないか。眼帯の向こう側から注がれる憐憫の眼差しには、愛想笑いも面倒になってしまった。「そーですね。」と薄っぺらい返事をして受け流す。そんな素気無い態度を取ったものの、彼の気には然して留まる事が無かったようである。何事も無く、悟さんはこの建造物の入り口を親指で指し示した。
「やむまで中に入ってたら? 濡れるでしょ。」
「水も滴る良い女でしょう。お気になさらずに。」
「良い女に風邪引かせらんないって言ってんの。」
何時もの軽口と思いきや、僅かばかりの真剣さが確かに感じ取れる口調であった。仮令殆どが冗談で構成されていたとしても、不意を打たれては参ってしまう。気遣われる甘痒い気持ちのよさがじわりじわりと襲い来るものだから、咳払いを一つ。弛もうとする口元諸共に制する。
「これからお仕事なので、ここで長々と待ってもいられません。」
「ふーん。間の悪い事で。」
「本当に。直ぐにでも行かないとならないのに。」
そう発して、自分が置かれている状況を再認識した。ポケットから携帯端末を取り出して時間を確認してみれば、予定時刻迄、もう間も無い。思わず舌打ちを一つ飛ばす。背に腹は替えられない。白雨の中を突っ切るより無いか。
相席していた悟さんに別れを告げようとする。それよりも先に肩を叩かれた。見上げると、未だ一向に衰えを知らない雨脚激しい景色――その先の先の先に在る駐車場の方向を指して、悟さんは事も無げに言う。
「送ったげよっか。」
「え、ええ……? でも、傘は?」
私が困惑の声を上げている間にも、悟さんは躊躇無く、土砂降りの中へと歩を進めた。軒の庇護から抜け出る。だのに濡れそぼるような事は有り得ず、雨の方が避ける様にして彼の周りに弧を描いた。ぽかんと目を見張る私に向けて、彼は、「ね?」と腕を広げて見せる。――成程。此所迄身一つでも濡れずに来られたのは、そう言う訳であったか。全く、便利な術式だと感心する。愉快そうに上げられた悟さんの唇の端のさまは、悪戯を成功させた時の子どものそれのようだった。
「おいで。」
だと言うのに、伸べられた手と言葉は、これからエスコートでもするかのように優しい。これがギャップと言うやつか。頭の片隅を強かにやられながら、一歩、二歩。雨滴が頭頂を打ったのは、一瞬だけの事。悟さんの傍らにゆくと、其所はもう、絶対の安全圏だった。いざなった腕に迎えられて、肩を抱き寄せられる。迂闊に離れて濡れないように、との配慮が為したのであろうか。相合い傘でするみたいだ、と思うと、つい気恥ずかしくなるものである。
「水が滴らなくても良い男だなー、って言いたそうな顔してるね。」
「そうでなくもない、ですね。」
「お。手応え有り。相合い傘効果?」
「……傘、と言って良いんですか。これは。」
「相合い術式だと語呂が悪いじゃん。」
「確かに。」
他愛の無い会話、近くちかくで笑い合う。
こんなにも憂鬱な俄か雨だと言うのに。これから陰鬱な仕事に向かうと言うのに。駐車場迄の約数百メートルの距離をゆく今、このひと時の心模様に限っては、あの気象予報士の言う通りに快晴となったのであった。
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