jujutsu
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熱い吐息で接吻を交わしてから、男は寝台へと倒れ込んだ。身体を繋げていた女の肩に触れる。首筋に触れる。うなじに触れる。汗ばんでしっとりとした肌理を楽しみ、乱れた髪を手で梳かしてやろうとした所で、撥ね除けるようにして身を起こされたものだから、思考に掛かっていた甘やかな霞が悉く打ち払われてしまった。
そして怪訝の念を抱く間も無く――これだ。
目の前でうごうごと丸まる、彼女。
あれ程に睦み合った後とは思えない、鬼哭啾々と言ったさまで啜り泣く声が漏れ聞こえて来ると、然しもの最強と名高い男の頬も、一体全体何事かと強張りを見せるのであった。
「どっか攣った?」
もぞもぞと頭が横に振られる。
「痛かった?」
同じく。
生っ白い塊となった女はぐすんぐすんとあわれに泣くだけで、丸きり要領を得ない。ほとぼりが冷める迄放って置くべきか。行為後の気怠さも相俟って、脳裏に浮かんだ『思考放棄』の選択肢へとカーソルを遣りかけた男だったが、それはそれでそれなりの御不興を買いそうだと思い直した。
「……取り敢えず、服着よっか。」
苦し紛れの提案をすれども、うんともすんとも返事が無い。予測していた通りであったので気にはならなかったが、彼女の姿かたちだけが男の目に毒であった。今の今迄さんざっぱらまさぐり合っていたのだから、目の遣り場に困ると言う事は無い。無いのだが、女の格好と言えば、裸で土下座でもしているかのようなそれである。間接照明の柔らかな明かりに舐められた背中の仄々とした白さたるや、今や、匂いやかな様相とは掛け離れて無惨なばかりで、しゃくり上げる毎に震える華奢な肩などはまったく見ていられるものではなかった。
一人寝にも二人寝にも広い、自身の夜の領土である悠々たる寝台の上を、男は目視ですらりと探索する。キングサイズのベッドの端っこで従順に留守を守っていた二人の衣服は、先のシーツの大津波に襲われて、不憫にも揃って床に押し流されていた。縁迄行って見付けたその重なりようと言えば、数分前の男女の似姿であり、現在にも似通っていた筈の有りさまであった。
――何でこんな事になってんだろ。 男は溜息と苦虫を一緒くたに奥歯で噛み潰した。下穿きを掬い上げてさっさと身に着け、部屋着である黒色のスウェットパンツを穿く。残るスウェットシャツと共に女の抜け殻も引き上げたものだが、少し考えてから、彼女の剥き出しの背にはスウェットシャツの方を覆い被せた。何時起き上がるかわからない以上、肌を隠す布の面積は大きい方が良いだろうとの判断であったが、その心遣いは直ぐ様に男に報いた。背がぬくもるに従って、女が、折っていた身なりをゆっくりと正したのだ。洟を啜り上げるその背筋は未だ幾分撓ってはいたが、衣が引っ掛かる程ではない。
柳腰の周りにたごまる事になったスウェットシャツを回収すると、男はその儘、自分ではなく彼女に被せた。黒い照る照る坊主のような風体でひと頻り鼻を鳴らしていた女が、のそのそと袖に腕を通す。袖口から小さなちいさな指先が覗くなり、男は透かさず攫った。
「――もしかして、嫌だったりした?」
だぼつく袖をまめまめしく折ってやりつつ、男は女の様子をつぶさに窺う。知らぬ内に無理を強いたのでは、と案じるだけで、男の胸は火傷を負ったかのようにひりひりとした。
重たい沈黙の中で、今宵のみそかごとを思い返す。確かに、いやだいやだとほろほろと涙を溢れさせていたが、それを生み出しているのは羞恥の心であると、そう決め付けていたきらいが有ったやも知れない。悔悟を控えさせながら、項垂れるまろいこうべの動向をじいっと見守る。
「……嫌では、なかったです。」
掠れたささめき声を伴って小さく揺らされたかぶりに、男は一先ず、安堵の息を吐く事を許された。
両の袖を調節し終えた所で、改めて女へと尋ねる。
「じゃあどしたの。」
「――はい、」
「はい?」
「はいらなかったから……。」
ぼたり、と。露わな膝頭に新たな大粒の涙が落ちる。
次第に豪雨も斯くやの雨足になってゆくのを、何所か遠くの出来事のように見詰めながら、「はいらなかった。」。男が復唱する。
「挿入ったけど……何? あの質量で気づかないって事ある?」
「ある訳がありますか。お腹、いっぱいいっぱいでした。」
「だよね。じゃあどう言う意味の「はいらなかった」?」
後頭部に向かって質すと、膝の上の細作りの手が、きゅう、と握り締められた。そんなに握っては割れてしまいやしないか、と思わせる力の込めようは、今しも身の内で爆発しそうな鬱憤を御しているかのような必死さが有った。ぎりり、と食い締めた歯の鳴る音が、二人の間の静謐に亀裂を入れる。
「……全部は、挿入らなかったじゃあないですか。」
「そりゃあねぇ。」
「そりゃあねぇ!?」
泣き伏していたおもてが、がばと上がる。今度は女の方が素っ頓狂な声で復唱する番であった。
日本人女性の膣の長さは、平均すると八センチメートルから十センチメートル程。そして日本人男性の陰茎の長さの平均は、十三センチメートルから十五センチメートル程と言われている。小柄な彼女はその範疇におさまるのだろうが、対する男はと言えば、日本人離れして恵まれた体躯に相応しく、平均の値を容易く超えていた。
こればかりは持って生まれたものである以上、如何しようも無い。
それに、二人がまぐわうのは、何も今夜が初めての事では無いのだ。
今迄もこうしてやって来たからには何所迄も今更な問題提起であったので、男は当然と頷いたのだが、女にとっては余程に重要且つ深刻な問題のようだった。
「何ですか、それは。ヨガにも縋って、それでも駄目だった私を無力だと笑っているんですか!?」
先程、何とか堪えた鬱憤とは、男ではなく己を責めるものであったのだろう。癇癪玉の爆ぜる勢いに乗って男に詰め寄った女の濡れた瞳は、よくよく見れば口惜しさでちりちりと焦げ付いていた。
「笑ってないけど……あー……何でいきなりカーマ・スートラなんて読み始めたのかと思ったら、そういうこと。」
きんきんと響く八つ当たり声の内容には本当に笑いが込み上げて来たものだが、男は視線を宙へと逸らす事で衝動を去なした。
此所最近、彼女が家入のもとに足繁く通っていたのも、医学に希望の光を見出だしての事なのであろう。その旧友と顔を合わせた時に、「こんな男のどこが良いんだろうね。」と渋く渋い顔で罵倒された記憶に、男は漸く合点がいった。
出産に際してもわかる通りに、膣には伸縮性も柔軟性も有るものだが、それでも男の全てを包み込むにたり得ない。それを女は深く深く悩んでいたのであろう。この追い込まれようでは、ともすれば、身体を重ねる度にずうっと気に懸けていたと言う事も有り得た。
いじらしい事ではあるが、男にとってその懸念は無用の長物以外の何ものでも無い。女を曇らせる杞憂を振り払うように、気楽なさまでひらひらと手を振る。
「気にしないって、別に。人よりデカいのはわかりきってた事だし。」
彼と彼女との間には大きな体格差が有る。
念入りな前戯と、時には潤滑剤の手伝いが無ければ、彼女の身体に相当の苦痛を強いる程の体格差が有る。
挿入に至る迄にも至った後にも気を遣う事を強いられたが、男がそれを苦だと、億劫だと感じる事はついぞ無かった。埋められない数センチメートルを寒々しく思った事は無い、と言えば嘘にはなるが、指先一つ、舌先一つで彼女を快楽の淵に追い遣る悦びは、それをも忘れさせる程に彼を火照らせたし、何よりも、飢えを補って余り有るくらいには女の事を慈しんでいるのだ。
だのに、目の前に御座す当の女の眦は意固地にも吊り上がっているのだから。男の唇からは自然と嘆息がこぼれた。
「私は気にします。全部ぜんぶ受け入れたい女心が気にさせます。」
「あんなに咥え込んでも未だ足りないなんて、随分と欲張りな女心だ。」
「……だって、もっと深く受け入れられる現地妻でも作られたらと思うと……。」
「現地妻て。発想の飛躍が酷いな。って言うか、僕のイメージが酷過ぎない?」
「だって……だって……。」
女癖が悪い事は無いのだが、普段の奔放さが性へのそれとも結び付けられているのだろうか。何とも心外な事ではあったが、ふた度、べそべそと泣き腫らす女を前に、男は如何したものかと首筋を摩った。
――その内、内臓上げでも習得するとか言い出しそうだな。 強ち外していない予想だと思えた。それが現実的な手段かは扨措いて、慕い寄せられるその直向きな愛情は、男の自尊心を甘痒く擽るものではある。大きな誤解こそ有るようだが、愛想を尽かされまいとする健気さの、なんといとおしい事か。
意地悪く弛みゆく頬を片手で制してから、男は、思い詰めて悄々と萎れゆく女へと腕を広げて見せた。ぱちくりとまなこを瞬かせる女が、胡乱そうに男の肩から鎖骨の辺りを睨めて、それから薄闇の中の蒼の双眸を見据える。
「何ですか。」
「そんなに言うんだったら受け入れて貰おうかなって。ほら。」
手を軽く上下させて、男が催促する。
意図を察した女は、しかし、尤もらしく顎に手を遣ってしみじみと呟いた。
「……体格差的に私の方が受け入れられている感じになりませんか。」
「面倒クサッ! いい子だから大人しくこっち来な。」
待ちの姿勢を解いて、男が手招きをする。失敬な一言に眉をきつく歪めながらも、女はすんなりと男に躙り寄った。
胡座をかく膝にちょこなんと尻を下ろした、スウェットシャツ一枚を纏った女。男は衣服の隔たりを惜しむように、或いは超えるようにして、その身体を抱き締めた。涙で濡れた頬が胸を冷やすのも気にせずに、ぎうぎうと。女はもごもごと何かを言い募ろうとする素振りを見せたものの、遂には噤んで、おずおずと彼の広い背中に腕を回すのであった。
媾合の焼き直しのようなそれを合図にして、男は女を引き連れてベッドへと縺れ込む。掻き抱いた頭を撫ぜて、今度は抵抗の無い事を確認すると、努めて優しい声で語り掛けた。
「僕とセックスするの、嫌?」
「そうだとしたらこんなに悩んでいません。」
「そ。だったらホント、気にしなくて良いから。変な義務感を持たれて、それで嫌気が差された方がよっぽど傷つく。おわかり?」
「……はい。」
「わかればよろしい。」
如何にも不承不承と言った声音であったが、言質は取れたので良しとした。
カーテンの向こうには藍色の天幕が張られており、朝の訪れには未だ猶予が有る事を知らせていた。男は丸い頭から滑らせた手で、女の背を、ぽん、ぽん、とゆったりとしたテンポで叩いて、ひと眠りしようと言外に示す。
こうして抱き締めていてやれば、草臥れている彼女の事だ。直ぐに寝息を立てるだろう。そう当て込んだ男であったが、それは彼の身上にも同じ事だった。引いていた事後の倦怠感の波が、横になった事で一気に押し寄せる。欠伸を一つ。女もまた、男に釣られて欠伸を漏らした。――親しい間柄になればなる程、欠伸が移り易くなるって、何かの記事で見たな。 そんな事を不図、男は思い起こした。
足元で邪魔にならぬよう身を潜めていた上掛けを、男は器用に足で繰り寄せる。女が寒がらぬように肩迄掛けてやり、続いて彼自らも潜り込んだものの、甘えるように擦り寄る女の体温が素肌に染むと、少し暑いくらいに感じられた。
溶け合う体温に安心感を引き出されたのか、早くもうとうとと船を漕ぐ腕の中の気配に倣って、男も目蓋を伏せる。感覚を一つ閉ざすと、背中に付けられた爪痕の、じりじりとした痛みが引き立った。眠りに落ちゆく女を隙間無く引き寄せて、男がそうっと微笑む。
数センチメートルよりも遥かな隔たりを超えているくせに、と。
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