jujutsu
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次の任務は、少々込み入った話が絡んでいるようである。事前説明の為に、私は指定された部屋へと移動していた。何時帰って来られるだろうか。時間が掛かるようであれば、お願いしたお菓子は今、受け取っておきたい。メッセージアプリを開いてその旨をしたためて、お使いを頼んだ彼へと送信。直ちに既読の知らせが付いた。間髪入れずに、「わかりました。」「どこに居ますか?」との返信が届く。部屋の場所を伝えて、到着するお菓子に今から胸を躍らせる。出来た後輩を持った私は果報者だなあ、と無茶を聞き入れてくれた彼へと感謝しながら、携帯端末をポケットに突っ込む。
「随分とご機嫌だね。夢子。」
「げ。悟さん……。」
「ご挨拶だなあ。流石の僕でも傷付くんだけど。」
端末を操作していたから気付くのが遅れた。前方から遣って来ていた悟さんは、大仰に胸を押さえてみせる。よもや、お菓子の気配を察知して現れたのだろうか。取り分が減る可能性に警戒度を天井迄引き上げる。
「私、これから次のお仕事の説明が有るので。急ぐので。これで失礼いたします。」
そそくさと脇を抜ける。悟さんは転進すると、私の後を付いて来た。
「……何か用ですか。」
「付き添ってあげようかなって。」
「暇なんですか?」
「いやいや、まさか。僕、特級呪術師だよ。」
「ですよね。じゃあお仕事に戻ってください。」
「働き詰めは身体に悪いでしょ。っつーコトで、今から休憩しようと思っていたところだったんだよね。いやー、丁度良かった!」
悟さんはからからと笑って、私の肩を押して部屋へと急かす。何が丁度良かったのかは知らないけれども、掴まれた肩から、何が有っても付いて来る気だと言う事は知れた。最早、出会ってしまったのが運の尽きであった。サイトで入念に見たお菓子の概要から、内容量を思い返す。一つくらいならば悟さんに取られようと……否、買って来てくれた彼にもお駄賃として幾らか渡すのだから、妥協しては……。算数に悩ませられる頭脳に、「この辺?」との声が差し込んだ。顔を上げると、目指していた部屋はもう目と鼻の先であった。そうして、結局、揃って入室する事と相成った。藺草の香りで迎えてくれた畳敷きの小部屋で、私は正座で腰を下ろす。尚も諦め切れなかった。彼がこの部屋を訪れる前に、如何にかして悟さんに御退室願えないものか、と。しかし、頭を回せども回せども妙案は浮かんで来ない。そんな苦悩を知ってか知らずか、悟さんは私の直ぐ近くでごろりと横になったのである。
「ええー……寝る気ですか? これから説明が有るって言いましたよ。」
「横になるだけだよ。」
「寝入る時の常套句じゃあないですか。」
「じゃあ、膝枕して。」
じゃあ、とは。頬杖を突いて此方を見上げる悟さんの姿は、何時も見上げている側からしてみるととても新鮮で、ともすれば不思議とよい気分にすらなる。が。
「前後関係がおかしい。」
「この部屋には枕が無い。理由なんてそれで充分でしょ。」
「仮眠室ではないんですから当然でしょう。そんなにも寝たいのならば、枕の有る自室にでも如何ぞ。」
正論の弾を放つ。正面から受けて沈黙したかと思えば、不図、眼帯の下の双眸は入り口の方を見詰めた。「……あ。」。意味深長な音である。もしかして、私の待ち人の足音でも捉えたのだろうか。その視線に倣う。一拍置き、二拍置いても戸は動かない。遂に三拍置こうとした時、太腿がずしりと重くなった。やられた。此所最近で一番の顰め面を引っ提げて、騙し討ちで私の太腿を枕に仕立てた悟さんを睨め付ける。
「頭部の重さ、知っていますか? ほぼほぼボウリング玉ですよ。」
「三十分経ったら起こしてくれて良いから。」
「剰えアラーム代わりですか。嫌です。」
「二十分。」
「嫌、と言うよりも無理です。貴男を膝に載せて説明を聞けとでも。」
「良いね、それ。よく眠れそうだ。」
「良くありません。」
ふわふわの白髪頭をぐいぐいと押す。鬱陶しかったようで、直ぐ様、自ずから退いてくれた。この儘退室してくれたならば御の字なのだが――現実は待ち望んでいるお菓子の様に甘くは出来ていないようであった。膝から追い出された悟さんは、身を起こすと、何故だか膝立ちでじりじりと此方に躙り寄って来たのである。反射的に後退しようとして、直ぐ後ろは壁である事に気が付いた。となれば、この部屋唯一の出入り口の方へと意識を向けるのは、当然の事と言えよう。
「……何ですか。」
動揺を気取らせないように、平然を装って問う。だが、本能だけは欺けなかった。手探りで少しずつだが、明確に、一刻も早く出口へ至ろうと身体を動かそうとする。迫り来る悟さんから目を離す事が出来ない。僅かの間でも逸らしたら、その瞬間、取って食われでもしそうな肉食獣の気配を感じるのだ。そして、直感は的中していたようであった。
「何って、逃げられると追いたくならない?」
「獣の理論じゃあないですか。人間らしく、してください!」
漸く直線距離を確保出来た事で、功を焦った。今しも私を覆おうとする大きな影から逃れるべく、駆け出そうと背を向けて――しまったのがいけなかった。たった今、自分で口にしたばかりだと言うのに。獣に背中を見せるだなんて、好きに勝手にしてくれと声高に言っている様なものである。嗚呼、お菓子。私はお菓子を待っていただけなのに。お菓子が私を待っているのに。
転倒。
暗転。
▼
頼まれていた菓子が納められた紙袋を提げながら、伏黒はメッセージアプリを確かめる。指定された部屋へと向かう最中、今回の任務へと赴く前に先輩と交わした会話の内容を思い出していた。
「次の任務、行き先はそこですか。だったら、このお菓子を買って来てください。」「遊びに行くんじゃないんですけど。」「今、人気だそうで、一度食べてみたかったんです。お金は私が出しますし、恵にも分けてあげますから。」「……。」「お願いしますね。」と、その様な有無を言わせぬ経緯でお使いを頼まれていた。
だが、折り悪しく、伏黒が高専に帰還する日と彼女が出張に行く日が被ってしまった。発つ前に菓子を受け取っておきたい、とは彼女たっての熱望であった。移動中にでも楽しむのであろう。誰彼もそんな事をしていたな、と回想を重ねていると、目的の部屋には直ぐに着いた。
「……ここか。」
中からは物音がしないが、人の気配は有る。一人で居るならばそれは当たり前の事か。そう独り言ちて、それでも伏黒は律儀に戸を叩いた。名告る。
「伏黒です。」
返事が無い。はて、と眉根が寄せられる。メッセージの送信時間はつい先程。説明が開始される時刻迄は未だ余裕がある。開始された所で迎え入れそうな彼女ではあるが、それは扨措いて。怪訝に思い、もう一度、ノック――しようとして止めた。微かな声が扉をすり抜けて来た為である。それは女の声ではなく、もっとずっと低い、男の声であった。
「――入りますよ。」
突き動かされる儘、言い終えるよりも早くに扉に手を掛ける。ずかずかと室内に入り込むと。
「あれ。恵?」
「……五条先生?」
そこには描いた彼女の姿は在らず、代わりに、見知った眼帯の男がのんべんだらりと俯せで寝そべっていた。先程の声はこの担任のものであろう。部屋を間違えたかとひと度振り返ってみるが、二度、三度、と確めたのだから間違えている筈が無い。
「ここで何してるんですか。」
「本当は休憩するつもりだったんだけどね。今は予定変更して……かくれんぼ?」
「は……? かくれんぼ?」
隠れる気なんて更々無い格好なのに? 返された答えを繰り返しても、困惑は更に深まるばかりであった。乱雑に頭を掻く伏黒の表情は、苦々しい。煙に巻かれる一方の問答を繰り広げていては、彼女が出立する時間に間に合わない、等と言う事態を万が一にも招きかねない。それは不味い。そう意を決すると、伏黒は単刀直入に切り出す事にした。
「夢子さんからここに居るって聞いて来たんですけど、もしかして、もう出た後ですか。来てないって事はないでしょう。」
「さあ、どうだろうね。――あ、何それ。お土産?」
「アンタのじゃあないんで。」
「ははあ、成程。お使いして来たって訳ね。恵も夢子には甘いねー。」
「……知らないんだったら良いです。こっちで探すんで。」
要領を得ない上に含みの有る風ににやにやと笑われては、苛立ちが鰻登りに募り募る。長息を一つ吐いて遣り過ごしてから、伏黒の切れ長の瞳が、狭い室内をぐるりと見回した。「かくれんぼ」と言う五条の言葉から着想を得ての事であったが、待機以外に使われる事の無い小部屋。隠れられるような場所は無く、また、隠れる意味も無い。何せ、伏黒の手には彼女自身が望んだ菓子が有るのだ。態々受け取りを遅らせる理由は存在しないであろう。
今一度、所在を確認するべきか。伏黒がメッセージアプリを開く。と。振動音、だろうか。くぐもった音が伏黒の鼓膜を掻いた。だが、彼の手の中の携帯端末は震えていない。
「五条先生。スマホ、鳴ってませんか。」
途端に、五条は口笛を吹き始めた。丸で何某かを誤魔化すかの様な仕草である。不審に思った伏黒は、「スマホ、」とふた度、忠言を口にしかけて、そして舌を引き攣らせた。「ン゛ーッ!」と懸命に上げられる籠った音に耳を澄ませてみれば、その出所は五条の下からであり――頬杖の隙間から窺える円い物体は頭部のように見え――それは彼女の頭髪の色と酷似しており――よくよく全体像を見てみると、長い脚がばたつくもう二本の脚を押さえ付けていて――
「――何やってんだアンタ!?」
「あ、バレた。」
「ン゛ン゛ン゛ーーーーッッ!!」
大きな手でしっかりと口を塞がれ、伸し掛かられている彼女が、隠される様にして其所に居た。五条は肘を立てて体重の全てが彼女に掛からないよう配慮しているようであったが、宛ら獅子に戯れつかれているか襲われている人間、と言った様相である。成程、かくれんぼ。すっぽりと覆い隠される彼女にそう感心する遊びも無く、伏黒は五条の肩を力ずくで押した。力負けした訳ではないであろうが、五条は何ともあっさりと彼女の上から退いた。晴れて自由の身となった彼女の腕を引き、伏黒は背に遣って庇う。何時から斯様な目に遭っていたのかは定かではないが、呼吸が乱れている。それが伏黒の胸をいやにざわつかせた。幾度かの深呼吸の後、彼女がやっとの事で伏黒の背に声を掛けた。
「有り難う御座います、恵……。お菓子、買って来てくれたんですね。割れ易いとの評判でしたが、無事ですか?」
「菓子より自分の心配をしてください。」
呆れで凝った声音で端的に突っ込んだ伏黒は、それから、ぎ、と五条を睨み付けた。飄々と笑っているその頭を射抜きかねんばかりの険しさである。
「何しようとしてたのかは知りませんけど、そろそろ時間なんで、出て行った方が良くないですか。」
「それは恵もでしょ。」
「アンタが出て行ったら出て行く。」
「僕が居座るって言ったら恵もここに残る気? 主体性無いなあ。」
煽る様な口調に触発されて言葉を継ごうとする、その瞬前。彼女が袖を引いた。止める心積もりかと、伏黒が肩越しに振り向く。浮かれて煌めく、余りにも場違いな瞳とかち合った。
「恵、一緒に待ちますか? だったら今、お菓子を開けましょう。」
「…………。」
皺が深々と刻まれた眉間を押さえながら閉口する。戯れであったにせよ、貞操の危機とも見紛うつい先刻の出来事など無かったかの様な呑気さ。それに当てられた伏黒の身体に、どっと疲れが押し寄せるのであった。任務帰りでもあるのだ。道理であろう。
彼女はと言えば、疲弊によって弛んだ伏黒の手から此所ぞとばかりに紙袋を取り去ると、大事そうに胸に抱え込んだ。沈黙した後輩から引き継いだ眼差しで五条を見据える。
「悟さんは出て行ってください。分け前が減るので。」
「そんなに食い意地張っていると太るよ。」
「これから動くので!大きなお世話です!」
声を張り上げる彼女に、顰められた伏黒の眉が更にぎうぎうと寄る。そこから補助監督役が説明に訪れる迄の短い間、少年の目の前では、大人達が菓子を巡って攻防を繰り広げるのであった。
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