jujutsu
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すすきの穂先の様な白髪に顎先を擽られる。感覚に素直に、「こそばゆい。」と口にしても、私の胸元を枕にしている彼は、申し訳無さの一つだって感じている気配が無い。それ所か、困り果てでもしている風に悩ましそうに、「うーん……。」だなんて唸っている。なんと嘘臭い。実際、嗅覚の報せ通りであった。五分咲きの桜の様な慎ましやかさが売りである、我が胸部。その感触を知らない訳では無いだろうに、彼は確かめる様に、すり、と頬を擦り寄せる。そして一言。「固いね。」。何が、とは、此方からは敢えて言うまい。
腹の立つ言葉を生成するそのドタマを無理矢理にでも引き剥がすべく、抱き竦められ、横倒しにされ、身動きを封じられた中で、辛うじて難を逃れた利き手を振るう。難無く払われた。だが、反抗を退ける為に、私に巻き付けた拘束具の如き腕――その片方を彼は外した。これは好機、の筈だ。見す見す逃してなるものか。腕の中から脱する為に、素早く身体を捻ろうとする。する。した。びくともしなかった。
チャンスタイムは呆気なく終わりを迎え、斯くして私は、再び、両の腕でぎうぎうと抱き締められ直されてしまうのであった。逃れる術を持たない己のひ弱さを呪うしかあるまい。先程の一言への鬱憤に加えて、八つ当たりをたっぷりと含ませた刺々しい声を見舞ってやる事とする。
「文句が有るならば離れてくださる?」
「寝心地は最悪だけど、密着度は最高だって話だよ。」
ものは捉え様だ。そして、ものは言い様だ。お手軽な事に、感心序でに悪くない気分になってしまう。「へ、へえ。そうですか。」と打った相槌は、自分でもいっそ情けなくなるくらいにわかり易く上擦っていた。
そこに付け込もうとしたのか、そろり、そろり、と私の胸に魔手が這い寄る。今度は私が振り払う番であった。
「揉もうとするな。」
「まあまあ。僕に任せておきなさいって。」
「良いものですか。私の身体ですよ。」
「折角育ててあげようと思ったのに。」
「莫大に大きなお世話です。何ですか。密着度は最高、などと言っていた癖に。」
沈黙。
「あのさ。本音と建前って知ってる?」
「ええ、勿論。まさか、貴男が瓜科の果物の様なサイズの胸がお好みだったなんて。」
「その躱し方、百パーわかってんじゃん。」
態とらしくしみじみと言ってみせると、あからさまな溜息を押し付けられた。
応酬の内に意図は見えてはいるのだ。が、私室で寛いでいた所に突然押し掛けられ、「はい、どーん!」の一言で簀巻きかと言う具合にかたく抱き締められ、その儘ベッドに倒されて抱き枕宜しくの扱いを受け、更にはなあなあな交渉と言う、遣りたい放題。この儘許すのは躊躇われる程に、雰囲気作りが雑過ぎる。雑過ぎるのだが――来訪当初、もしかしたら本当につい今し方迄は、単純に寝床にしようと来ただけで、その気なんて更々無かったのやも知れない。そうなると、切り替えが早いと言うか、何と言うべきか。
此方も負けじと、感嘆だか呆れだかを混ぜ込んだ大きな溜息を吐く。しかし、それを封殺するかの様に、彼は首を伸ばして、頤の先にその唇を寄せて来た。よもや、髪先で擽っていた事に対する謝罪の心算ではあるまい。直ぐにそう理解したのは、次いで喉頸、そして襟刳りを引いて露わにさせた鎖骨へと順々に口付けが施された為であった。「ちょっと。」服が伸びる。険の有る声を出した所で、聞こえぬ振り。そうして身動ぎ一つも許されない儘、骨張った指の先で、布一枚を隔てて肋骨の輪郭をなぞられる。それから脇へと逸れたかと思えば、ウエストを摩られ、背面へと回り込んで悪戯に、焦らす様に背筋を撫で上げて来る。私の背が、無意識の内に弓形に撓む。衣服の上から弄ぶ、その手指の順路には覚えが有る。有り過ぎる程だ。記憶を揺さぶられると、斜陽射すこの部屋が、あの夜のように薄闇に包まれている気がした。
許し難いと言った矢先に、乗せられようとしている。私がひ弱なのは、如何やら膂力の面だけではなかったようだ。自らを恥じていると、腰の辺りが物理的に騒ついた。至ったうなじから何時の間にか下りて来て、上衣の裾を捲り上げては、遂に素肌を蹂躙しようと動き出した彼の手の仕業であった。「ちょっと。」もう一度。自尊心は最早なけなしとなってしまったが、だからこそ声を上げてみせる。それを宥め透かすかの様に、彼は再度、私の胸と胸の間に顔を埋めて、心臓の在る辺りに接吻を一つ齎した。――そこ、は。
或いは自然と、黒衣の背中に腕を回して、爪を立ててしまった。
そこには、あの夜にこの人に印された、小さな鬱血痕があったのだ。それは当然ながら薄れゆくばかりで、今朝方に姿見で確認した時には、既に消えかけていた。仕返しとばかりに――とは決して言えないが、切迫した当時の私が、よすがにして刻む事となった彼の背中の爪痕。それは未だ、此所に残っているのだろうか。
彼が顔を上げる。様子を窺う、と言うには余りにも確信的な不貞不貞しい目付きをしている事は、その双眸が眼帯に秘されていようともようく感じ取れた。
「何? その気になって来た?」
布越しにぶつかる視線に、羞恥心が掻き立てられた。未だに服の一枚も脱いでいやしないのに、何て事だ。ひと度外して、隠せない胸の高鳴りを調えられるだけ調えてから、むっと気を露わに尖らせた唇に、細やかな反論を乗せる。
「……その気にさせたかった癖に。」
この人は、ひらりふわりのらりくらりとしている。時に手を擦り抜けて、触れられない。触れる事が許されない時だってある。そんな彼の背中に、爪痕を、残す。その優越感を得られるのは、何とも得難い特権なのだと、私の肉体も、心も、もう味を占めてしまっているのだ。であれば、答えは決まり切っている。
「そのお誘いに乗ってあげます。乗られている身ですけれど。」
その台詞を契機として、ぎしり、と。ベッドのスプリングが漏らした、甲高い喘ぎ声が部屋に反響する。彼が身を起こした為だ。私の中の欲情を引き出した唇が、してやったり、と完璧な弧を描いているのを、見上げる形で見留める事となった。
束縛から漸く解放されて、一息吐く。長らく抱き締められて、身動きが取れなかったのだ。凝り固まった身体を解したい思いもあるが、此所は流石に空気を読まざるを得ない。大人しく寝台に身体を預ける私の顔の横に、片腕が突かれる。そして先迄見逃されていた利き手は、今度は自由を許されず、彼のもう片一方の手によってシーツに縫い止められた。かと思えば、するすると指を絡ませ、柔らかな力で握られる。檻の中で甘やかされでもしているようだ。
斯うして長い腕で囲われていると、ふ、と。幼い時分に、公園か何所かで見掛けた光景が過る事がある。
「――乗られている身で他所見だなんて、余裕だこと。」
目を、意識を、自分から逸らせない為にだろう。目敏くも見咎めた彼の大きな手が、頬を包んで来た。
「貴男しか見えませんよ。この体格差では天井の染みすら見えません。」
「可愛い事を言ったかと思えばマジレスかよ。」
「可愛くなくて御免なさいね。可愛くない考え事をしていたものですから。」
「で、何を?」
「……蜘蛛に捕食される蝶ってこんな感じなのかな、とか。」
「は?」と、予想の外であったであろう回答に、彼が首を傾ける。それから顔を伏せて、何故か声を噛み殺して一頻り笑う。震える肩に、「何が面白いんですか。」と投げ掛ける。「いや、だってさ。」と前置きしてから、淫靡な色を浮かせた笑声を向けて来た。
「食われるのはこっちなのに?」
言葉の意味する所を考えて、想像して、暫し。
「成程。言い得て妙ですね。」
納得せざるを得なかった。確かにそうだ。腹に納めるのは私の方なのだから、私が捕食者の側だろう。
それならば、舌舐め擦りの一つでもした方が様になるだろうか。ちろり、とでも舌を出せば、きっと、そんな暇もなく彼の真赤なそれに絡め取られて、貪られてしまう末路が待っているだけなのだろうけれども――嗚呼、矢張り、貴男だって捕食者ではないか。
被食者は食われる時に舌舐め擦りなんてしないものでしょうに。
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