jujutsu
name change!
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その表情。
生姜の千切りが添えられた鯖の味噌煮に、つぷり、と箸を入れながら淀み勝ちに為された回答を耳にした後では、その表情は、盆に載ったグリーンサラダからひょっこりと顔を覗かせる、赤と黄の彩りに苦り切っているようにも見えるのであった。
「恵くん、パプリカが苦手なんだ。」
ご丁寧に復唱する彼女にとっては、それは何とも意外なものであった。何事もそつなく熟す後輩にも苦手なものがあったのかと、新鮮な一面に心が擽られてしまい、知らずに弾んだ声音を披露してしまっている。「……まあ、はい。」と言う少年の生返事。それを漏らした表情が更に渋味を増してゆくのは、悪意の無い、だからこそたちが悪くもある、弧を描く彼女の唇の角度が原因でもあった。そんな後輩の機嫌を察せずに得意気になった彼女――四年生が故に特大の先輩風をびゅんびゅんと吹かせたい彼女は、「そっかあ。じゃあ、先輩が代わりに食べてあげようか。」との提案を持ち出そうとする。直前。少年の隣の席に着いていた、もう一人の一年生である少女が、丸で信じられないものを見る様な目を傍らに向けた。そして一言。
「東京に住んでいてパプリカ苦手って事ある?」
都会とパプリカの関連性について、少女は何かしら思う所があるらしい。
手を差し出し掛けていた彼女は一旦それを引っ込めて、面白い意見だなあ、と朗らかに笑う。しかし、彼女とは対照的に、当事者である少年は挑発されたと取った様子であった。箸が置かれる。黒髪の下の眉間の距離は明らかに縮まっていた。
「パプリカなんて、別に東京でしか食えないモンって訳でもないだろ。何を有り難がってんだ。」
「出た事ねーよ、家でパプリカなんて。」
郷里を引き合いに出されたと思ったのか、少女はこめかみに俄に青筋を立てる。今しも少年の胸ぐらに掴み掛からんばかりの剣呑な雰囲気である。和やかな食卓で、これはいけない。何よりも、折角用意された瑞々しいサラダは萎れ、脂ののった鯖の味噌煮は冷め、味噌汁は風味を損ない、湯気を立てる白米は輝きを失ってしまう。これは許されない事である。義心に駆られた彼女は、急ぎ、血気盛んな後輩二人を落ち着かせるべく、対面から両手を見せてゆっくりと上下に揺らす。
「まあまあ。どうどう。」
「馬扱いですか!? 夢子さん!」
「暴れ馬の方が可愛いまであるだろ。」
「美女のテンプレートに向かってよく言ったな。」
「二人共、ここ、食堂。迷惑になるからお静かにねえ。」
とは言ったものの、昼食を拵えてくれた寮母は既に部屋へと戻っている。二年生達も課外実習と言う名の任務が長引いて帰宅は放課後になる為、梅雨の合間の日差しが燦々と射し込むこの食堂には、今は彼女達三人しかいないのだが。それでもマナーとして受け入れてくれたようで、少女は一つ息を吐き出して浮かせた腰を落ち着かせ、少年もそれ以上煽る事は無く箸を持ち直した。その光景に、うんうん、と頷いてから、彼女は口当たりの良い温度となった味噌汁を啜る。だが、少女の手、否、唇によって話は世間話の体で続けられる。
「大体、こう言うのはどうせ「あーん」待ちですよ。「「あーん」してくれたら食べられる。」って甘ったれたやつ。」
「ふうん。」
そんな展望を持つ人間が世の中にはいるのか、と彼女は口を付けた味噌汁と共に腑に落としてしまった。
「違うだろ。」と言う少年の語気の強い否定が飛んでゆき、「どうだか。」と少女が肩を竦めて打ち返す。もうひと波乱起こりそうであったが、そんな中に於いて彼女は、そっと少年の盆へと手を伸ばしていた。掴み取ったのは、未だ手が付けられていないグリーンサラダの盛られた器であった。そして箸で美しい緑を湛えるリーフレタスを掻き分けては、赤色と黄色の間で迷う素振りを見せる。――斯うと決めた一点に集中力を注げるのが彼女の強みであり、欠点であった。
「どう言う神経してりゃあそんな発想になるんだよ。違うっての。」
「あれ。違うの?」
「全っ然違……………………は?」
会話に乗り出したかと思って顔を遣ってみれば、ずい、と。少年の辟易と曲げられた口元に差し出されていたのは、箸であった。その先には、輪切りのパプリカが二切れ。迷った結果、彼女は欲張りにも赤と黄の二つを摘まみ上げていた。
よもや、と忽然と一品が消えた自分の盆をちらりと見て、それから宙ぶらりんとなったパプリカを見て、他意なぞ微塵も浮かんでいない彼女の顔を見る。そして頬を引き攣らせた。そんな少年を他所に、彼女は、「なあんだ。」と詰まらなさそうに呟いて、あっさりと箸先にぶら下げたパプリカを自分の口に運ぶのであった。その儘、少年の胃に納まる筈であったグリーンサラダを平らげてしまう。
一連の遣り取りを間近で見守る事となった少女が、少年の脇腹へと軽目に肘を入れる。
「何照れてんのよ。思春期か。」
「頭抱えてんだよ……見てわかれ……。」
痛む頭を宥める様に眉間を押さえる少年。その横顔を指差して、少女はひっそりと告げ口をするように、向かいの席に座る彼女へと顔を寄せる。
「あんまり甘やかすの、良くないですよ。こいつ、絶対ムッツリですから。」
「聞こえてんだよ。」
「そうは言っても、後輩を甘やかすのは先輩の嗜みだからなあ。嗚呼。野薔薇ちゃんも、食べられないものがあったら何時でも言ってくれて良いからねえ。何でも食べてあげるから。」
それは、先輩風を吹かせたい、と言うよりも、単純に食いしん坊なだけでは。後輩二人が思わず顔を見合わせてしまうような台詞を呑気に口にした彼女は、目映く照り輝く白米を愛しそうに頬張るのであった。
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