jujutsu
name change!
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送迎車専用の駐車場から高専の敷地までが長いんだ、これが。
山間に積み上げられた石段を一段一段上って行く。ロートルのテンプレートとご機嫌なお喋りをする為に上っているんだと考えると、そりゃあもうダルい。古きを尊ぶ体制でありながら、高専から任地まで自動車を使う事を良しとしているんだから、ロープウェイだって造りゃあ良いのに。建築費用が足りないのならばカンパしますよ、と。空想のゴンドラが無数の鳥居をドミノ倒しに薙ぎ倒す光景を描いていると、上段から足音が近付いて来る。軽快なステップを踏むようにして下りて来たのは、僕の担当する生徒の一人だった。
「あ。五条先生、丁度良かった!」
僕の姿を見付けるなり、ぱ、と顔を輝かせる。可愛い生徒が言動全部で慕っていると教えてくれているんだ、笑顔にならざるを得ない。「やあ。ただいま、」――言い終える前に、同じ段に立った彼女は勢い良くマウンテンパーカーのポケットに手を突っ込んで来た。
何か入れられた。何だろう。彼女の手と入れ替わりでポケットの中を探る。
取り出したそれは――
「ハッピーターンと、ホームパイ?」
「五条先生、それ、持っていて。」
「差し入れ? 気が利くぅ~。」
「あ! 食べちゃ駄目だってば!」
ホームパイの封を破ろうとしたら必死の形相で手を鷲掴みにされた。どんだけ必死なの、爪、食い込んでいるんだけど。一級呪霊と対峙した時だってそんな激しい剣幕は見せなかったじゃん。と言うか、そっちから菓子を渡して来ておいて、食べるのを止められる謂れは無くない?
彼女の手は僕の手に重なっているとハムスターの前足にも思えるサイズだった。それが、呪力操作でなければどこから出ているんだか、強引に事を運べるくらいの怪力を発揮する。僕の手はホームパイごとポケットの中に引き戻された。
人さし指が布地の上から手をつついて来る。
「私、今から飛び込みの任務に行って来るから。五条先生、お菓子、預かっていてね。」
「車内で食べれば良いのに。電車移動?」
「車だけれども、車の中で食べるのに向くお菓子じゃあないでしょう。くずがこぼれちゃう。だから、帰って来たら食べるから、取らないでね。」
「そう言われてもなぁ。僕もずっと居る訳じゃあないんだけど。」
「また任務に出るの? 引っ張り凧だ。」
「先生は人気者だからね。」
「でも、五条先生は最強だから。任務に行って戦闘になっても、ハッピーターンもホームパイもぼろぼろにしないでしょう。じゃあ、ちゃんと守っていてね。お願いします。」
礼儀正しく会釈を一つすると、彼女はひと筋の風になる。
火急の任務に向けて大急ぎで足を動かす彼女は、あっと言う間に十二段下に去っていた。振り返る事なく、下方から、「食べないでね! 絶対だよ!」と強い声音に念押しされる。先生で、大人ですよ。生徒で、ずっと年下の女の子のおやつを奪うなんて大人気ない真似はしないって。だってのに、「約束だからね!」と彼女は更に念をゴリ押しして来る。
筋金入りの食い意地の張りように呆れながら、そんなに注意散漫だと転けそうだなぁ、と慌ただしい足捌きを見守っていた矢先。やっぱり足を縺れさせて躓きかけていた。
「おーい、無事?」
「よゆー!」
高々とブイサインでも掲げているみたいな快活な声が上がる。確りと体勢を立て直すと、公園に急ぐ遊び盛りの子どもか、とツッコミを入れたくなるくらいのスキップ宛らの足取りで駐車場へと駆けて行く。本物の幼児だったら道路に飛び出して車に轢かれかねないけど、まあ、あの子なら大丈夫でしょ。
元気の有り余っている後ろ姿を眺めていると、階段もそんなに悪くないな、と思えて、頭の中に建造中だったロープウェイを丸めて握り潰した。
それにしても、僕が甘いものが好きだって知っている上で大事な大事なおやつを預けて行くんだから、かなり信頼されている。僕を、と言うよりも、僕を菓子盆として、かもな。可笑しさが堪え切れなくて、あんパンの上の芥子粒くらいに小さくなった影に向けて笑う。
「――最強、よくご存知で。」
僕の勘だと、東京都内での任務と見た。夜には高専に帰って来るだろうな。さっきはああ言ったけど、僕は今日はこの後、珍しい事にずっとオフだ。飛び入りの任務が舞い込んで来ない限りは、ハッピーターンとホームパイの無事は保証されているも同然。任務に赴いたところで可愛い可愛い生徒のご期待には応えちゃうんだけど。
個包装の端の山形の列なる輪郭を指先で撫で、ささやかな刺激を楽しみながら、身体を半回転。面倒をさっさと済ませるべく、彼女に倣って足早に、次々と石段に足をかけて行く。
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