jujutsu
name change!
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これは呪霊ではないのか。
これで呪霊ではないのか。
これならば呪霊の方がマシだ。
そう頭を抱えてしまう程に話が通じない。「あのさ、話、聞いている?」聞いていない。「待っている間さ、暇でしょ?可哀想だな~って思って、折角、声、掛けてあげたんだからさ。」勝手に哀れむな。「だからさ、あそこのカフェで一緒に時間潰そうよ。お友達の娘の――メグミちゃん?が来たら出て行って良いし。」先程から言っている。「あっ!何だったら俺、金出そうか?それ、良いじゃんね。三人で遊ぼうよ。それとも、こっちも、ツレ、呼ぼうか?人数は多い方が楽しいし。」恵は恵でも女ではないし、彼は友達ではなく後輩だし、これから行く場所はレジャーランドはレジャーランドでも目的は行楽ではなく仕事だと!その耳は見掛け倒しで、鼓膜は搭載されていないのか!?
同じ言語を操っている筈なのに、意思の疎通が丸で叶わないなんて。そんな人間とよもや遭遇してしまうなんて。己の不運を呪わずにはいられない。嗚呼、目眩がする。思わず、「頭が痛くなって来た……。」と口に出して仕舞う程に耐え難い――「体調悪いの?ヤバくない?矢っ張り休憩した方が絶対に良いって。横になれる所に行った方が良いんじゃない?俺、付き合うからさあ!」
痛恨の迂闊!揚げ足を取って、一気呵成に攻めて来た!見も知らぬ、名も知らぬ男は、振り払えども振り払えどもしつこく私の手を取ろうとする。結構ですご心配無くお気になさらずとお経の如く唱えるも、お節介な男は親切心から手を引こうと……否、そんな訳は有り得ない。男の目には下心がありありと浮かび、爪先の向いている方向にはホテル街に続く人気の少ない道が在る。笑える程にわかり易い。もう一度頭痛に呻き掛けるが、今度は寸での所で呑み込んだ。
嗚呼、如何してこんな事に。今さっき終わったばかりの案件に続いての矢継ぎ早の仕事だったから、その前に一服したさに報告を後回しにして、勝手に車を降りたのが悪かったのか?ご褒美にちょっと良いお店でランチをして、移動に関して横着を決め込んで、その店の近くを待ち合わせ場所に指定した事が悪かったのか?待ち合わせ時間迄暇だからと、話し掛けられる迄男の存在に気付けなかった程、スマホゲームに勤しんでいたのが悪かったのか?画面を覗き込まれた時に丁度、恵くんからのメッセージが入った、今日の運勢が悪かった?
走馬灯の様に巡るわ巡るわ。その間にも手と手の攻防は続き――と思えば、軌道が変わった。このナンパ男、無理にでも肩を抱こうとしている。随分と図太い事だが、そうなれば傍目からは、此方が何を言おうとも「カップルの痴話喧嘩」として処理される事になるだろう。それは御免被る。私はこれから仕事が入っているのだ。時間が押している。そしてこれが最も重要な理由だが、そもそもこの男は私の好みから遠く外れている。
恵くんには悪いけれども、待ち合わせ場所を変えて貰おう。この手を振り払って、追って来られない程度に軽く突き放したら、そうしたためたメッセージを送ろう。
穏便に済ませようとしていたか弱い女の顔を剥がす。片手で無遠慮な腕を捕らえて、片手は拳を開いて、腹へと掌打を捩じ込――もうとした、その瞬間。横合いから足早な影が差した。
もしや先程言っていた、ツレ、とやらだろうか。人数が増えると要らぬ騒ぎになるし、数の利と言うものもある。好ましくないな。状況を把握するべく、新たな人物を視界の端に捉えようとする。
それよりも早く、俄に現れた黒い壁に遮られて、ナンパ男の姿も窺えなくなった。
「俺の知り合いなんですけど、この人に何か用ですか?」
突如として割り込んだ、この冷静な――普段よりも格段に警戒心を纏っていて素気無いが、この声音には覚えが有る。覚えが有り過ぎる。視線を上げる。
「恵くん。」
「はい。」
「もしかして、もう時間?」
「はい。」
先に形容した通り、ナンパ男と私を隔てる壁の様に立ちはだかった儘。
話し掛けようとも、現れた待ち人――恵くんは一向に此方を振り返らなかった。威嚇、否、威圧だろうか。ナンパ男から丸で視線を外そうとしない。
「……何も無いなら、俺達は用事があるんで。」
駄目押しだった。
言葉の圧もそうだろうが、何よりも、微動だにしない鋭い眼光に喉を詰まらせたようだった。言葉を失ったナンパ男がそそくさと去ってゆく気配を、恵くんの背中越しに感じた。あれ程立て板に水と言った風だったのに、最後はなんとまあ尻窄まりな事だろう。
背中から抜け出して、その後ろ姿が人混みに消えるのを二人で見届ける。さようなら、ナンパ男。己の足で逃げられるよう計らってくれた天運に感謝してね、ナンパ男。
影すら見えなくなった頃、恵くんは漸く振り向いてくれた。
「五条先生程の遅刻じゃないとは言え、もっと早く来れば良かったですね。次は気をつけます。」
律儀にもそう謝られたが、スマホで時刻を確認してみると、待ち合わせ時間ぴったりだった。一悶着の解決に掛かった時間を考えると、早く来てくれすらしている。何とも礼儀正しい後輩だ。先輩風を吹かせて、「そんなに気にしなくても良いのに。」と笑ってみせると、恵くんは不思議と何とも渋い表情をした。目の前で失態を演じたばかりとは言えども、私はそんなにも頼り無く見えるのだろうか。もしも次があったならば、もう少し早い段階で相手を張り倒すから全くの杞憂だと言うのに。
それは、扨措き。気を取り直して。
「恵くん、助けてくれて有り難う。少女漫画に出て来る男の子みたいだったよ。」
「どうも。こんなヒーローが居て堪りますか。」
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