ブログ的なもの
Wkumo作品読解の手引きその2 ~雪シリーズとブラックボックス~
2021/02/27 18:35★「雪シリーズ」とはどのようなものなのか?
前回の「読解の手引き」で紹介した「雪シリーズ」(https://plus.fm-p.jp/u/shellvio/book/chapter?id=49&bid=1)。
私は先日、これについて、ある仮説を勝手に立てていました。
それは、「『雪シリーズ』とは『ブラックボックスの中身』を原液としてノー変換で出力しているものなのではないか」というものです。
しかしながら後になって、ブラックボックスの中身を直接召喚することは実は「できない」のかもしれないという論が持ち上がりました。
今回はそれについてちょっとだけ説明をします。
日本語話者というものは日本語でものを書き日本語でものを考え……るのですが、あくまで私の場合、「言語」になる前の段階で「イメージや図形だけが飛び交う言葉のない瞬間」が存在しています。
イメージや図形、という表現をしましたが、より正確に表現するのなら、「靄みたいなものの中に無意識という名の思考の糸が走っている」のような感覚が一番近くあります。
何が言いたいかというと、そういった状態と似たものが、私のブラックボックスの中身の状態なのではないかということです。なので、中身をノー変換で出そうとすることは「できない」。なぜならそれは「言語ではない」からです。
かといって、絵や動画で表現することも難しい。ブラックボックスの中身の状態は絵や動画でもなく、絵や動画にするためにも「変換」を噛ませる必要があるからです。
以上のことから、ブラックボックスの中身をノー変換で出す、ということは不可能だという説は濃厚になりました。
「雪シリーズ」がブラックボックスの中身をノー変換で出している、という仮説はここで否定され、新たに、「雪シリーズ」はブラックボックスの中身をある程度言語化したものなのではないか、という説に修正されたわけです。
読解があまり進歩したわけではありませんが、一歩の前進でもそれは進歩です。
ということにしておいてくれると……嬉しいな!
★おまけ:ブラックボックスの中身と「物語テンプレート・概念」について
「ブラックボックスの中身を言語化」するプロセスで何が起こっているかということはあまりよくわかっていませんが、「召喚」=ブラックボックスの中身を「物語のテンプレート」や「一定概念」に翻訳することで出力する、ということが行われている可能性が高いです。
つまり、私がブラックボックスの中身を出力しようとするとき、その中身はテンプレ・概念によって「言葉」に翻訳されている。テンプレ・概念に乗せることで言語化されているのです。
ブラックボックスの中身を翻訳する手法(テンプレ・概念に乗せる)から考えると、それが物語性を帯びてくるのはほぼ必然です。
ブラックボックスの中身の出力形態は、何らかのストーリーを持つ「小説」、それも他の媒体よりも出力に要する速度が圧倒的に少なくて済む「小説」というものが最も向いているのかもしれない……そんなことを考えました。
今回はそんな感じです。
前回の「読解の手引き」で紹介した「雪シリーズ」(https://plus.fm-p.jp/u/shellvio/book/chapter?id=49&bid=1)。
私は先日、これについて、ある仮説を勝手に立てていました。
それは、「『雪シリーズ』とは『ブラックボックスの中身』を原液としてノー変換で出力しているものなのではないか」というものです。
しかしながら後になって、ブラックボックスの中身を直接召喚することは実は「できない」のかもしれないという論が持ち上がりました。
今回はそれについてちょっとだけ説明をします。
日本語話者というものは日本語でものを書き日本語でものを考え……るのですが、あくまで私の場合、「言語」になる前の段階で「イメージや図形だけが飛び交う言葉のない瞬間」が存在しています。
イメージや図形、という表現をしましたが、より正確に表現するのなら、「靄みたいなものの中に無意識という名の思考の糸が走っている」のような感覚が一番近くあります。
何が言いたいかというと、そういった状態と似たものが、私のブラックボックスの中身の状態なのではないかということです。なので、中身をノー変換で出そうとすることは「できない」。なぜならそれは「言語ではない」からです。
かといって、絵や動画で表現することも難しい。ブラックボックスの中身の状態は絵や動画でもなく、絵や動画にするためにも「変換」を噛ませる必要があるからです。
以上のことから、ブラックボックスの中身をノー変換で出す、ということは不可能だという説は濃厚になりました。
「雪シリーズ」がブラックボックスの中身をノー変換で出している、という仮説はここで否定され、新たに、「雪シリーズ」はブラックボックスの中身をある程度言語化したものなのではないか、という説に修正されたわけです。
読解があまり進歩したわけではありませんが、一歩の前進でもそれは進歩です。
ということにしておいてくれると……嬉しいな!
★おまけ:ブラックボックスの中身と「物語テンプレート・概念」について
「ブラックボックスの中身を言語化」するプロセスで何が起こっているかということはあまりよくわかっていませんが、「召喚」=ブラックボックスの中身を「物語のテンプレート」や「一定概念」に翻訳することで出力する、ということが行われている可能性が高いです。
つまり、私がブラックボックスの中身を出力しようとするとき、その中身はテンプレ・概念によって「言葉」に翻訳されている。テンプレ・概念に乗せることで言語化されているのです。
ブラックボックスの中身を翻訳する手法(テンプレ・概念に乗せる)から考えると、それが物語性を帯びてくるのはほぼ必然です。
ブラックボックスの中身の出力形態は、何らかのストーリーを持つ「小説」、それも他の媒体よりも出力に要する速度が圧倒的に少なくて済む「小説」というものが最も向いているのかもしれない……そんなことを考えました。
今回はそんな感じです。