たぬきかきつねのロンサムサバイブ

「はー、綺麗ですねぇ」
 広場のような場所でなんとなく座って上を見上げるきつねと俺。
 割れた船体の床から上の光が差し込んできているのだ。立ち上る泡がそれに照らされ、きらきらと光輝いていた。
 きつねはこれから一晩、と言ったが旅が始まってから日が動いていないような気がする、たぶん動いていないのだろう。なので一晩がどのくらいか正直よくわからないのだ。俺、時間間隔曖昧な方だし。
「安心してくださいよたぬきくん。僕、体内時計はしっかりしてる方なんです」
「自由気ままな感じなのに、しっかりしてるのか」
「しっかりしてないと困るでしょ」
「なんで困るんだ?」
「……一匹で生きなきゃいけないからですよ」
「……」
 何と応えるべきか迷って、俺は、ああ、と言った。
 訊くのか……今がそのときなのか?
「なあきつね」
「なんですか」
「お前、これまでずっと一匹で生きてきたのか」
「……どうでしょうね?」
 ここまで来て、まだ煙に巻くのか。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。自然の狐はともかく、きつねは一匹で生きる獣ですから」
「……」
「たぬきは群れで生きますけどね」
「そうだな……」
「そこにうまくハマれなかったのがたぬきくんで」
「む」
 なんか俺の話になろうとしてる?
「似た者同士なのかもしれませんね、僕らは」
「えっと」
「ところでたぬきくん、獣は死んだらどこに行くと思います?」
「えっ」
 何だ、急に。
 そう思ってきつねの方を見ると、表情がない。
 たまにこういう顔をするという例のあれだ。
「よくわからないけど、獣が死んだら無になるんじゃないのか?」
「……」
「それともお前は死後の世界を信じてたりするのか?」
「……あったらいいな、とは思いますよ」
「マジか」
 こいつらしくない。神とか信じてません、信じるのは自分だけ、みたいなことを言い出しそうなこいつが死後の世界を信じたい、とか。
「僕だってロマンを信じたくなるときはありますよ。まあたぬきくんは常にロマンチストな割には絶望を選んで頭を曇らせてる傾向があるみたいですけど」
「最近は希望信じてるだろ……」
「おや、そうなんですか」
 表情を全く変えずに、きつね。
「そうだってば。樹海のときとかも前向きに行動したろ」
「……ああ」
 僕は寝てたので知りませんけどね、とこぼす。
「希望信じてるんだって……なんか、過去に拘りすぎなくてもいいのかなって思えてきたんだよな最近」
「へえ」
「まあ、なんでかわからないけどな」
「ふうん……」
「生返事だな!」
「いやぁ……希望に満ち溢れてるなぁと思いましてね……」
「希望に満ち溢れてちゃ何か悪いのかよ」
「だってこれからどうなるかなんて誰もわからないでしょう? もし……いえ、希望ばかり見て生きるのだって頭を曇らせてるのと一緒だと僕は思うんですけどね」
 いやに後ろ向きなことを言う。
「けど、絶望で頭曇らせるよりは希望で頭曇らせた方がいいと思うぞ。健全だし」
「そうですかねぇ」
 ため息をつくきつね。
「たぬきくん……僕はね」
「?」
「死ぬのが、怖いんですよ」
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