短編小説(2庫目)

『遠いだろ? だからお前には辿りつけないんだ』
「……!」
 目が覚める。暗い部屋。カーテンの隙間からは針のような光が漏れているが、空気は冷えている。
 ラジオの音が聞こえる。

 今さら昔の夢を見るなんて、笑えない。
 「生きていた」頃の夢。「友達」がいた頃の夢。
 こうして死んでからというもの、およそ他人というものとは無縁で。銀行口座で死人年金を受け取って、そのまま口座から家賃を払って、毎月役所からまとめて送られてくるなけなしのエネルギー源を摂って、あとは休眠するだけの日々。

 死んでいるような毎日って実際に死んでるんだから仕方ない。
 死んだ俺は世間と無縁になって、親もいなけりゃ友達もいない。「いないことになった」。
 ケガレだから。
 初めは戸惑った、それはそうで、自分がいきなり死ぬことについて心の準備ができている若者というのは少ない。たぶんな。

 ごく普通の大学生だった俺が「死んで」しまってからというもの、生活は一変してしまった。
 今思えば死ぬ前からそれらしき徴候はあった。部屋から出られなくなったり、徹夜を繰り返したり。
 過労は人を殺すというが、俺は仕事もしていないのに過労で、ふらりとやってきた■■に■■れて死んでしまった。

『死んでしまったのですが』
『それは困りますねえ。あなたは社会から消えてもらわなければいません』
 という会話を役所の人としたのも今となっては昔の話。
 死んでしまった俺は社会の表側から消えた。
 友達もいなくなったし、親も兄弟もいなくなった。
 最初は何も感じなかった、自分が死んだなんておよそ現実とは思えなかったから。

 毎日眠って過ごす、その中でじわりじわりと時が経っていって、俺は変わらないのに世界は変わっていく、友人たちもおそらく成長していって、家庭を持ったりしているのに俺一人、時が止まったまま進まない。
 なんてことに気付いたのは……いつだったかな?
 けれども俺は死んでいるので何をするわけでもなく、何ができるわけでもない。
 死人が生者のように動くことは禁じられている。社会参画することは禁じられている。表舞台に立つことは禁じられている。
 俺は外には出られない。
 出てはいけないのだ。

 時は進むことなく、何も変わらぬまま死んだ身体が劣化して剥がれ落ちてゆく。
 毎月、ゴミを出す。その度体が軽くなる。
 死人である俺の体が全て剥がれ落ちて消失したとき、今度こそ俺の意識も死んでくれるのだろうか。
 長すぎる「余生」を送るには覚悟が足りていなかった。
 覚悟なんてできている奴の方が少ないんだろう。俺はそれを知っているし、実際そうだろう?

 俺はそこに辿り着けない。

 一番仲の良かった友人は社会の表舞台に立ったらしい。
 部屋に一台だけあるラジオで知った。
 俺が生きていた頃、引きこもりがちな俺を引っ張って外に連れ出してくれていた奴だった。
 最初は鬱陶しいと思っていたが、時が進むうちに友人が迎えに来るのを待つようになったりして、だけど世界的な寒冷化で冬が深くなって連絡が途絶え出して、そんな中で俺は死に、それっきりになってしまった。
 知らないところで友人が死んでしまっているよりはずっといい。動向を時々知れるんならそれで。
 友人がまた昔のようにやってきて、死んだ俺を連れ出してくれるかもしれない、なんて叶いっこない夢は見たくないし、こんな風に夢で『辿り着けない』なんて言われるぐらいがちょうどいいんだろう。

 だから俺は今日もラジオを点けて眠っている。
 友人の活躍。友人の声。
 それだけが唯一俺をこの世界に留めてくれる命綱のような気がして。
 死人がそんなことでいいのだろうか?
 いいんだよ、どうでも。どうでもいいんだよ。
 そう思って、
 布団に潜る。

 それで終わり。
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