短編小説(2庫目)

 歩いても歩いても辿り着けない場所に辿り着こうとする方が間違っていたのかと思ったが、それでも歩かなければいけないのが勇者稼業というもので。

「王も無茶言うよな、辿り着けない魔王城に辿り着いて魔王を倒してまいれ、とか」
 肩に乗った【模型の蟹】は返事をしない。
 そりゃそうだ。模型なんだから。
「俺が孤独すぎて昇天しちゃうとか思わなかったんだろうか」
『……』
「っていうか出発からどれくらい経ってる? かなり歩いたよな。もう国一つ滅びるくらいの時間は経ったんじゃないか?」
『……』
「困ったな。いや困りはしないが。でも困ったな」
 困りはしないが。
 そもそも勇者は排斥されるジョブだし、体よく追い出すための指令か何かだったんだろう。
 だったら俺が困っても困らなくてもどうでもいいんじゃないのか。
「はあ……」
『……』
 模型の蟹のハサミをちょきちょきと動かしてみる。
 模型なので、挟まれても痛くない。
「『蟹でーす、僕は君のパートナー!』……なんてな」
 一人で声をあてて笑っている。
 一人きりだとこんな遊びでも発明しなきゃ退屈で死んでしまう。
 今なんて歩いても歩いても森だし。
 もう随分の間森を彷徨っている気がするが、ひょっとしてここは迷いの森なのだろうか?
「迷いの森だったら何か方策を立てないと辿り着けないが」
『……』
「どうしようかねえ……」
『……』
「でも、辿り着かなくてもいいんだったか……」
 ふう、と息を吐く。蟹のハサミを動かして、
「『勇者くん、そんなことでいいの?』俺は強いからいいんだよ。『そうかー、勇者くん強い!』はっはっは、褒めるねえ」
 一人で寸劇をやってけらけらと笑っている。
「はは、……はー……」
 上も森、下も森。
 前も森、後ろも森。
「森ばっかだな……」
 切り払ってやろうかとも思ったが、そんなことをするとこの森に住んでいる生き物が困ってしまうため、しない。
「なんか抜けられる気しねえし、俺もうここで暮らしちゃおうかな……『歓迎するよ、勇者くん!』おーじゃあここで暮らすわ」
 なんて……家がないから微妙なんだよな。自分で作るって手もあるが、こんな深すぎる森に住むのはちょっと……
 導きのランタンでもあればこの森から抜けられるのか?
 あ……!? そういえば、持ってたような気がする。
「『なんで忘れるの勇者くん』長く生きすぎてるんだから仕方ないだろ。魔王を倒さなきゃ俺は死ねないんだよ、と……いかんな、すっかり忘れてた……」
 俺はインベントリから導きのランタンを取り出す。
 ランタンは真っ直ぐ前を示した。
「おーなるほど、この通りに進めば辿り着けるってわけか……『そうだよ勇者くん! あとちょっとだから頑張れ!』いやあとちょっととは限らないだろ……別にいいけど」
 てくてくと歩く。次第に霧が出てきた。
「霧……」
『……』
 霧で何も見えなくなったが、ランタンが指し示す方向にただ進む。そうしているとだんだん霧が晴れ、
「お」
 平原が現れた。
 その果てには、魔王城。
「あれが魔王城か~」
 俺は伸びをする。
「でも別に魔王何も悪いことしてないんだから倒さなくてもいいよな。そう思わねえ?『そうだね勇者くん! 迷いの森の木で平原に家建ててそこに住もうよ!』ああ、そうしよう」

 そして俺は家を立て、家具とか色々DIYして、肩の上に模型の蟹を乗せて遊んだ。

 いつまでも遊んだ。
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